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□人色亭の日々
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人色亭。
東京のどこか片隅、ビルの合間を縫うような細い入り組んだ路地にその食堂は存在した。
店先に吊るされたOpen≠フ文字を見る限りどうも食事処であるらしいそこは、今日もひっそりと営業している。
基本的に訪れる客は一種類のみ。
そこに人種性別年齢は関係なく、ただある一つの目的でこの店に集まる。
時折事情を知る由もない一般人が入店するものの、出された食事を美味しそうに平らげ平然と帰って行く。
どうやら殺人鬼の経営する店なんかではないようである。
その後の客の体調は知ったことではないし、食事の原材料などは解説するこの私の知ったことではないが。
閑話休題。
文章の頭からそんなことを説明したことには当然、然るべき理由がある。
ここの店主、桐ヶ谷色人は自らが美味しいと思うものを食べてもらって、美味しいと言ってもらって、笑顔で客を送り出す。
実際そのことに大変な喜びを感じているし、その仕事にやりがいも感じていることだろう。
問題はそこではない。
この店主の問題点、それは彼が食人家であることだ。
「しーきーとーさーーん!」
ドアベルを激しく揺らして、ドタドタと騒がしく店内に押し入る客が一人。
「…もう少し静かに入ろうか、未菜ちゃん」
俺がやんわりと咎めてもまるで意に介さず。
我が物顔で席に着く彼女はこの人色亭の常連客の一人。
ほぼ毎日、訂正。
必ず毎日ここで朝昼晩の食事を取る彼女は、痛く俺の料理がお気に召しているらしい。
料理人としては嬉しい限りである。
「いつものー!」
ニコニコと無邪気な笑みを浮かべて注文する彼女に苦笑しつつも俺は調理し始める。
人肉は悪くなるのが早い。
だから昨晩仕入れて早朝に仕込んだものしか使えない。
冷蔵庫から新鮮な物を選んで取り出す。
丸く整ったミンチを焼き上げる。
若い女性の肉で、無駄な肉が無く、きっと恋人だか旦那だか理由はわからないけどダイエットに専念していたんじゃないだろうか。
そのお陰で美味しいご飯を食べられて提供できるのでありがたいことだ。
「お待ちどおさま。」
テーブルにコトンと音をたてて白い皿に乗ったハンバーグを置く。
未菜ちゃんは待ってましたとばかりにフォークを手に取った。
もぐもぐと美味しそうに咀嚼する姿につい嬉さでふふと笑いそうになる。
そこで今度はドアベルが静かに鳴る。
「こんにちは」
表情を変えずに店内に入ってきたのは近所の学校に通う少女。
名前は不破弓月といってウッカリここに入ってきた一般人だった割に速攻で原材料に気付いた上で提案をしてきた。
少女と言うよりは年齢的に女性の方が近いが、まだ学生らしいので少女でいいだろう。
「いらっしゃい、弓月ちゃん」
「桐ヶ谷さん、これ」
弓月ちゃんが席に座らずにカウンターに向かってきて突き出したのはよく見るカバン。
中身はいつものものである。
甘くドロドロに煮付けて生クリームを添える。
とても甘いデザートができる。
こればかりは食人家以外の客も遠方からやってくる。
弓月ちゃんみたいな子、つまりオキュロフィリアの方々。
とても嬉しそうに口に含む彼らを見るのはとても嬉しい。
まぁ眼球より断然肉派なのだけれど。
「これから学校?」
学生特有の服装、所謂制服に身を包む弓月ちゃんに問いかければ少し不機嫌そうに答えてくれる。
「…………知り合いが早く来いって五月蝿いから。」
「友達かな?」
「あれを友達にはしたくない」
ぶっきらぼうに言い切って早々に店をでて行った弓月ちゃんを見て、今度は未菜ちゃんが口にする。
「青春だねぇ…」
「未菜ちゃんもまだ若いでしょ」
「もう時期20だよ?
がくせーさんが羨ましーよ」
その割には見た目が高校生の未菜ちゃんを見て、やっぱり俺は苦笑した。