BOOK

□敗戦兵士と戦災少女
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あくまで俺の想像で妄想なIfストーリー。
敗戦国の兵士な22歳アザミと16歳で戦災孤児となった少女の小話。
《其れでは此の辺りでお涙頂戴と致しましょう。
 皆様ハンケチや駄賃の御用意をお忘れなく──》






名もないような小さな集落。
人々が笑い、歌い、幸せな営みを続けていたその場所すら、当たり前のように戦火に包まれた。

そんな集落の崩れた家の木の板と壺で隠された小さな窪みから、煤で黒く汚れた少女が顔を出した。

「お父さん?」

呼びかけても厳しい父の声は聞こえない。

「お母さん?」

呼びかけても母の声は聞こえない。

少女は絶望の表情でフラフラと家の外へ出た。

女達が井戸端会議に花を咲かせた井戸は血で赤黒く染まり、男達が汗水流した畑は血と蛆に塗れた死体で埋まっている。

風が死臭を運び、僅かな呻き声が耳に届いた。

不安げな少女の瞳に小さな光が灯る。
──会いたい、人に会いたい。
少女の願いは最早それだけだった。

苦しげな呻き声は幼馴染の家からする。

「…だれかいるの?」

少女が恐る恐る声をかけると、中でがたりと物音がした。

「みーくん?」

少女が幼馴染の名を呟くがその幼馴染からの返事は当然無く、代わりにもう一度物音がした。

ゆっくりと中へ足を踏み入れた途端匂う血臭。
少女が駆け込むと、そこには血塗れの青年の姿。

「──来、るな」

髪を服を身体を、全てを血で染めた青年は少女を親の仇でも見るように睨みつけた。
だがその瞳は不安定に揺れていて、青年に少女の姿は見えていない。

「貴方、怪我をしてるの?」

少女が問いかけると、青年がピクリと動く。
焦点の定まらないその瞳には怯えが見て取れた。
傍らの刃折れの剣を弱々しく構えるその姿は、幼い少女にすら哀れに見える。

「僕に、触るなっ…」

少女はお気に入りの絵本に出てくるセリフをハッと思い出した。
傷ついた盗人の少年にお姫様が言った言葉。
「大丈夫よ、私は敵じゃないわ」

それを聞いた青年は濁った瞳を僅かに揺らして、それからゆっくりと意識を飛ばした。












パチ、パチ、と。
焚き木の音が聞こえた。

アザミがゆっくりと目を開くと、血が入って一時的に視力を失っていた瞳が回復している。
身体中の傷口には拙く包帯が巻き付けてあって、痛みは無い。

「ここは──」

何処だ≠ニ口に出そうとした矢先、勢いよく一人の少女が飛び込んできた。

「ああ良かった目が覚めたのね!
 具合はどう?もう痛くない?目は見える?」

矢継ぎ早な質問にアザミはたじろいで目を白黒させる。

「わっ、ちょっと待って、そんなに一気に質問されたら──痛っ!」

脇腹の最も酷かった傷口が開いたようである。

「────〜〜〜っ!!」

アザミは横になっていた地面に翻筋斗を打つと声にならない声で悶えた。

「あら!ごめんなさい…
 残っていた薬で効くかどうかわからなかったから不安だったの…」

アザミはその言葉でこの戦場になった集落が傷に良く効く薬の産地であったことを思い出した。
敵の医薬品の補給路を断つ作戦。

──この少女の仇は僕だというのに、何て優しいのだろう。

「どうして僕を助けてくれたの?」
恐る恐るそう聞くと、少女は微笑んで答えた。

「怪我人に敵も味方もないのよ、って。
 そうお母さんが言ってたのよ」

家族や幼馴染、友人を理不尽な理由で虐殺した男を怪我人だという理由で許し、その上傷を癒した少女。

彼女は母親の言葉を忠実に受け継ぎ、憎悪の連鎖を断ち切る勇気を瞳に宿し真っ直ぐにアザミを見つめた。

アザミは謝ることもできず、ただ頭を下げた。
アザミの下げた頭を見た少女は、アザミのその頭を僅かに押した後直ぐに表情を戻し、次の瞬間にはアザミの前に飛び込んできた時の笑顔を見せる。

「ところで君の名前を聞いてもいいかな」

アザミがそう問いかけると、少女は悪戯気に笑みを浮かべて言い放つ。
「人の名前を聞くときは、まず自分からでしょう?」

クスクスと微笑まれ、アザミは釣られて苦笑した。

「…それはごめん、僕はアザミといいます」

「私はメリッサよ」

間髪入れずに名乗った少女に再び目を瞬かせた。









それから暫くのこと。
アザミの傷が塞がり体力が戻り始めたその頃になると、戦争の終結を聞きつけたメリッサは度々村を出ては麓の街まで降りて食料を調達したりしだしていた。

「おじさん。
 綺麗な包帯と消毒液、あと胃に優しいものお願い」

メリッサが黒い群衆をやっとの思いでくぐり抜けて声を掛けると、簡易のテントを広げた雑貨屋の店主が笑顔で答えた。

「メリッサちゃん、三週間ぶりだな
 村の奴らが一人も顔を出しに来ねぇが、無事なのかい?」

「…………皆死んでしまったの」

メリッサが息を詰めるように悲しげな瞳を足元に下げる。
店主は僅かに、まるで謝罪するようにメリッサを見つめると直ぐにメリッサに言われた物を足元の箱から取り出す。

「そうか、気の良い人達だったのにな…
 戦争には勝ったが、俺はヤツらが憎くてたまらないよ…」

店主はメリッサから代金を受け取りながら広場の中心にある敵兵の指名手配書掲示板に視線をやった。

メリッサは店主に礼を言って掲示板の前に立つ。
いつものように一枚の手配書の文字に目をやると、奥歯をギリと鳴らして拳を握った。

見慣れた紫紺色の髪、血の色が染みたような真っ赤な瞳。
戦争相手だった元敵国小隊長のその名前は──。








「あ、おかえりメリッサ」

家の戸を開くと、アザミが慌てて椅子に座る。
その様子を見てじとりとメリッサが言った。

「また運動してたでしょう、アザミ?」

「ぅ」

「やっぱりね」

鎌をかけられた事に気付いたアザミは、先程のメリッサのようにじとりと見つめ返す。

「メリッサは何だか強くなったね…」

「アザミは出会った時よりヘタレになったわね」

ああ言えばこう言う、メリッサはそういう少女であった。
対するアザミはと言えば、幼少期から年上の同性はおろか同世代や年下の異性にまでも鈍間(のろま)扱いされる始末であった。

精神的力量差は歴然である。

「もう、鈍間鈍間って僕そんなに鈍間じゃないよ!」

「物理じゃなくて精神的な話よ
 ホラ、そこに寝転がりなさいよ
 さっさと包帯替えるんだから夕食の用意手伝いなさいよ?」

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