ようこそ学園へ 〜長編〜
□託された銅板
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伸びた夏草が袴の裾を僅かに揺らした。
俯きかげんの数馬の口からは何も発せられないまま、幾ばくかの時が過ぎた。
数馬には何か言いにくい事がある。
それが何なのか景元にも察しはついている。
「数馬。」
景元は呟くように言った。
己とは年が十五ほど離れているこの青年は、まだどこか少年のような所を残している。
景元は時に弟のように、時に自らの子供のように思い過ごしてきた。
辿り着いた考えが嘘であると思い込みたい。
だが、嘘を真実にねじ曲げたとしても、いつかは必ず崩れる時が来る。
苦悶に身を落とすことは目に見えているからこそ、明らかにしなくてはならない真実がある。
他ならぬ数馬のためにだ。
「秀頼様に害為そうとしていたのは・・・。数馬。お前か?」
穏やかに初夏の風は流れている。
二人の間の距離は十歩に満たない。
しかし、数馬は俯いたまま果てしないまでの距離を感じていた。
遠い存在になってもなお、その愛着にすがりたい気持ちを捨て去れないのは己の弱さかも知れなかった。
しかし、もう遅い。
数馬は俯いたままである。
数馬もまた、景元を主人であると共に兄とも父とも慕っていた。
(・・・・あの時までは。)
東雲城の先代城主が亡くなり、数馬の父も死んだあの年に、それを持った者は現れたのだった。
蝸牛の銅板である。
数馬は手の中の銅板をぎゅっと握り締めた。
(何度、捨て去ろうと思ったことか・・・。)
この銅板は任務開始の合図である。
城に入り込み、城主に仕え、いざというときに忍働きを行うその合図なのである。
逆に言えば、同じ銅板を持ったものが現れない限り忍働きを行うことはない。
時に生涯行わないこともあるのだ。
────たとえば数馬の父のように。
それまでは潜入した城にそれこそ身命を賭して仕える。
そうでなければ、いざというときに良い忍働きが出来ない。
親から子へ、子から孫へと代々、城に仕え潜伏する。
そういった戦における忍働きをせぬ忍の者を「草」と呼ぶ。
数馬もまた草なのであった。
「・・・・水野様。ご推察の通りです。」
僅かに上げた数馬の面は、紙のように色を失っていた。
日陰のせいだけではない。
裏切った自分には寸分の弁解もあってはならない。
そんなふうに思い、数馬はそれ以上語ることはなかった。