ようこそ学園へ 〜長編〜

□夜雨の闇
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忍術学園から町までは、三里程ある。
裏山から流れる川を下り、山間の道を行くと、町の手前に俄に小さな集落が見えてくる。
しかし、こちらはまだ山里の感が深く、日は西山に傾き始めている中、畑に鍬を入れ、青々とした苗の手入れをする人々の姿がある。

そんな様子を見るともなく、集落の道を坦々と歩いて行く妙齢の女が二人居た。
一人は背が高くスラリとした女である。卯の花色の地に空蝉模様をあしらった、簡素だが品のある着物を纏っている。女にしては偉く長身であり、さらに垢抜けた顔立ちが目を引く。
後を追うように歩く女がもう一人。藍の着物が白い磁器のような肌を際立たせている。横顔からも黒目がちな目が長い睫毛で覆われ愛らしい顔立ちである事が分かる。
着物こそ質素で庶民の物だが、貴族の遣いか、はたまた良家の娘御といった風情だ。それにしては供まわりも持たず、行き交う里人に娘たちの素性の見当をつけかねさせていた。

「姉上」

後方を歩く娘が、前を歩く女に呼び掛けた。

「あと、どれくらい歩くんでしょう?」

山道に慣れていないのか、足取りは重そうでやっと歩いているという感じである。
一方、姉と訪ねられた方の女と言えば疲れなど微塵も感じさせず歩いている。この程度の距離であれば、例え駆けたとしても疲れはしない。
それもそのはず、この人物は女ではなくしかも腕利きの忍、そして忍術学園の教師 土井半助その人である。
二人での潜入を怪しまれないためにも姉妹を装う、とはこれまた学園長の案である。
東の空の雲行きが怪しかった為、少し急ぎ足にしていた半助であったが、周りに人が居ないのを確認し、そっと答える。

「あと、十町か一里か、何れにしてももう後僅かです。」

言いながら後ろに付いて来ているであろう、 名前を確認する。
しかし、その足取りは覚束ず、疲弊している事は見て分かった。気遣ってやれず申し訳ないという気持ちを感じながらも、半助は、そう言えば、とふと思った。
名前と出会って、まだ一ヶ月にも満たないが、愚痴というのを聞いた事がない。
出会って間もないからかもしれないが、我慢が過ぎる所があるのかもしれない。
学園に居るときも、多忙な食堂の仕事の他に、まだ別の仕事を請け負って働いていた。
今回の件も、断る事だって出来たはずだ。

・・・・むしろ、私はこんな無茶な仕事は断ってくれると思っていたんだが。

一見、そこそこ仕事ができ頼もしく思える所があると思えば押しに弱く断れない。
もう少し、甘えてきてくれても良いのに等と思う。

・・・・無理な事は無理、そう言ってくれれば私も助けてやれるのに。

半助は名前の頑張りにもどかしさを感じたが、同時に生徒たちに向けるような愛着を感じ苦笑した。
東の空は鉛色の雨雲が迫って来ている。
しかし今度は名前に合わせるように、ゆっくりと歩を進めて行った。
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