月の沈む刹那の間に 〜短編〜
□雪に降り咲く花椿
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曇天の空から白い雪が燦々と降っている。
昼間だと言うのに、辺りは薄暗く天も地も白く塗り込めてしまったかのように真っ白だ。
道らしい道は無いが、点々と赤い斑が落ちており、その線を辿ると一人雪の上に突っ伏して倒れ込んでいた。
切れ長の目元が印象的な青年であるが、いままさにその目は閉じようとしていた。
ここは近江より少し北の山間で人は殆んど通らない。雪の為なのか、血を多く流してしまった為か次第に体温も失いつつある。
・・・任務は成功した。・・・・しかし、思わぬ深手を負ってしまった・・・。
左腕に切り傷があり、出血が酷い。
任務を終えて引き返そうとし、倒したはずの忍から奇襲を受けた。
小刀で応戦し、やり込めた物の一瞬の隙が仇となってしまった。
しかし、今更悔やんでも仕方がない。
・・・・父上、母上・・・。
薄れゆく意識の中で自分を産み育ててくれた両親を思う。
目を瞑りこんな所で死ぬのか、そう思うと悔しさはあれど悲しみは現れなかった。
「・・です、か?」
ふと、声を掛けられたような気がした。しかしこんな山奥で、しかも今日のような天気に人が居る訳もなし。
幻聴だろうか・・・・。
うっすら目を開くが、霞んでしまってよく見えない。
「大丈夫ですか!?聞こえますか?」
先程より大きい声が聞こえ、頬の辺りに暖かな手が触れたのを感じた。
力の限りをもってしても、今はゆるゆると瞳を開く事しか出来ない。
意識を集中させ見ると、どうやら若い女が一人自分を覗き込んでいる。
声は出ず少し頷いて返すと、女は嬉しそうに笑み、何やら涙ぐんでいた。
・・・・見ず知らずの人間に何を涙するのか。
ぼんやりとする頭の中で、僅かにそう考えると利吉は意識を手放していった。