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□窓の花
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その日は生憎の雨で、窓に吊るされた孫の照る照る坊主を眺めていました。
照る照る坊主の向こうにはいつもなら華やかでにぎやかな噴水広場が見えるが、雨の降る今日は薄緑のカーテンしか見えない。
雨の匂いと、病弱だった若い頃から育てている花の香りとを感じて、ふとその頃を思い出して懐かしんだ。

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暫く昔の思い出に浸っていると、不意に足音が聞こえた。
雨音と共に、パチャンパチャリと。足音は窓の下で止まりました。
「いい天気ですね」若い声が雨の中、不思議な響きを帯びて部屋に届いた。
いい天気とはどういう意味でしょうか。外は雨なのに。
「あぁ、えっと、そっか。雨だもんね…、うん。
 いや、えーっと、雨ですね?」
少し焦った様な声に思わず笑ってしまった。
「ふふ、そうですね。いい天気ですね。」
一瞬、雨音がきつくなった様な気がした。
やがてその声はポツリと呟いた。
「変わらないね、君は。」
変わらない────、それは何処かで会ったことがあるということだろうか。
けれど幾ら記憶を辿ってみてもこの声の主に聞き覚えは無い。
うんうんと考えていると、雨音がパタリと止んだ。
「雨、止みましたね」
「止んだね。」
そこから少しの間、会話はありませんでした。
でもそれは嫌な沈黙ではなく、寧ろ心地の良い空気でした。
「……虹だ」
声があっと言って私はカーテンの隙間から覗いた。
とても綺麗な虹だった。
「ねぇ、今は幸せ?」
声は柔らかな口調で聞く。
「夫はもう先に往ってしまったけれど、娘夫婦が孫を連れて遊びに来るのよ。
 だから今はとても幸せね。」
「そう、良かった」
「昔は病弱でね、私。外に出たくても出られなかったの。
 その頃が悪いとは言わないわ。そうじゃなかったら夫にも会えなかったもの」
「そう、良かった」
声は満足したようにただ何度も同じ返事を繰り返した。
良かった、良かったと。


「貴方はだれなの?」


その問いに声は答えずに、別の言葉を紡ぎだした。
「幸せになってくれて、本当に良かった。
 ──────ありがとう、またね、お姉さん
私はハッとしました。
そして慌てて窓に駆け寄って、カーテンを開きました。
丁度、家の角を紫色の髪の青年が曲がって、見えなくなった。


「そうだね、またね、アザミくん
出窓の淵には、小さなピンクの花で出来た指輪が置かれていた。



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(これは何?)(ゆびわ!)
(いつかおねえさんとけっこんするから!それまでもっててね!)
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