skmくん受け1
□どうしようもない。
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「うわ!? 今、いまでっかいの!! あの虫!! ねえ!!」
「そりゃいるだろー。ここ、緑がいっぱいだぜ?」
「あーもう、マジ最悪だわ……夢に出たらどうすんだよ……」
「えー、トラウマになるほどー?」
「あのね、お前は見てないから、そういうことが平気で言えるんだよ」
ふたり並んで、ちょっとした森の小道をギャーギャーワーワー、騒がしく歩く。東京から遠く離れたここでしか出来ない、イレギュラー。木によって日差しは幾分和らいでいるが、やっぱり暑いものは暑い。
よく分からない虫の声と、さっき見たという巨大な昆虫のディテールを事細かに語っている男の声を聞きながら、首にかけていたタオルで頬に伝う汗を拭った。
時間あるし散歩行こうよ、と誘ったのは俺だったけど、正直言って、翔太がついて来てくれるとは思っていなかった。
ちらりと横を見ると、女優帽を被り、日焼け止めを手に持ったまま、これでもかと顔をしかめている都会の美容男子がいる。
確かに、俺の、隣に。
すぐ側にある横顔を見つめていると、急にこちらを向いたので、慌てて足元に視線をそらした。まだ、心の準備が出来ていない。
「なに」
「なにって、なにが」
「いやお前、こっち見てたやん」
「見てへんわ」
事あるごとに使うようになったエセ関西弁の応酬。思わず、くすりと笑みが漏れる。翔太も同じように笑った気配がして、途端にくすぐったい気持ちになった。
ふたりで笑い合うだけで、簡単に嬉しいとか、幸せだとか。こういう時に、自分は恋をしているのだと、改めて実感することになる。
「……ね、さっくん」
「なーに、なべちゃん」
「ん」
「ん?」
「ん!」
「うん」
「だから、ん!!」
名前を呼んだと思ったら、いきなり立ち止まって、ひらがな一文字の鳴き声。
その時ようやく俺は、体の真横、差し出されていた手のひらに気づいた。ゆっくり動かした視線の先には、しっかり者のお姉ちゃんに傘を差し出した男の子みたいな翔太がいて、俺は声を上げて笑う。
たまに出てくるようになった、五歳のしょぴまる。
拗ねない内に、と手のひらを重ねると、翔太は満足そうに一度頷いて、また前を向いた。
ねえ、すごくない? こんなにかわいくて、きれいなこいつが、俺のこと、好きなんだって。
歩幅を合わせながら、心の中で大好きなアニソンを口ずさむ。甘酸っぱいドッキドキの恋の歌。そしたら、ちょうど同じタイミングで、翔太がいきなり同じ曲を小さく歌い出した。こんな偶然あるのかなもしかして運命ですか、って俺の体温は沸騰しちゃうんじゃないかってくらい、ぐんぐん上がってしまう。
「え、いきなり手汗……って、どうしたお前」
「いや、あのー、なんというか」
「耳も真っ赤じゃん、ねえ、ちょっと休もうよ」
「いやそれは、全くもって、大丈夫ですので、」
「は? こんな時に、なに強がってんだよ」
差し込んでくる太陽の光に構うことなく、翔太は自分のでっかい帽子を取って、俺に被せてくれた。いつもあんなに、神経質なくらい、日焼けには気をつけてるのに。全く迷いのない行動にまっすぐな愛情を感じて、俺の頬はますます火照る。
一応マネに連絡しとくか、と言って、ポケットからスマホを取り出した翔太の手を、俺は勢いよく掴んだ。
ええい、ままよ。
胸をいっぱいに占める感情を一言に込めて、わーっと吐き出すと、翔太の顔も真っ赤に染まる。
この歳になって何やってんだろ、って我に返る暇もないくらい、心臓が落ち着かない日々。
夏だから仕方ないか、なんて自分に謎の言い訳をして、おずおずと寄せられた唇を、きゅんきゅんしながら受け止めた。