skmくん受け1

□浮かれやさん
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とてもありがたいことに、俺たちは毎日忙しかった。文字通り目が回るような忙しさで、今日だって朝から晩までやれ撮影だやれ取材だとせわしなく、ようやっと家に帰った今、風呂もメシもなにもかも後回しにしてベッドに飛び込んでしまいたかったけども、メシはともかく顔も洗わず服も着替えず眠るのは俺的には絶対NGだったので、へろへろになりながら服を脱ぎ、シャワーを浴びて、最低限のスキンケアをしてからベッドに倒れこんだ。

気を抜いたら今にも寝てしまいそうだったが、ぐっと堪えて携帯を取る。マネージャーからの連絡、通知を知らせる相手を見て顔が緩んだ。

(もう寝た?)

シャワーを浴びている時に送られた、ほんの一言が嬉しい。

(ねた)

うつ伏せのまま親指一つで入力するのは中々難しかったので、仰向けになり両手で携帯を持ち直す。気の抜ける通知音と共に返事はすぐに飛んできた。

(起きてるじゃん)
(もう寝そう)
(おつかれー。今日いそがしかったんでしょ?)

なんで知ってるの、と打っている途中で(らうから聞いた)と返事がくる。
ラウールとは午前中の取材が一緒だった。会話の中で、これから一日忙しいという話をした覚えもある。

「なんで佐久間が知ってんの」

呟きながら、それはラウールが話したからだろ、と頭の中に当たり前の答えが浮かぶ。そういえば今日はもうひとつだけ仕事があると言っていたような気がする。スタッフに呼ばれて話半分で終わったので詳しく聞けなかったけど、もしかしたら佐久間との仕事だったのかもしれない。
そう考えると、途端に嫌な気持ちになってしまった。既読のまま返事を返さず目覚ましをセットして携帯を伏せる。ぴこん、ぴこんと鳴る音を無視して目を閉じた。

実際、ラウールが佐久間と仕事だったのかは分からないし、会話を無理やり止めて寝ようとしているのは八つ当たりだし、これはただのふて寝だ。

「……俺だって会いたいのに」

言葉にすると余計に沁みる。言うんじゃなかった。

俺は会えていないのだ。
恋人に、もう一週間も。


翌朝。顔をしわくちゃにしながら目覚ましを止めた俺は、マネージャーから来ていたメールを見て「マジ!?」と叫んでしまった。数日後に予定していた配信用動画の撮影が前倒しになるよ、という内容だ。

「今日の午後……てことは、佐久間に会えるじゃん!」

もう一週間も会えてない……とシクシクふて寝した次の日にこれ。人生なにが起こるかわかんないよね。
ベッドを降りて洗面所に向かう足取りはとても軽い。鼻歌なんかうたっちゃったりして、俺はとっても気分が良かった。

昼前に入っていた仕事ではロケ弁が用意されていたけど、とにかく佐久間に会いたくて食べずに出てきた。移動車に乗った後、もらってくればよかったんじゃね?と今更気が付いたけど、別にいいかとすぐに忘れた。それより佐久間だ佐久間。

廊下を走ったら事務所のスタッフさんに怒られた。いい年して廊下を走るなって怒られんのウケる。怒られたから早歩きにしたけど、早歩きなんて普段しないから足がもつれて転びそうになった。

そんなこんなで辿りついた楽屋には、早めに前仕事が終わった佐久間が入ってることをマネージャーから聞いていた。集合時間まで四十分もあるけど今の俺には好都合だ。さすがにまだ誰もいないだろう。

ノックもなしにドアを開けると、ちょうど目の前に佐久間が座っていた。畳張りの部屋だった。肩を大きく震わせた佐久間は、入ってきたのが俺だと分かって安心したように笑った。

「なんだ翔太かよ、超びびったわ〜」

ほっとした顔がたまらなくって、気付いたら佐久間に飛びついてた。間違っても怪我しないようにその辺は気を付けたけど、部屋に入ってきた人間がそのまま抱き着いてきたら普通にビビるもんで、佐久間はぎゃあぁと叫んで後ろに倒れた。ていうか俺が押し倒したんだけど。ちゃんと頭と背中に腕回してるから大丈夫だし。

鎖骨辺りに顔を埋めて、ぎゅうぎゅうに抱きしめながら息を吸うと佐久間のにおいがする。
恋人にぐりぐり額を押し付けていると上から声が降ってきた。

「なに、なに翔太、どしたの」

上目遣いで見上げた佐久間は、もうなにがなんだかわかんない、という顔をしていた。そりゃそうだ。こんな甘え方は俺のキャラじゃないし。でもとにかく、俺がいつもと違うなという事は察したようで、小さい子にするみたいに頭や背中をぽんぽんと撫でてきた。優しい手だった。

ちょっと冷静になってきた俺は、頭の隅から徐々に湧き上がってきた恥ずかしさをしまい込む。ここまできたのだ。誰かが来るまで思う存分甘えてやる。腕に力を籠めると「ぐぇー」と気の抜けた声が漏れてかわいいかった。

「……佐久間と会うの、久しぶりだから」

「あー、そうだね、一週間くらい被らなかったよねぇ仕事」

「うん」

「だからこんなに甘えたなの?」

「うん」

素直に頷くと、佐久間はゲラゲラ笑いだした。貴重な俺のデレを笑い飛ばすとはなんてやつだ。

「翔太ちょーかわいいんですけど!」

「俺はいつだってかわいいだろ」

「うん、うん。そうね、かわいいね、翔太」

そのとき俺は佐久間の胸にぺったり顔をつけていたから、佐久間がどんな顔をしているのか分からなかったけど、んふふ、と頭の上から聞こえる声はとても満足そうな感じがした。顔が見たいなと思って少し身体を持ち上げると、頭と背中に回っている腕でぎゅうと抱きしめられたので、お返しとばかりに抱き返す。もしかして俺が離れると思ったのかな。そんで離れないでーって意味で抱き着いてきたんだとしたら、俺もうどうにかなっちゃうかもなんだけど。

そんなことを考えていたら、「ねぇねぇ」と楽しそうに佐久間が言った。

「翔太ってもしかして、俺に会うためにこんな早く来たの?」

「そうだよ」

「おぉー、即答」

「だってほんとのことだし」

「翔太まじデレッデレだね」

「うん」

だって好きだもん。
さすがにこれはちょっと恥ずかしくて、聞こえないように小声で言った。のに、佐久間の心臓は少しずつドキドキが大きくなっていく。耳を付けているからすぐに分かるのだ。
ちらりと見上げた首元も真っ赤なもんで、あーこれ聞こえてたわ、あーあ。正直めちゃめちゃ恥ずかしいけど、まぁ今日くらいはいいかな、なんて思っちゃってるあたり俺は自分で思っていたよりも限界だったらしい。
時計見てないからわかんないけど、あと三十分は絶対に余裕あるはずだし、楽屋には誰もいないし、早いメンバーだとぼちぼち来る時間ではあるけども、ドア開いたらすぐ離れればいいよね。それまでさっくんは俺のね。

「さくまぁ」

「……なに?」

今までぽんぽん会話してたのに急に静かになるの超かわいいな。めちゃめちゃ照れてんだろうな。普段があれだから、俺が素直になると佐久間は結構照れるみたいで、こんな風にかわいくなっちゃう。

「さくまー」

「なぁに」

「だいすき」

「…………うん」

「佐久間は?」

「んー、んん〜…………」

「ね、佐久間は?」

しばらく唸り続けていた佐久間は、ちらりと遠くに目をやって、それから観念したように「……大好き」と言った。めっちゃかわいいじゃん俺の恋人。相当恥ずかしいのか目を瞑っちゃってるところがまたかわいい。いつもはあんだけ好意丸出しでうろちょろしてるくせにね。

かわいいなぁと思っていた俺は、首まで赤くして目を閉じている佐久間を見て一瞬不埒なことを考えてしまった。いやさすがに手を出すのは、でもちょっとだけなら、いやいやもうみんな来るでしょ、ちょっとだけちょっとだけ、という攻防を数秒行ったのち、胸元から一気に顔の正面までぐっと頭を伸ばした。

「しょ、た」

慌てた佐久間が身を捩る前に、耳の裏に鼻を埋める。佐久間のにおいをめいっぱい吸い込んだ後、唇を押し付けてから顔を離した。

「おま、跡つけんな! この後仕事!」
怒る佐久間に言い返す。

「つけてねーもん。ちゅってしただけだし」

「もぉ〜」

ほんとかよぉ、と疑う恋人を改めて抱き直した俺は、そのまま畳に転がった。

「さっくん今日これで終わりでしょ? 夜メシ行こ。焼き鳥」

「いいけど、なんで俺のスケジュール知ってんの」

「マネに聞いた」

「あ! 情報漏洩!」

「言いたいだけでしょ」

「んひひ」

佐久間の、こうやって顔をくしゃくしゃにして笑うところが俺は結構好きで、いつもかわいいなと思っている。思ってるだけで口に出したことはないんだけど、浮かれまくってデレデレの俺はそのまま口に出してたみたいだった。気が付いたら佐久間がまた真っ赤になっていたから、たぶん。

「恥ずかしがってる佐久間もかわいい」

「……翔太さぁ、なんか変なもん食べた?」

「おい、恋人の愛をヘンなもんとか言うな」

ムッとして返すと、佐久間は「こ、こいびと……」と呟いて、それきり黙り込んでしまった。

「そうだよ。恋人なんだよ、俺たち」

囁くと、小さい身体がしおしおと縮こまっていく。丸まった佐久間はすっぽり腕に収まったので思う存分抱きしめた。しばらく畳に寝転んでいたから、佐久間の髪からいぐさの香りがして、なんだかとても幸せだった。



大きな音を立てながらノックもなしに開いたドアにまず驚いたのは、目の前に座っていた佐久間だった。次に、入り口から左側にあるテーブル席に座っていた宮館と岩本が、佐久間に飛びつく人影に目を見開いた。

翔太かよ、という佐久間の声が聞こえていたし、よくよく見ると佐久間に抱き着いている姿は確かに渡辺だったので、すわ不審者かと立ち上がりかけていた岩本を宮館は抑えた。静かに腰を落とす岩本は、離れる気配のない渡辺を見て(もしかして翔太は俺たちに気づいていないのでは)という顔で宮館を見た。まったく同じことを考えていた宮館は、ゆっくりと頷いた。

この部屋は和室と洋室が半分ずつになっていて、ちょうどドアの辺りで分かれている。入ってすぐ佐久間に飛びついた渡辺は、反対側をまったく見ていなかった。

二人が付き合っていることは皆知っていたが、渡辺は常から佐久間にツンとした態度を取る事が多く、もちろん照れ隠しだというのは周知の事実だが、そもそも甘えるところを見たことがないので、目の前で佐久間から離れない姿はちょっとした衝撃だった。

きっと渡辺は、楽屋に佐久間と自分しかいないと思っている。だからあんな様子なのだ。もしこの姿を他の人間に見られていると知ったらどうなるか……渡辺があまりにかわいそうで、宮館も岩本もただ気配を消すほかなかった。

前仕事が終わって早入りしているのは佐久間だけではないことをマネージャーはちゃんと話していたのだが、佐久間のことしか考えていなかった渡辺はまったく話を聞いていなかったのだ。

十年以上連れ添った友人たちが自宅かのごとくイチャつく様子を見るのは中々面映ゆいものがあるな、と宮館は思う。途中、渡辺が身体を起こそうとしたので慌てたが、気付いた佐久間が頭と背中をがっしり掴んで事なきを得た。得たのか?少なくとも渡辺は、恋人に抱きしめられて安寧を得ただろう。

スケジュールが噛み合わず、一週間近く会えていないのだという話はほんの少し前に佐久間から聞いていた。動画撮影が前倒しにならなければもう数日は会えなかっただろうと言った後に、だから今日はめちゃめちゃ楽しみ、と笑っていた。まさか「ちょっと手ぇ繋ぐくらいならいいかな?」と言った数分後に抱き合うことになろうとは佐久間も思わなかっただろうが。

渡辺の突撃から早五分。
集合の三十分前に来ることはよくあるので、実質イチャイチャタイムはあと五分程度だろう。たかが五分。されど五分。宮館にとって、今のところ催す気配がないのが幸いだった。

対する岩本はといえば、転がって遊ぶ二人を羨ましそうに見ている。岩本が佐久間を大好きだということもまた周知の事実であった。

いいな、俺も甘えたいな、という顔でじぃと見つめる視線に佐久間も気付いているようで、(あとでね)という目をしていた。とにかく今は渡辺に佐久間以外の存在を気づかれてはまずいのだ。

「さくま、大好き」

その一言は妙に楽屋に響いた。ストレートな告白にはさすがの佐久間も照れたようでもじもじしている。かわいいな、と宮館は思った。幼馴染と喧嘩したくないので言わないが。

「さくまは?」

尋ねる声に(あっこれは返事するまで引かないやつだな)と岩本は思った。何故なら自分もたまに同じことをするからだ。喧嘩したくないので渡辺の前でやったことはないが。

うんうん呻る佐久間は、少し離れたところに宮館と岩本がいるのでなんとかやり過ごせないかと考えていたのだが、二度目の催促に負けた。死ぬほど恥ずかしかったけれども頑張った。ちらりと目をやった二人が、顔を背けてくれたのがまた恥ずかしかった。

三人の男たちがたいそう気を遣っていることをまったく知らないまま思う存分佐久間とイチャイチャした渡辺は、廊下から聞こえてきた足音にそっと身体を離した。そのまま立ち上がろうとしたので、佐久間は慌てて伸し掛かった。

「おはようさーん!」

高らかにやってきた向井は、畳の上で重なり合う男たちを見て「お、仲良しさんやねぇ」とにこにこ笑う。

「ええやんええやん。仲良きことは美しきかな」

「別に、コイツがじゃれてきてるだけだし」

どの口が言うか。
喉まで出かかった言葉を三人が飲み込んだ頃、ふと部屋の反対側を見て向井は首を傾げた。ドアが開いた時点で宮館と岩本は椅子の裏にしゃがみ込んでいたが、パイプ椅子で隠せるものなど殆どない。

「てるにぃとダテは何してるん?」

当然のこと向井は尋ね、数秒後には渡辺の悲鳴が廊下まで響いた。
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