ようこそ学園へ 〜長編〜
□花の香り
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しばらく山合の道を進むと糸杉の林の中にひっそりと佇む寺院が見えて来た。
豪奢な作りではないが廃寺であったとは思えない程に整えられており、どこか洋風な造りである。
こじんまりとした様だが木漏れ日を受ける様子は神々しい。
垣根に植えられている木は山梔子だろう。咲き始めた白い花が彩りを添えて何とも美しかった。
(あれが南蛮寺・・・・)
木の上より下界を見下ろすようにして半助は寺の方角を見やった。
(さて、おそらく名前はあの寺のどこかにいるはずなんだが )
半助は慎重に様子を伺った。
思いの外、人は少ないようである。
門前にも見張りらしい人影も見当たらなかった。
そうは言っても東雲雅平は腕が立つようである。
油断ならないのは確かだ。
「土井先生」
「・・・・っ!?」
背後から声をかけられ半助はびくりと肩を動かした。
振り返り確認すると呼び掛けてきたのは利吉である。
「土井先生?」
いつもなら無防備な状態で背後を取られるような 失態は犯さない半助に利吉も少々驚いた。
「学園長の仰せで土井先生に加勢するように、と。」
「すまない、利吉くん。助かるよ。」
日の光の下で見る半助の顔色は僅かに青ざめているようにも見えた。
学園長の言っていたように名前が拐われた責任を一人で抱えているようである。
そう言えば、と利吉は思った。
昨夜、唯と共に三島屋を脱出してきた半助の表情はかつて見たことがない程に鬼気迫っていた。
如何なる非常事態にもどこか余裕を残しているこの人の、あれほど動揺した表情を見たのは初めてだった。
名前が拐われてしまった事が彼にとって、かなりの打撃であると事は確かだった。