BOOK

□数百年のうちの少し
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兄さん!と後ろから呼び声が聞こえて若干の面倒くささを感じつつ振り向く。
体をゆったりとした動きで180度回せばそこにいるのは俺らなんかに態々絡んできて、あろうことか好意を向ける頭のおかしい奇人。もとい漣 葉。
本人は苗字のもじりで“さざみん”と呼べと言うが俺は名前も名字もあだ名も呼んだことがない。つーか呼ぶ気もない。
ついでに言えばコイツの名字は大昔にも居た奴が同じ名前をしていたので正直生まれ変わりなんじゃねーのと頭を抱える。
そーいやアイツも変態っぽかったな、俺の脱いだシャツに顔埋めたり。
頭の中で表のアホが“あ、さざみんおはよー”なんて言って気持ち良さげに伸びをする気配がする。本当にアホだ。
「兄さん!兄さん!おっはよー!おはよおはよ!
 朝から出会うなんてやっぱり僕と兄さんってば赤い糸で結ばれてるんだね───っっ!」
こいつは阿呆と痴呆と馬鹿と痴女が同居するような変態だとつくづく思う。
コイツだけはホントいつか俺が殺そうとも思う。
ついでにストーカー気質と付け足しておく。
「うるせェ」
適当に言葉を放りだしてさっさと歩き出す。
“コラ、まてそうやって酷いこと言う”
表が頭ん中でぶつくさ文句を並べるのでそれを聞き流して歩みに力を入れる。
兄さん兄さんとベタベタくっつきながら横をパタパタとついてくるコイツに純度高めの殺意を込めて睨みつけてみるが効果は0、むしろ頬を染めてハァハァと気持ちの悪い吐息を零している。変態
構うだけムダかと思うがこれだけ鬱陶しいと気にしない方が難しい。
「あ、そうだ兄さんシャンプー変えてみたんだけどね!
 ボトルの色が兄さんの髪みたいでもう一目惚れしちゃって!
 もう部屋中紫だらけだよ!兄さん愛してる!」
変態。何本シャンプーボトル買ってんだコイツ。
“シャンプーボトル何本買ったの⁉︎”
思考が被ったのが腹立つ。
“部屋には他にも兄さんグッズがあるよ!兄さんを愛してるなら当然さ!”だとか気持ち悪りぃこと吐かすコイツに軽く目眩と吐き気がする。
ゾワァッと鳥肌がたったので勢い良く視線を逸らす。怖ぇよ。
つーか兄さんグッズってなんだ。

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アイツが高校前で名残惜しげに離れてった後、さっさと仕事を済ませ少しフラフラとしていると前方の角を曲がった男が顔を歪め、“げ”と口にまで出した。
本の僅かだがソイツの左頬がびくりと震えたのは目の錯覚ではないだろう、愉快な気分になって俺にしては珍しいことだが話をふってみた。
「元気そうだなァ?」
ニヤリと嗤ってやれば露骨に嫌そうな顔をするコイツは、いつだったか俺が左目を潰してやった男で、名前はシオン。
良くウサギを連れているが、今日は連れてきていないらしい。
「余計なお世話だ、老いぼれ」
「ハ、似たよーなモンじゃねーか」
「お前よりはまだ若い」
ジトリと見つめるように睨むシオンに少し口角が上がるのを感じる。
ザワザワと心のどこかが揺れる。
最初コイツの左目を潰した時、俺はコイツを殺す気だったが、残念なことにその時はコイツ隙をついて逃げちまったんだよな。
んで再会したのがこの街。
今度こそ殺してやるつもりだったが、時間が殺る気を根刮ぎ削いでいった。
「安心しろ、別に殺しゃしねーよ。」
そう言えば怪訝な顔をするシオンに、つい喉を鳴らして笑ってしまったのはご愛嬌だろうと思う。
ふと俺も丸くなったものだと自嘲気味に笑ってはみるものの、シオンは相変わらず嫌悪の表情で呆れ返るだけだった。





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後書き

さざみんの高校前って描写ですが、別の短編という形で書かせていただきます。

 

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