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□rust heart、2
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腕が痛い。

足が痛い。

打ち付けたあばらも、背中も痛くて息をするのもつらい。

何とか呼吸をしようと意識してなるべく息を大きく吸って、深く吐いた。

そんなことを繰り返してる内に段々と近付いてくる足音。

それから、焦ったように名前を呼ばれて数人の見覚えのある顔に取り囲まれる。

その子たちが教師を呼んできて、教師は救急車を呼んで。

痛い。

痛い。

この体は、また元と同じように動くのか。

怪我はすぐに直るのだろうか。

すぐに直ると信じたかったけど、直感的に無理だと分かってしまって歪めた目からは涙が溢れた。

痛みなんてどうでもよくなるくらい。

私は悔しくて泣いた。










目を開くと目の前は真っ白だった。

ここはどこだと目だけ動かして見渡した景色はやっぱり真っ白で、四方を真っ白なカーテンで囲まれていた。

「大丈夫?目、覚めた?」

ぼんやりと声がする方を見ると看護師の格好をした女の人が一人。

焦点が合わない目でこくりと小さく頷けばその女の人は私の目の前に指を立てて優しい声で言う。

「この指が何本か分かる?」

ぼんやりと見えるハッキリしない視界をおかしく思いながらぽつりと呟く。

「………三本…」

そう答えると女の人は「良かった」と頷いて笑う。

それよりここはどこだろう。

段々と覚醒していく頭で考える。

……そう言えば大事なことを忘れてるような…。

「あ!!!試合!!!」

大事なことに気付いて勢いよく体を起こそうとすると全身に痛みが走った。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!?!?」

声にならない悲鳴をあげてどういうことか分からなくて女の人を見上げる。

女の人は困った顔で。

「理愛ちゃん。あなたは怪我をしてしまったの。手術は終わったわ。でもリハビリにあと一年はかかる。もちろん試合には行けない」

「え……でも、私……」

頭の中は真っ白。

だってあと一年もかかるなんて私にとって最後の全中も何もかも全て終わってしまう。

「一年って……今2年の冬だから…3年の冬まで何も出来ないってことですよね……」

それこそ全部。

「じゃあ……今までの私の努力は無駄ってこと…ですね……」

何のためにシュート練したんだ?

何のためにパス練したんだ?

プロの選手の試合をテレビで見る度に、真似して覚えた技は、何のため?

気付いたら涙が頬を伝う間もなく真っ白な布団の上に落ちた。

ぽたり、ぽたりと布団にシミが出来ていく。

その様子を他人事のように眺めて、でもやっぱりどうすることも出来なくて。





中学二年の冬。

神様は不公平だと、心の底から思った。

そして泣きながら思った。

もう、スポーツなんてやらないと。

こんな思いをするなら、最初から全て無かったことにしたかった。

試合に勝った喜びも、負けた悔しさも、悔しさをバネに努力しようとする気持ちも。

何もかも全部。

忘れたかった。












__木兎side__

俺が高校に入ってすぐの冬。

妹の理愛が大怪我をした。

左足の靭帯裂傷と同時に骨を粉砕骨折。左手首の複雑骨折。

それから頭を強く打っていてそれが原因で出た高熱のせいで極端に視力が落ちた。

天に一つでも二つでも、いくつも才能を授かった理愛。

怪我はその代償か。

手術して、リハビリして動けるようになるには一年かかる。

それでも、ただ動けるようになるだけで元のようには動けない。

理愛はバスケをやっていた。

俺はバスケの事は分からないけど楽しそうにプレーする理愛を見るのが好きだった。

理愛も俺がバレーをやっているのを見るのが好きと言ってお互いの試合が被らない限り、俺は理愛の試合を、理愛は俺の試合を応援に来てくれたりした。

だから、怪我をしても続けてほしくて。

諦めないでほしくて。

「どうした木兎〜変な顔して」

同級生の木葉にニシシと笑いながら言われる放課後の部活前。

俺にはやっぱり大事な妹を放っておいて練習なんて無理だ。

「わりぃ!やっぱ今日部活出れない!コーチに言っといて!」

「はぁ!?ちょ、おい木兎!!」

自分の荷物を片手で掴んで走り出す。

木葉の慌てた声が背中に届いた。

俺は高校に入って初めて、大好きな部活をサボった。











理愛には絶対来るなと言われていたが来てしまった病院。

そこら辺にいた看護師に木兎理愛の部屋はどこだと聞いて、病室に向かう。個室の病室をノックをしてドアを開けると真っ白なベッドに理愛が横になって寝ていた。

目元に泣き腫らしたあとが残っていて心が痛くなる。

俺は理愛にそっと近付いて頭を撫でて。

すると薄く開けられた目。

「…………光太郎………」

名前を呼ばれて目を細めて理愛を見つめる。

俺を見付けた瞳からは今にも涙が溢れそうで、あやすようにもう一度頭を撫でてあげる。

「なぁ、理愛」

「なに……」

「よく頑張ったな」

そう言って困ったように笑えば理愛は綺麗な、整った顔を歪めて涙を溢した。

「光太郎……私、もう辞めたい…」

「……うん」

「バスケ……辞めたいよ……」

「………うん」

一番辛いのは理愛だって分かってるから。

俺はただ頷く。

そして散々泣かれた帰り。

「光太郎。次に会うのは、退院したときだね」

俺の妹の理愛はとても綺麗に笑って言った。

俺に心配掛けたくないから会いに来ないでだって。

病室を出たとき、我慢していた涙が溢れた。

小さな妹は、頑張って前に進もうとしている。

なぁ、早く会いに来て。

待ってるぞ。

理愛。

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