月の沈む刹那の間に 〜短編〜
□風碧落を吹いて浮雲尽き(前編)
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碧落とは良く言ったものである。
見つめていれば落ちてしまいそうな程、一点の雲もない青空が広がっている。
そんな晴れ渡った空のもと、野山から町へと続く道を歩いている人物が二人いた。
「晴れていて気持ちが良いねえ。買い出し日和だ。」
そう言う人物は柔和な顔を綻ばせ、さらに柔らかい雰囲気を纏っている。
背はすらりと高く、端正な面持ちであるが、どこか親しみやすさを感じる。
「伊作先輩、今日は何の買い付けですか?」
丸眼鏡の男の子が、ウキウキとした感じで話し掛けると、やはり笑顔で答える。
「今日はね。人参、竜脳、それから・・・」
「結構、高価な物ばかりですね。予算は大丈夫なんですか?」
「うん。薬園で育てている分、浮いたお金で、まあ、なんとかね。」
本当に大丈夫だろうか、と乱太郎は疑わし気な目を向ける。
しかし、それには気付かないのか、鼻唄混じりで至って上機嫌である。
町まで来ると既に座は開かれており、行き交う人々で賑わっていた。
さっそく目的の品を置いてある店はどこだろうか、と探していると、急に前を歩く伊作の足が止まった。乱太郎は背に顔をぶつけ、痛む鼻の辺りを押さえている。
「ちょっ・・・!伊作先輩っ!?」
抗議の声は伊作の耳には全く届いていないようで、違う方向を真剣な眼差しで見つめている。
乱太郎は怪訝に思い、伊作が見る方向に自分も目線を移す。
すると、年の頃は伊作と同じくらいだろうか。
艶やかな長い髪を後ろで結び、笑顔を振り撒いている娘の姿があった。
「伊作先輩?」
乱太郎は再び声をかける。あまり時間を取ってもいられない。まだ日は高く上ってはいるが、忍術学園へ戻るには再び来た山道を越えなければならない。しかし、乱太郎の声はやはり届かない。今度は声を大にする。
「いーさーくせんぱいっ!!」
「うわっ!びっくりした!・・・なに?」
「早く探さないと日がある内に学園へ戻れませんよ?」
「うん、そうだね・・・。」
乱太郎は強引に伊作の腕を引っ張り先を急がせるが、それでも娘から目が離せないといった様子である。
まさに恋に落ちた瞬間だった。