月の沈む刹那の間に 〜短編〜

□花は風に吹かれて
1ページ/7ページ

芳しい藤の花の咲く、細い道を抜けるとあの娘が働く茶屋に出る。

町より少し外れたその茶屋は、いま評判の店である。
初めはしんべえと、きり丸に付き合わされ、もちろん奢らされてやって来たのだが最近は一人でも良く来る。
団子が美味で大名の奥方たちも忍んで買いに来ると専らの噂だ。
しかしその他に、店で働いている看板娘というのが評判に一役買っている。
名前は 名前。色白で目尻が垂れた愛らしい顔の娘である。艶やかと言うより清らかで楚々とした姿か男心を擽るのだろうか。
何しろ、店に入ると女よりも男の数が圧倒的に多い。皆、団子と言うよりも、娘が目当てなのだろう。

「ご注文を伺います」

そう言って、いつものように愛想良く名前が側まで来ると、胸の鼓動が速くなった。赤くなる半助は思わず斜め上にある壁の品書きに目をやる。

「あー、団子を1つ」

目を合わすことすら出来ず、そう言うのがやっとの自分が情けない。

「いつもありがとうございます」

そう言って、 名前は離れていってしまった。
他の男共を見ればやはり二言、三言でも多く話し掛けようとしている。
皆、あの娘に少しでも覚えて貰おうと必死だ。そんな姿は滑稽だが、話し掛ける勇気すらない自分はもっと阿呆者だ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ