BOOK

□好意に殺意を向ける
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或る澄み渡った夜空の素敵な夜。
恋人たちが月が綺麗ですねと囁き合う夜。
社会人達が寝る間も惜しんで画面に向き合う夜。

そんな夜に疲労上限ここに極められたり。
いつもの紫の、宵闇に溶けるような髪は寝不足のせいかその美しさが若干落ち。
いつもの赤の、血を垂らしたような瞳は寝不足のせいか酷く充血し。

仕事中でもないのに仕事中の形相の彼こと、アザミはフラフラと自分の拠点とする廃ビルへと、彷徨える死体よろしく歩を進めていた。

月は既に真上に登ると薄く輝く星が煌々と夜空を彩り、彼の吐く息だけが夜を撫でた。

いくら暦の上では秋だといっても、体感気温はもう冬である。

寒さが耳を刺すので、仕事先の少女から頂戴した地味目なマフラーを口元まで引き上げる。

もう一度ハァと息を吐いたところで、嫌な声と衝撃が耳と腰を襲った。

「兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん!」
ドゥッ!

余りに疲れていたので受け身すらとれず、押された肺から一瞬で空気が抜けた。

「ゲフっゲホゲホっ!……………」

吐血でもしたのではあるまいかと疑うような声だが、幸いなことに空気以外には何も出ていない。

「……えーーっと…兄さんだーじょぶ?」

惚け半分心配半分。
呆気にとられる代名詞とも言うべき言葉が向けられたところで、彼はコートの中の手持ちのナイフを全て投げた。

ズダダダダンッ!!
と銃撃音かと聞き紛うような音を立ててナイフは全て彼女の体スレスレに飛び、彼女を見事に壁に縫い付けた。

「ちょ、兄さん!? 外してぇ!」

ジタジタと捥く彼女に彼は、血走った目でカラリと、今までにない爽やかな顔で笑った。

「ハハハ愉快愉快。
 一周回って不愉快だが。
 じゃあ俺寝るから」

ハハハと好青年のような声と共に彼が廃ビルへと消えていくと、暫く廃ビルの外の道で泣き喚く声が響き続けたとかなんとか。





 

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