短編集
□鐘の音と、あなたの声と。
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昔々、エレンというそれは美しい少年がおりました。
チョコレートのような艶やかなブラウンの髪に蜂蜜を思わせる濡れた金色の瞳。歌もダンスも堪能だとか。
これはそんな少年の物語――。
バタンッ。
と、叩き付けるように閉まるドアを見つめて俺は深く溜め息を吐く。
暴力をふるわれた頬や脇腹が熱をもってズキズキと痛む。
俺は顔を歪めて少し移動したところの壁に背中を預けてぐったりと座った。
10歳までは両親が生きてて、幸せだった。
親のカルラとグリシャはとても優しくエレンの家族は仲が良いで有名だった。
それも突然終わりを迎えて。
母、カルラの病死。父、グリシャの事故死。
一人残されたエレンが引き取られたのは親戚の家だった。
でも、その親戚は最初こそ優しかったが段々と今までの善人面が剥がれ落ちていき、今では毎日エレンに暴力をふるうようになっていた。
床に吐き出した唾には血が混じっていて。
痛い。
なんでこんなことになったんだ。
考えると視界がぼやけて、でも泣くのは悔しくて目を強くこすって誤魔化した。
その時、コンコンと窓を軽く叩く音が聞こえて弾かれたように顔を上げると、窓の外には幼馴染みの心配そうな顔があった。
「アルミン」
窓を開けてひょいっと乗り越えて外に出ると彼は俺を見て困った顔をする。
「エレン…またやられたでしょ。家にきて。手当てするから…」
そう言ってオレの服の裾をちょんっと引いて二軒先のアルミンの家に連れて行かれた。
ふかふかのソファに座らされて、目の前の机には温かい紅茶とクッキーが出される。
そしてアルミンは棚からいつものように救急箱を持ち出して、慣れた手付きでエレンの服を脱がせて手当てをする。
オレはそんなアルミンを眺めながら紅茶を一口飲んで。
はぁっ、と息を吐く。
「……今回も随分派手にやられたね」
脇腹の大きな痣に湿布を貼りながらアルミンはいつもより数段低い声で呟くように言って。
「あぁ……」
何もない空間を見つめて返事をする。
アルミンはそれを聞いて呆れたように湿布を貼り終えた痣をペチッと軽く叩く。
「いっ!」
痛みに顔を歪めるとアルミンは真剣な顔をぐいっと近付けてきて。
「エレン。しつこくて悪いけど憲兵団に通報しよう」
「嫌だっつってんじゃねぇか!」
「ぼくは!毎回傷付いてるエレンを見るのは、つらいんだ……」
アルミンは今にも泣きそうな顔をしていて。
「アルミン…」
サラサラの金髪を撫でてやれば堪えきれずに涙が零れる。
「怒鳴ってごめん…でも、オレのこと拾ってくれた人たちだから…無理なんだ」
駄々っ子を諭すように優しく言うとアルミンはぐしぐし涙を拭いながら、
「エレンは優しすぎる…」
と呟いた。
それから、また傷の手当てを再開して。
「迷惑かけてごめんな」
眉を下げてそう言うとアルミンはふふっと笑って。
「迷惑なんかじゃないよ。エレンとこうしてる何でもない時間が、割りと好きなんだ」
そして次に上目遣いでキッと睨んできて。
「でもあんまり怪我ばっかしてると怒るから!」
と言う。
ははっと笑って返事をして。
アルミンといると癒されるなぁ。
金髪をくしゃっと撫でればアルミンは顔を赤くしてはにかんだ。
「ねぇ、エレン」
「何でしょうかお母さま」
継母に呼ばれて振り向いてみれば、それは豪奢なドレスを着ていて。
継母の後ろには同じように着飾った二人のお姉さまもいて。
継母は上機嫌。
「私たちこれから舞踏会に行ってくるから、屋敷の掃除と水汲み、それから畑のカボチャの収穫をよろしくね」
「はい」
機械的に返事をすると継母はいかにも気に食わないとでも言いたそうな顔で。
「もし私たちが帰ってくるまでに終わらなければどうなるか分かってんだろうね」
「はい」
安い挑発だな。
なんて思いながらやっぱり機械的な返事をして。
それを聞いて継母たちは屋敷を出ていった。
それにしても、
「舞踏会かぁ…」
両親が生きてた頃、何度か連れていってもらったことがある。
楽しかったなぁ。
ご飯が美味しくて。
そんな事を考えながら屋敷の掃除に取り掛かる。
屋敷は広いが筋トレだと思ってやれば全く苦にはならない。
お陰でけっこうガタイがいい方だ。
鼻歌を歌いながら掃除を終わらせ、水汲みに取り掛かる。
継母はいつも重い水瓶で水を汲めと言うが継母が居ない今なら問題無いだろう。
オレは自室に隠してあるプラスチックのバケツで水を汲み、早々と作業を終わらせる。
最後は、カボチャの収穫だったかな。
畑に出てみると一面にカボチャがなっていて。
すごい量。
素直に驚いて、それから近くにあるカボチャから収穫していく。
あぁ。
意地悪な継母たちは楽しく舞踏会に行ってるのにオレは一人でカボチャの収穫か。
小さく溜め息を吐くと、突然後ろから声を掛けられた。