ようこそ学園へ 〜長編〜

□嵐の夜
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夜が商売のこの界隈も客入りが落ち着き始める頃だった。
辺りは闇夜だと言うのに笠を目深に被った侍風の男が一人、三島屋を訪れた。
翡翠の石がついたロザリオが男を異質に見せていた。

調度 名前は客間から膳を下げ廊下に出て来ると、店に入って来た男と目が合いその場に立ち止まった。
廊下からは店の入り口が見渡せ、すぐに誰が入って来たか分かる。何時もであれば、この時間には出ていく客はあっても入って来る客はいない。
そんなわけもあって、つい注意が行ってしまったのだ。

「お辰はいるか?」

柔らかな声音ではあったが、横柄な態度に、 名前はしどろもどろになりながら答える。
先程まで番台にいたお辰は今は席を外していた。

「・・・あの、えと、お辰さんなら今、奥の方で・・・・」

細身で長身だがどこか中性的なその男が名前の方へと歩み寄ると廊下の板がぎっと音を立てて鳴いた 。

「何れに?」


「お、おそらく三の間かと。よ、呼んで参ります!」

会う場所が違えばゆったりとした好青年にも見えるが、今は只ならぬ雰囲気を纏っており早く逃げ出したいという一心であった。
なるべく目を会わさず早々と脇をすり抜けようとしたが、それは男の手によって簡単に阻まれてしまう。
名前はびくりとし己の腕を掴む男を恐る恐る見上げた。夜気のせいかその手は冷たく、掴まれた腕から体温が奪われるような感覚である。
既に被っていた笠は紐解かれ、容姿が露になっている。
年の頃は、恐らく半助と同じだろうか。同じく優しげな面立ちだが、眼光は鋭利な刃物を思わせた。

「・・・あ、あの・・・・?」

「・・・そなた、名はなんと申す」

思わぬ質問に 名前は目を丸くする。

「 ・・・・・名前です 」

「・・・・ 。 」

「あ、あのお辰さんを・・・。」

掴んだ腕を開放する気配もなく名前を見詰めたまま目線を外そうともしない。
居たたまれない思いに名前はそろりと目線を反らすが、蛇に睨まれた蛙のような情況には変わり無い。

(・・・なんで捕まえられてるの!?こ、怖いよう・・・)

名前は硬直化し、持っていた膳を落としてしまわないのが不思議な位である。
この店に来てから、ずっと下働きで働いていたが店が店だけに男に声を掛けられる事も多かった。
もちろん、夜伽の申し出である。
その度に半助やら店の女たちに庇って貰えていたが、いまはこの場を一人で切り抜ければならない。

「あ、あの・・・・」

躊躇いながら声を掛け、ずらしていた目線を男に向けるとやはり目が合った。
すると男の口許が少し弛んだように見えた。

「良い。自分で行く。」

そう言うと、さっと手は離され身を翻すと奥の座敷へと向かって行った。
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