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□1:相思花
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“相思花”。

彼岸花の別名称。

彼岸花は花と葉が同時に出ることはない。

だから日本では「葉見ず花見ず」と言われている。

葉は花が枯れ落ちて無くならなければ出てくることは出来ない。

いくら葉が花を思ったところで決して交わることはない。

それ故、“相思花”。











及川徹は基本的にヘラヘラした奴だ。飄々と何でも器用にこなす。それと同時に、大変な努力家だ。

あのふざけた笑顔の下にはいつも途方もない努力が存在する。

「岩ちゃーん!」

名前を呼ばれてチラリと振り返ると、そこには見慣れたヘラヘラした笑顔の及川。

「おはよう」

相変わらずヘラヘラ笑いながら挨拶ついでに当たり前のように俺の隣に並んでコンパスの違う俺に歩幅を合わせて歩き出す。

「おう」

挨拶に対して短くそう返事をすると及川は何が楽しいのかニコニコと綺麗な笑顔を浮かべて喋り出す。

その内容は昨日観たテレビのアレが面白かっただとか、来る途中で見掛けた猫が可愛かっただとか、同じ部活の花巻が言ってた話だとか、かなりくだらないもので。

俺は黙って話を聞いてやってあまりにも反応しないからか時々心配そうに、また拗ねたように及川はこちらを見て、

「ちょっと!岩ちゃん聞いてるの!?」

と我が儘な彼女のような台詞を吐かれてその度に、

「うるせぇグズ川」

と罵る。

そんな朝練前の無駄な時間が、俺は割と気に入っていたりする。

俺の世界は、及川がいて初めて音があって色が付くのだ。











及川はとても整った顔をしている。

言うと調子に乗るから言わないがいつもそう思っていて。そして俺はそんな及川の顔が好きだ。

ヘラヘラした顔、ニコニコと上機嫌な顔、ムスッとした拗ねた顔、試合の時にふと見せる優しくて真剣な、控え目な笑顔。

この世は不公平なもので、整った顔の奴はどんな表情だってとても似合うし、すごく綺麗だ。

でも中身が残念すぎる。

もう喋らなければいいのに。

そう思いながらの授業中、短くなったシャー芯を出すためにシャーペンの頭をカチッとノックする。

授業中でも、部活中でも、登下校してても何しても、頭の中を占めるのはいつも及川のことばかり。

こんな想いさえさければ、俺はもっと楽しく、幸せに生きれただろうか。

なんて、いつもと同じことを考えて終わった午前授業。

教科書とノートを片付けていると片手にコンビニ袋を持った及川が来て、次に花巻、松川も集まっていつの間にかバレー部三年メンバーで昼ご飯を食べる集いができる。

これもいつものことでまた、花巻たちと楽しそうに喋る及川を見て、心臓が痛むような感覚に陥るのもいつものこと。

及川はモテるから、俺を『そういう対象』で見ることはないと分かっているから。

でも、それでいい。

片想いをしすぎて、毎日同じことの繰り返しでもう慣れてしまった気持ちは面白いほど麻痺していて。

俺はコイツの世話さえ焼ければいい。

いつか及川の世話をする彼女が現れるまで俺を頼って甘えてくれればそれで。

いくら想ったところで、決して交わることはない。

俺は“葉”だ。











「お帰り岩ちゃん」

特に何が欲しいわけでもなく何となく行ったコンビニから帰ってきたら俺の部屋には月バリを読んで寛ぐ及川がいた。

………この数分で何があったんだ。

一人で頭を抱えて考えていると及川はとびきりのキラキラで完璧な笑顔をこちらに向けて。

「俺ん家、今日誰もいないんだよね〜。だからさ、泊めてよ岩ちゃん!」

「帰れクソ及川」

「ひどいね!?」

一瞬の隙も与えず突っぱねると及川はベッドに座ったまま俺の腰に抱き付いて。

「お願いだよ岩ちゃん…俺、寂しくて死んじゃう…」

「面倒臭い彼女を持った気分だ…」

「何その感想!」

半目でそう言えばすかさずツッコミが返ってくる。

「そもそもお前もう高校生だろ。一人で留守番もできねぇのか」

俺の腹にグリグリと頭を押し付ける及川を引き剥がしながら声を低くして言うと奴はへにょんと眉を下げて困ったような、悲しそうな顔をつくる。

「だって本当に寂しいんだもん…」

「帰れ」

「ひどい!折れてよ!」

うるせぇ。そんな顔でそんなこと言われたら期待するだろうがグズ川。ヤメロ。

心の中でそう毒吐きながら及川が勝手に読んでいた俺の月バリをヒョイと取り上げる。

及川は不満の声を上げた後モゾモゾと俺のベッドに勝手に潜り込んでしまう。

つくづく勝手な奴だなお前。

俺は諦めて拗ねてしまった面倒臭くて可愛い幼馴染みに声を掛ける。

「おいグズ川」

「………及川さんには及川さんって名前があるんですー」

「クソ及川」

「岩ちゃんは普通に名前も呼べないの!?なに!?」

「風呂入ったか?」

「まだだけど…」

「じゃあ先入ってこい」

すると及川は主人に呼ばれた犬みたいに、あからさまな反応を示す。

すごく嬉しそうだ。

本当、バカなんじゃないのかコイツ。

クソっ、可愛い。

そう思いながら着替えを持って上機嫌で風呂に向かう及川の背中を見て、思わず溜め息を吐く。

及川が風呂に入ってる間、親に今日及川が泊まる旨を伝えて自室に引き返す。

部屋ですることもなくバレーの雑誌をパラパラ捲ってみたりしている内に段々眠くなってきて。

及川は男のくせに風呂長いな…。

ベッドに倒れ込んでそんなことを考えていると段々思考が落ちてきて、自然と瞼がくっつく。

部屋の電気が瞼越しに透けて届くのが心地よくて、俺は考えるのをやめた。











「………ゃん、岩ちゃん」

肩をゆさゆさと揺らされて聞き慣れた優しい声で名前を呼ばれる。

ゆっくりと浮上していく意識。

一瞬目を開けてあまりの明るさにぎゅっと目を閉じる。

次にそろそろと目を開いてLEDの光に馴らすようにパチパチと数回、瞬きをする。

「岩ちゃん、起きた?」

ひょこっと俺の目の前に現れたのは風呂上がりの及川。

髪が少し湿っていて肌も若干ピンク色。

及川は元々肌が白い。日本人特有の黄色っぽい色じゃなくて本当に白っぽい白だから余計ピンクが目立つ何だコレ目に毒だわ。

そんなことに思考を巡らせて返事を忘れていると及川は首をかしげて。

「岩ちゃん、ご飯だって。行こう?」

そして起きれる?と俺の手を掴んで引っ張る。

そんな及川の一挙一動に内心思いっきり振り回されている自分がひどく滑稽だ。

『好き』だなんて気持ちも忘れられたらとても楽なんだろう。

せめて今だけは忘れられないだろうか。

及川に握られている手に力を込めて、引き寄せたくなる衝動を押し殺して俺はベッドから起き上がる。

それからいっしょにリビングに行って晩ご飯を食べて。

食べ終わったら及川は俺の部屋に戻って俺は風呂に入って。

風呂から上がってタオルで頭をガシガシと乱暴に拭きながら部屋に戻ると及川はベッドのど真ん中を占領して布団をかぶって気持ち良さそうに寝ていた。

うわ、遠慮ねぇなコイツ。

ぐいぐいと及川を壁に押しやって自分も布団に潜り込む。

すると寒いのか何が不満なのか及川は寝ぼけて俺に抱き付いて足を絡める。

本当昔っから変わらねぇな。

そうやって無意識に甘えるのもずっと、この先もずっと俺だけだったらいいのに。

明日の朝練のためにスマホでアラームをセットして枕の横に置く。

それから人の気も知らないで隣で寝ている及川に小さな、本当に小さな声で。

「好きだ……グズ川」

と告げる。

及川が寝てるとき何度も紡いできた愛の告白は、今日も及川に届かない。











今日も学校が終わって部活も終わった帰り道。

いつも通り及川と帰っていた。

及川の際限のないくだらない話に適当に相槌を打っては「ちゃんと聞いてるの!?」と言われて腹を立てるふりをして怒鳴る。

こんな日々がいつまでも続けばいいのに、とか思いながら面倒臭い彼女のような及川をあしらって。

さすがに冷たくあしらい過ぎたか、大通りに出たところで及川は拗ねた顔をして俺の先をさっさと歩いていってしまう。

コンパスが違うため俺は早歩きをして。

「おい、クソ及川」

「もう岩ちゃんなんて知らないっ!」

なんつーかバカップルの痴話喧嘩みたいじゃねぇか…。

機嫌をとるように名前を呼べば及川は俺を振り返ってべっ!と舌を出す。

その行動の子供っぽさに呆れながらも可愛いと思う自分は既に末期なんだ。

自分より幾分か背の高い彼を追い掛けて無遠慮に手首を掴むと大袈裟に揺れる肩を見て。

「あー…悪かった。スマン」

視線を泳がせてとりあえず謝ると及川はゆるゆると俺を振り返る。

そして普段からは想像も出来ないような弱々しい声で。

「そうじゃないよ…謝ってほしいわけじゃないもん…」

「じゃあ何が不満だよ」

顔をしかめて聞き返すと及川はうつ向けていた顔を上げて。

「岩ちゃんに冷たくされるの、寂しいよ。俺は岩ちゃんの何なの?」

その言葉に思わずドキッとする。

これ以上及川のことを好きになるのはつらいと思って一線引いていたのは確かだしそのせいで冷たくしていたのも事実だ。

でも一度甘やかしてしまうと今までの努力が全部無駄になってしまう。

きっと際限なく甘やかしてしまうだろう。それと同時に嫉妬や支配欲なんかも覚えるだろう。

そうなるのが嫌だったから。

でも、そのせいで及川を傷付けた…?

どうするべきが一番かぐるぐる考える。

及川は俺の……、

「及川は俺の、」

そこまで口にしたとき、突然聞こえたものすごい音。

それはアスファルトとタイヤが擦れるような、耳障りな音で。

不快に思って音のした方を見るとそこには段々こちらに迫ってくる一台のトラック。


「は?」


頭では状況を飲み込めてもその処理が追い付かない。

段々こちらに迫ってくるトラックはすごいスピードのはずなのにとてもスローに見えて。

でも、動かない頭を無視して体は勝手に動いた。

掴んでいた及川の手を引っ張って思いっきり、力の限りなるべく遠くにぶん投げる要領で振りかぶって手を離した。

途端に及川は突き飛ばされたように吹っ飛んでいって。

スロー再生のような視界で見えたのは及川の顔。

綺麗に整った俺の大好きな顔を遠慮なく歪めた顔だった。

それから及川と初めて出逢ってから今までの記憶が走馬灯のように頭を駆け巡って。

ように、じゃない。これは走馬灯か。

きっと俺は死ぬ。

直感でそう思ったが自分はあくまで冷静で。

あぁ、さっきの質問の答え、言ってなかったな。

「及川。お前は俺の大事な想い人だ」

ずっと追い掛けていた。

ずっと大好きだった。

お前を好きになれて俺は幸せだった。

及川、お前は“花”だ。

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