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□3:ラブユー、ステルス。
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22時。

エレンの見回りの時間になって、懐中電灯で真っ暗な廊下を照らしながら突き当たりの一人部屋を目指す。

エレンは不眠症だと聞いているが昼、会ったとはいえいつもハンジが来るのに今日からいきなり俺が見回りに来たらパニック起こすんじゃないか?

一人でグルグル考えてる内にエレンの部屋の前について。

よし、と腹をくくって控え目に、昼間のエルヴィンの真似をしてなるべく優しくドアをノックした。

すると中から

「はい」

という淀みない返事が聞こえて。そのことに少し疑問を抱くがそれより早くドアを引く手が動いた。

スライド式のドアは音もなく開いて。

部屋の中は昼間とは真逆ですべてが暗い闇に塗り潰されているようで。

その中で、開いた窓の向こうを見つめて、風に揺れるカーテンをバックにベッドから体を起こしている青年が一人。

俺は15の頃のエレンしか知らないからなんだか少しエレンが遠く感じて。

窓から射し込む月光がエレンを照している。

柔らかそうなチョコレート色の髪は緩やかな風になびいて月光に当たってるせいか静かに照らされる彼は儚くて、今すぐ消えてしまいそうな印象で。

エレンはこちらを向かない。

俺は遠慮がちにベッドに近付く。

でもまた拒絶されるのが怖くて一定の距離で足を止める。

すると外を眺めている彼はクスッと笑って。

「どうしたんですかハンジさん。今日は怖いくらい静かですね」

いかにも面白いと言ったような軽快な口調。

今までの見回りは全部ハンジがやってたから。

だから今日もハンジが来たと思ってんだな。

頭ではちゃんと分かっているがハンジと俺との扱いの差が激しくてそれを思うと拗ねた口調になってしまう。

「おい。俺はハンジじゃねぇぞ」

いつもの癖で白衣のポケットに手を突っ込んで、窓の向こうを眺める彼にそう言う。

すると俺の声を聞いた途端、エレンはバッとこちらを振り向いて。

月光が反射して金色の目がキラキラと光る。

綺麗だ、と。素直にそう思った。

目を見開いて俺を見るエレンを見つめて。

「エレン……?」

昼間とどことなく違うエレンに不安を覚え、名前を呼べば何の前触れもなくエレンは泣いた。

ボロボロと透明な涙が大きな瞳から零れて。

突然のことに呆然とする。

……パニックを起こしたか?
それとも、泣くほど俺が嫌いなのか?

どちらにしろエレンの涙がショックで、瞳から零れるそれを拭ってやりたいが、近付くことも許されなくて俺は心臓の辺りが痛くなった。

思わず顔を歪める。

それでも不思議なのが泣いてるエレンは決して俺から目を逸らさないこと。

俺を見つめてしゃくりあげて、必死に泣き止もうと頑張って。


「……………エレン。俺は帰った方がいいか?それともハンジでも呼ぶか?」

意を決してそう聞けば、ものすごい勢いで首を横に振られる。

意外な反応に戸惑う。

もしかしてこいつ、俺に気を遣ってるのか?

黙って帰った方がいいかな、なんて考えてるとエレンはパジャマの端で涙をぐしぐしと拭いて。

のろのろとベッドから抜け出して裸足で歩くペタペタという可愛らしい音が病室に響く。

「エレン……お前…」

俺に近付いても大丈夫なのか?

そう聞こうと思ったがエレンのあまりにも安心したような顔を見て頭の中が真っ白になった。

目の前、本当にあと一歩踏み出したらぶつかりそうな程近くにエレンがいて。

これは、どういうことだ?

混乱していると、正面からぎゅうっ、と抱きしめられた。

「……っ、は…?」

思わず疑問の声がこぼれ落ちる。

そんな俺を痛いくらい抱きしめて、エレンは言った。

「会いたかった……リヴァイ兵長…」














離れたくないと駄々を捏ねるエレンをどうにか引き剥がして、どういうことだと詰め寄る。

「何だお前、俺のこと覚えてんじゃねぇかふざけんな。昼間はあんなに怖がってた癖にあれは何だ?演技か?どういうことだ言ってみろ」

エレンの胸ぐらを掴んで引き寄せれば彼は困ったような笑顔で。

「すみません。……でもオレ、主人格じゃないので…」

………………………は?

「兵長が昼間会ったオレが主人格です。今のオレは解離した状態なんです」

ぼうっとエレンを見つめると苦笑されて。

「解離性同一性障害はつらい記憶や感情が成長して別の人格が出来ることじゃないですか。オレは元々、前世の記憶がありました。でもその記憶をつらいものだと認識したんでしょうね…今ではオレが、解離した人格です」

「主人格の方は思い出したく無いようで…」

「なにか失礼なことをしてたらすみません」

「あ、でも解離性障害以外の他の障害や自傷を患ってるのは全部主人格の方で」

「だからオレ自体は元気なんです」

痛ましい笑顔でそう告げるエレンに胸が痛む。

「兵長……」

そんな俺のことは露知らず、ぐっと距離を縮めて気付けば鼻と鼻が触れ合いそうなほど近くに大好きなエレンの顔が。

それから、エレンの口からとても寂しそうな、捨てられた犬のような声で耳元に囁かれた。

「兵長…何で俺のこと置いて逝っちゃったんですか……?あなたがいなくなった後、オレがどんな思いで生きてたか分かってますか…?」

「…えれ、ん、」

「死ぬならあなたのために、殺されるならあなたの手にかかってと決めていたのに……オレより先に死ぬなんて…オレ、本当に寂しくて…苦しくて…っ、この先、誰の、何のために生きればいいか分からなくてっ…いつでも、どこに行っても、あなたを探してしまうから…、も…、本当につらかったんです…っ…、」

言葉を紡ぐ途中、思い出したのかまた泣き出すエレン。

この状況についていけてないがとにかくエレンに触れることが嬉しくて、昔よりも痩せた、細い背中に腕を回して優しく抱き返した。



前世で、俺はエレンより先に死んだ。

死ぬ直前、最後にエレンに会いたいとか、もっとエレンと生きたかったとか、エレンと外の世界を旅してみたかっただとか、俺こそ死ぬほど後悔した。そして記憶を持って転生して。それでも隣にエレンがいなくて何度泣いたことか。

俺だって寂しかったんだ、馬鹿。

「俺のこと、覚えてたんだな」

呟くように言えば涙声で返される。

「あなたのことを忘れたことなんて一度も無いですよ」

その言葉が嬉しくて。

「俺も、お前を置いて死ぬことが、とても怖かったし寂しかった」

「兵長……?」

「でも、こうして会えたから…もう、いい」

エレンの肩口に顔を埋めて素直に言うと更に強くなる俺を抱く力。

そしてひとしきり抱きしめたあと、そっと体を離して、真っ直ぐ俺を見つめて緊張気味に言う。

「兵長……キス、してもいいですか…?」

その問いに思わず小さく笑って。

「あぁ」

と、返事をすればそっと重なる唇。

何度か角度を変えて触れるだけのキスをして。

物足りなくなってエレンのパジャマの裾を引っ張ればそれに応えるように深くなるキスが麻薬のようで、クラクラと視界がぼやける。

苦しくて肩で息をすれば軽いリップ音と共に離れていく唇。

「兵長……」

エレンは泣きそうな笑顔で。

「愛してます」

と、言った。

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