龍が如く維新夢

□水浴び
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恋心の同一ヒロインです↓














「はぁ…今日もよく晴れて暑いですね」


屯所の縁側を歩きながら空を見上げれば雲ひとつない青空が広がっていて、気持ち良いのですが少し汗ばむような陽気です。

夏を感じながら歩いていると、何処からかパシャパシャと水音が聞こえてきて私は足を止めました。







ー水浴びー








「水音…?井戸の方から聞こえますね」


誰かが水を汲んでいらっしゃるのでしょうか?

誰でしょうと興味本位で井戸を目指して足を進めると、直ぐにその人物はいらっしゃいました。


「ん?何だ、名前じゃねぇか」

「原田さん!何をしていらっしゃるのですか?」

「見てわかんねぇのかよ、水浴びだ」


着物の上だけ脱ぎ、井戸水をバシャバシャと逞しい上半身にかけていたのは原田左之助さん。

桶に手拭いを浸し身体を拭く…などではなく、桶に入った井戸水をそのまま身体にかける豪快さは原田さんの性格を表しているようで思わず微笑みがもれてしまいました。

そんな私の様子に、原田さんは怪訝そうに眉を寄せた。


「何笑ってやがる」

「ふふ、何でもないです。そちらに行ってもいいですか?」

「好きにしろ、かかっても知らねぇぞ」

「はい、大丈夫です」


縁側から地面へ降り、今だ水浴びをしている原田さんへ近付く。

後で着替えをすればいいという考えなのでしょう、着物がずぶ濡れになる事など気にもしていない様子です。

涼しそうでいいなぁと、水滴が滴っている逞しい上半身を見上げ、私は少しだけ頬を膨らませた。


「たく、今日は暑くてたまんねぇなぁ」


空になった井戸の桶を乱暴に置くと、原田さんは手拭いで身体を拭く。


「そうですね、でも原田さんは今は井戸水のおかげで涼しいんじゃありませんか?」

「まぁな。けどよ、お前も暑いとか思うんだな、汗かいてる所とか見た事ねぇぞ」

「見た目はそうでもないのですが…心の汗をかいているのです」

「心の汗とか暑苦しい事言うんじゃねぇよ」

「ふふ」


原田さんにはよくからかわれたり、たまに意地悪されたり、土方さんと一緒にいるとにやにやされたり(何故かは分かりませんが)するのですが…水浴びをして気分がいいのか今日は何もされません。

穏やかな昼下がりに私がにこにこしていると、途端に原田さんが何か思いついたようににやりと笑いました。

すっかり油断していた私は、原田さんのこの様子に全く違和感を感じる事なく不思議に思っただけでした。

後に後悔する事になるとも知らず。


「名前、お前も暑いんなら水浴びすればいいじゃねぇか」

「え?あ、そうですね!何故思いつかなかったのでしょう!では濡れても構わない格好に着替えてきます」

「おう、ついでに手伝ってやるよ」

「ありがとうございます!井戸水を汲むのは大変なので助かります、では少しお待ちください」


自室へと上機嫌で向かう私の背後でにやにや笑う原田さん。

何故私はこの時こうも油断していたのでしょう、きっと良いお天気と涼しくなれるかもという誘惑に惑わされたせいです…!!
(「いやいや、名前ちゃんは普段から油断しとるで〜自覚ないんかい」by沖田)










「お待たせしました原田さん」

「おう、井戸水汲んどいたぞ」

「はい、ありがとうございます!」


長襦袢姿で井戸へと戻ると、原田さんは井戸の桶に入った水を別に用意した桶に入れ替えてくださいました。

「そこに座れ」と指さされた縁側に腰掛けると、足元に井戸水の入った桶を置いてくださった。


「足中に入れてみろ」

「はい。わぁ、気持ち良いです!」

「だろ?」


桶の中で裸足の両足をちゃぷりと動かすと小さく波が立つ。

そんな様子が涼しげでにこにこしていると急に原田さんが桶の水を手ですくい、私の顔にばちゃりとかけた。

驚く私を見て原田さんが豪快に笑うので、また原田さんの意地悪が始まったと私は頬を膨らませました。


「もう!急にやめてください原田さん!それにもう少し優しくかけてください」

「なんだ、水をかける事自体はいいのかよ」

「だって、本来水浴びとはそういうものです」

「威勢がいいじゃねぇか、なら遠慮しねぇぜ?」

「ぷわっ!?最初から遠慮なんてしてないじゃありませんか!」


ばちゃばちゃと容赦無く水をかけられ、私もお返しに原田さんに水をかけ返す。

こんなにはしゃぐのは久方ぶりで、幼少の頃に戻ったようです。

憎まれ口を言いながらもなんだかんだで原田さんも楽しそうで、何だか大きな子供みたいだと私は微笑みました。

全身ずぶ濡れになったおかげで随分涼しくなったなぁと思っていると、縁側をギシギシと踏みしめる足音が近付いてきて、私達のすぐ後ろで止まった。

それに気付いた私は手を止め、後ろを振り返りました。


「…名前君、何をしている」

「土方さん!」


腕を組み眉間に皺を寄せて私を見下ろす土方さんに、私は急いで姿勢を正して頭を下げました。

顔を上げると、相変わらず土方さんの眉間には皺が寄っていて…普段から常に険しいお顔をなさっているけれど、今は何だか怒っていらっしゃるようです。

そ、そうか…ここは土方さんの自室から近いし、私が騒がしかったせいできっと自室で休んでいた土方さんの機嫌を損ねてしまったのでしょう。


「あ、あの…あまりの暑さに水浴びをして涼んでいました…騒がしくしてしまい、申し訳ありません」

「……………」

「?……え、えっと…そこら中を水浸しにしてしまい、申し訳ありません…」

「……………」

「???…あ、あの…土方さん…?」


何が原因で怒っていらっしゃるのだろう、いろんな理由を考えて謝罪しますが土方さんはこちらを険しいお顔で見下ろしたままです。

私が原因が分からずあわあわしていると、土方さんの睨むような鋭い視線が、私から原田さんに移された。


「左之助」

「おっと、そんなに睨まないでくださいよ。俺が悪うございました」

「?」


鋭い土方さんの視線に、原田さんは両手を軽く上げにやにやしながら何処かへ行ってしまいました。

い、今のお二人の短いやりとりに一体何が…?

去っていく原田さんの背中を見送っていると、「名前君」と土方さんに声をかけられ急いで土方さんを見上げた。


「……私の部屋へ」

「え?あ、はい」


それだけ言うと、土方さんは私に背を向け先に歩きだしたので、私も急いでその背中を追う。

しかしまだ土方さんが怒っていらっしゃる原因が分かりません…きっとこれから私は土方さんのお部屋で怒られてしまうのですね。

しょんぼりしながら一足先に自室へとお入りになった土方さんに少し遅れて、「失礼いたします」と正座し頭を下げてから私もお部屋へお邪魔する。

私が部屋に入ったのを確認した土方さんは部屋の障子を閉めたかとおもうと、その足は真っ直ぐ箪笥へと向かい自身の着物を取り出した。

そしてその大きな着物を広げ…私の身体を包むように肩にふわりとかけてくださいました。


「?」


突然の事に、私はわけが分からず目をぱちぱちと瞬かせてじっとこちらを見つめる土方さんのお顔を見上げました。


「あ、あの…」

「…それを羽織ったまま自室に戻れ」

「?」

「わかったな」

「は、はい」


よく見ると目を細める土方さんの表情は一見怒っているようだけれど…何か違うような気もしてきました。

あ…もしかすると私が風邪を引かないようにと気を使ってくださったのでしょうか?

そうだとしたらこんなに嬉しい事はありません、お礼を言わなくては!


「あの、土方さん!お気遣いありがとうございます///」

「……ああ」


大きな着物の中でもじもじしながら顔を赤くして頭を下げる。

顔を上げると「きちんと着ろ」とでも言うように私が羽織っている自身の着物の前を引っ張って完全に私の身体を見えなくする土方さん。

な、夏ですしそんなに直ぐに風邪は引かないと思うのですが…。

少し神経質すぎるのではと思いましたが、その優しさに自然と顔が綻んでしまいました。


「本当にありがとうございます、失礼いたします」


にこにこしながら土方さんのお部屋から出て障子を閉める。

幸せで暫しお部屋の前でぽ〜と惚けていると、お部屋の中から土方さんの小さな溜息が聞こえてきました。

不思議に思い、私は思わず聞き耳を立ててしまいました。




「全く…無防備なものだな」




呆れているような…でも何処かいつもより優しげな土方さんの声に、私は胸が高鳴りました。


(土方さん…?///)


どういう意味なのだろうとは思いましたが、早く自室に戻らなければと思い私はその場を後にしました。










「あれ?名前、何で土方さんの着物羽織ってるの?……ま、まさか……」

「あ、藤堂さん。実は原田さんと水浴びをしていまして、私が風邪を引かないようにと土方さんがお着物をかしてくださったのです」

「あ、ああ…そうだったんだ。てっきり俺、土方さんとそういう仲になったのかと思った」

「え?そういう仲とは?」

「いや、なんでもない。名前はほんと可愛いなぁ」

「?」


自室に戻る途中会った藤堂さんは安心したように笑って、私の頭を撫でました。


「けどさ、水浴びって…名前って本当警戒心無いというか無防備というか…」

「???」


苦笑する藤堂さんと別れ、自室に入り障子を閉める。

そっと土方さんのお着物を脱ぎ丁寧にたたみ、濡れた長襦袢を脱ごうと自分の身体を見下ろした時でした。

私の身体は…一気に熱を帯びて燃えそうになってしまいました。


「う…うそ………///」


水で濡れた長襦袢は身体にぴたりと張り付き、身体の線が浮き出ていて…自分で見てもとてもいやらしい。

水浴びに夢中で自分がこんな姿になっているなんて、気付きもしませんでした。

ま、まさか…原田さんが私を誘ってくださった時に必要以上に楽しそうだったのはこれを狙っていたからですか?な、なんて破廉恥なのでしょうか…!!

ようやく気付いた私は頬を膨らましていましたが、横に置いた土方さんのお着物が目に入りハッとしました。

顔を真っ赤にしながら畳に置いた土方さんのお着物を手にとると、彼の厳格なお顔が脳裏に浮かぶ。




『…それを羽織ったまま自室に戻れ』

『全く…無防備なものだな』





土方さんのお言葉が胸を熱くする。

彼は…私のこの姿が人目につかないようにしてくださったのです。




「………土方さん///」




土方さんのお着物を強く抱き締めると…私の心は幸せで満たされました。








2015.6.4

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