月の沈む刹那の間に 〜短編〜
□風碧落を吹いて浮雲尽き(後編)
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伊作は名前の手を引き、人の気配が少ない川の畔を目指していた。
柔らかな手が少し身じろぎしたのが分かり、立ち止まって後ろを振り返ると名前は困ったように伊作を見つめていた。
「あの・・・、どこまで行くんですか?」
不安の為か瞳が揺れている。
伊作は野次馬から逃げるようにして、静かな場所を目指していたが、何も言われずに連れられれば確かに不安に思うだろう。ましてや相手は女性である。手まで繋いでおり自分の手の早さに我ながら驚く。
「わ、ごめんなさい!いや、川の辺りまでって、その、僕のせいで恥ずかしい思いをさせてしまったかなと思って。」
何故、この娘の前では無意識の内に、こんなにも積極的になってしまうのか自分でも分からない。しかし正気に戻ると動揺は隠せず、慌てるように手を離しながら、伊作は名前に答える。
「見知らぬ男に無理やり連れられれば怖いよね。ごめん。」
嫌われてしまったかもしれない。
そう思い伊作は心底、申し訳なさそうに項垂れた。
名前はその姿を見て苦笑した。 驚かせられる言動とは裏腹に人の良さそうな雰囲気が滲み出ていると思う。
「確かに、少し怖かったですけど・・・」
やっぱり、と言うように俯いた伊作の肩がピクリと動き、更に背が丸くなる。
「でも、椅子が壊れた時も、人が集まって来た時も、私を助けようとしてくれたんですよね。ありがとうございます。」
「いや、多分、それはそもそも僕の不運に巻き込んでしまったせいかも・・・」
伊作は項垂れ地を見つめながら答える。
やはり、自分には人に恋する資格などないのかもしれない。
学園で生活した6年間、己に運を引き寄せる力が無いことは身に染みて承知している。それが、恋した相手にまで及べばそれこそ不幸という物だ。愛しい気持ちを抑えきれず、半ば強引に想いを告げてしまったが、幸せに出来るのか分からない。幸せを集めて全てを 名前へ捧げたいと思うが、体質とも言える不運が全てを台無しにしてしまうのではないかと思うと辛い。