BOOK

□人色亭の日々B
1ページ/1ページ





東京のどこか片隅、ビルの合間を縫うような細い入り組んだ路地にその食堂は存在した。
店先に吊るされたOpen≠フ文字を見る限りどうも食事処であるらしいそこは、今日もひっそりと営業している。

基本的に訪れる客は一種類のみ。
そこに人種性別年齢は関係なく、ただある一つの目的でこの店に集まる。
時折事情を知る由もない一般人が入店するものの、出された食事を美味しそうに平らげ平然と帰って行く。
どうやら殺人鬼の経営する店なんかではないようである。

その後の客の体調や、食事の原材料などは解説するこの私の知ったことではないが。


閑話休題。
文章の頭からそんなことを説明したことには当然、然るべき理由がある。

ここの店主、桐ヶ谷色人は自らが美味しいと思うものを食べてもらって、美味しいと言ってもらって、笑顔で客を送り出す。
実際そのことに大変な喜びを感じているし、その仕事にやりがいも感じていることだろう。

問題はそこではない。
この店主の問題点、それは彼が食人家であることだ。



その日も未奈ちゃんはいつもの時間にやって来た。
店の端の指定席に座った未奈ちゃんに声をかけようとすると、珍しいことにドアベルが涼やかな音をたてて、お客さんが入ってきた。

青いストライプのシャツ、グレーのジャケット、白のズボン、白い髪に真っ白な肌。
男はあまり好みではないけれど、彼なら美味しいのではと考えた所でふるふると頭を振る。
店内は食材調達禁止にしているんだった。
自分で決めた規則を破ってしまっては元も子もない。

「いらっしゃいませ」
いつもの営業スマイルを浮かべて声を掛けると、彼もニコリと笑みを返す。

その彼は視線を横に振って、直ぐにそれを止めた。
留められた視線は未奈ちゃんへ向いている。
知り合い…ではなさそうだ。

「ねぇ、相席いいかな?」
「え?あ、いいですよ!」
優しい未奈ちゃんは、ふふと楽しそうに笑って快諾した。

「色人さん!いつものっ!」
未奈ちゃんは楽しそうに俺に注文して、ついでにと彼にも注文を聞く。
注文を聞かれた彼は逡巡する様子もなく、
「竜騎でいいよ。俺も君と同じのがいいな」
と言う。
竜騎さんか…。

「わかりました!…色人さん!!」
注文を聞き届けた未奈ちゃんが俺の方を嬉々として振り向く。

「聞こえてるから大丈夫だよ」
微笑みつつ俺は冷蔵庫を開く。
下拵えの済んだ肉を取り出して調理を始める。
さて、美味しいご飯を作りますか。

「竜騎さんはここがどういう所か知ってるんですか?」

「いや、知らないかな?
 なんせ、君が走って行く姿を見てちょっと気になったからね。
 追いかけて来ちゃったんだよ」

未奈ちゃんの際どい質問に、そちらもまた際どい答えを返す。
それは俗にストーカー…いや、なんでもない。

「そうなんですかー…
 竜騎さん、食べても驚かないで下さいね?」

「………………………?
 俺はどんな料理が出てきても驚かないよ」
そう言う竜騎さんにふふと俺は笑っておく。

「あ、そう言えば君の名前は?」
「私ですか?未菜って言います!」
「未菜ちゃんかー。よろしくね?」

微笑ましい自己紹介を終えて、料理を二人の前にコトリと置く。

「…………………!凄い美味しそう…」

そう言ってもらえるのはとても嬉しく、俺は自然に緩む頬を引き締める。

「ありがとうございます。
 竜騎さん、と呼ばせていただきますね?
 俺は桐ヶ谷色人です。
 どうぞよろしくお願いします」

軽く頭を下げなから、ナイフとフォークを置いた。
竜騎さんはフォークを手に取りつつ問う。

「色人って呼ばせて貰うよ。
 これは何の肉を使ってるんだい?」

その質問にゆったりと答えてみせる。

「あー………、人肉≠ナすよ」

目を丸くする竜騎さんに未奈ちゃんは声をかけた。

「やっぱり引きますよn「そんな事ないよ!」

驚いたことに竜騎さんは同種の人間…つまりカニバリズムを持っていた。

「ここまで香りのいいのは初めてだよ!
 いやぁ、俺も所謂食人鬼…カニバリズムってさ!!
 まぁ俺の場合はさ、俺が愛した美しく可憐な女性を食すんだけどね?
 また、それが美味しいのなんのって。
 男は筋肉多くて不味いのなんの。
 やっぱり肉付きの良い14〜34の間の女性が好みかな?
 あ、もちろん未菜ちゃんも全然好みだけどさ。
 でもやっぱり同種の人を食べちゃうのはどうかなって思ってやっぱ未菜ちゃんは食べるのやめるよ!
 あぁ、俺、この店の常連になりそっ♡
 あ、食材提供もしようか?
 俺の家だと友人が邪魔だっていって捨てちゃうからさぁ?」

堰を切ったように飛び出した竜騎さんの言葉に未奈ちゃんは嬉しそうに笑い、俺も笑った。

連絡先やまた来る約束等を取り付けて、竜騎さんは帰っていった。

「はぁあぁあ…どうしよ…」

悩ましげに声をあげる未奈ちゃんへ目をやると、彼女はテーブルに突っ伏して両手首をパタパタと揺らしている。

「竜騎さん、かぁ……………」

おや、これは意外。
未奈ちゃんにも春が来たようだ。

「素敵な女の子や女の人を食べるのも魅力的だけど…
 美味しいものを食べて益々美味しくなっただろう私の身体を竜騎さんに食べてもらえたら……ふふ、素敵だろうなぁ…」

差し詰め、白馬に跨った王子様が竜騎さんだった訳かな?




(Eat me . )
(白い人との邂逅は)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ