BOOK

□スプーニー•フォーキー
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「あぁもう、本当疲れた…何でアイツあんな元気なの…。」
脳裏に今日の昼頃の服選びに付き合わされた時のあの笑顔がポンと浮かび、顔に熱が集まった。
顔に集まった熱を冷やそうと窓を開け放つと丁度、パウダーブルーと黒を基調としたシンプルな部屋に僕の鞄が倒れる音が響く。
鞄の中身が片寄っていたのか、テーブルから落下してフローリングに寝かされた鞄を見てフゥと溜息をついた。

目を閉じれば脳裏に再び笑顔が咲き誇り、ベッドに投げ出した体が沈み込む感覚がする。
あぁ…ダメだ、寝よう。

──────────────────

「アザミだとか兄さんだとか知らねーよマジで!疲れた寝かせろ!」
《だって兄さんが!兄さんが!可愛い!格好いい!抱いて!殺して!いっそ抱かせて!》
「もう勝手に殺されろよ!」
半ばマジギレで俺はケータイの通話を打ち切り、布団の上に叩きつけた。
ボスン虚しい音をたて数ミリバウンドして、布団にケータイ型のくぼみが生まれる。

あぁ…疲れた。ダメだ、寝よう。

──────────────────

「ねぇ万、僕寝なかったっけ」
「…俺も寝たと思うんだけど」
深い睡魔の先にあったのは見慣れた友人の顔だった。
「何コレ、僕の心理状況がわからないんだけど」
「夢でまでお前に会うとか無いわ。マジで無い。」
「ねぇそれ僕の言葉だから」
「つーか、コレなんて夢だっつの…
 水乃と延々話してろって?」
「学校で散々話してるじゃん」
「“うん”とか“面倒くさい”しか言ってねぇだろお前。」
「話してんじゃん、ちゃん…………と………………」
言葉尻が萎んでいき、やがて消滅したので、万は不審な目を向けた。
「オイ水………乃」
万も言葉を失った。巨大な影が二人の後ろから落ちている。
ゆっくりとぎこちなく、振り向けば、何故か見覚えのある巨体が二体立っていた。
「………………灯の」「ストラップ……………?」
二人で口を合わせるとその巨体から自己主張ともとれる声が響く。
『スプ────────…………ニ────────………』
後ろ側の巨体からアルトリコーダーの最高音のような声が届いた。
更にその前、最もこちら側に近い巨体も声を発する。
『フォ────────……………………』
「「フォー?」」
一瞬万の脳内にマル○ォイが浮かんだが、それ以上の恐怖がそのイメージを塗り尽くした。
『フォ─────────────────……キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ
突如として二体は奇声をあげながら突進してきた。
「────〜〜〜〜〜〜……ッッ!」
二人揃って声にならない声を上げ、駆け出した。
ナニアレナニアレナニアレナニアレ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎
万が叫べば叫ぶほど、水乃の顔色が悪くなっていく。
「──ストラップだ」「なんでそんな冷静なの⁉︎ねぇ⁉︎」
万が泣きそうな声で水乃に問い詰めるが、水乃当人はこれでいて顔が真っ青である。
「灯の!ストラップ!が!走ってくる!」
「五月蝿い走れ」
万はひたすらに絶叫しながら走る。
息切れは自業自得だろう。
水乃は滅多にみな真剣な表情で走る。
今までに類をみない目の据わり具合だ。
『キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ』
「息は⁉︎ねぇアレ息はどうしてるのねぇ⁉︎」
「知るか走れ」
万はチラチラと後ろを確認する。
水乃は時折万を気にするものの、基本一点を見つめて走る。
『キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャハ────────────────キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ』
「息してる!水乃!息してるよアレ!ちゃんと生きてる!」
「五月蝿い知るか黙って走れ」
万はフォークを構えて走ってくる一体のそのフォークの先端を見ては目をそらす。
水乃は最早万にすら目を向けない。ブレなくただ一点だけを見つめている。
「何あれマジやめろよ……だって見てよあのフォーク、食う気満々だぞアイツ俺らを!
「黙れ口を閉じろ前を見ろ進め」
『ニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャゼハーゼハーゼハーゼハーゼハーゼハー
>疲れた<
「疲れてる!スプーンの方疲れてる!メッチャ立ち止まって息整えてる!
 しかも前のフォーク止まって待ってる!
 優しい!すげェ優しい!つーかあのスプーンさっきから息してないもん!
 ひたすらニャニャニャニャ言ってたもん!そりゃ疲れるわ!スプーン!」
ノンブレスで言い切った万の肺活量も褒められる域だが、その前に。
スプ────……ゼハァ………ニ────…ゼヒュー…ゼハー……』
水乃の額から妙な音がした。プツンと。
そこまでして自己主張すんな!休めや!
水乃は血走った目で続ける。
「ふさげんなよ何なんだよ還れよ土に還れよ……」
ブツブツと呟くように呪詛を吐き出す水乃に、万は呆然と脳内で叫ぶ。
「(水乃が壊れた!ねぇ!水乃が壊れた!
 黒いよ!水乃が黒い!黒水乃!ねぇ!俺どうしたらいいの!ねぇ⁉︎)」
その途端息を整えていたスプーンが地面を爆ぜさせた。
ギュン、と間を縮めてきたスプーンの妖怪に顔面を蒼白に染める二人は、こうしてまた走り出した。
「だあぁあああああああ!
 ロケットスタートぉおおおおっ!」
少し休んだくらいじゃ回復しない二人の足と、少し休んだだけで爆発的な回復力を見せた二体の足。
胴長短足のその肢体を残像が残るほど振り上げる二体はやはり妖怪が正しいのかも…しれない。

そうして距離はほぼ0へ等しく近付き、二体の得物がそれぞれの背中に肉薄する頃。

ハッと二人はようやく目を覚ます。






それぞれがお互いの部屋、お互いの寝具の上で。
水乃は掛け布団を跳ね飛ばして。万は布団からはみ出した体をゆっくり起こして。

お互いがお互いに携帯に掛けようとして結果水乃の携帯に着信が入る。
どちらともなく開口一番口を吐いたのは「今寝起き?」と「変な夢みなかったか?」である。

二人して灯の携帯電話のストラップ──もといスプーニーとフォーキー──を引き千切ろうとしたのはその翌日、日曜日の早朝の話だ。


(残念だったネー)(ネー)

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