野球

□不意打ち
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さて、日中は特に問題なく、過ごした。
嘘。
朗希の挙動が気になって、ソワソワしてた。
チラチラと朗希を見れば、朗希は目線でどうした?と問われ、笑顔を向けられて、苦い気持ちでなんでもないと答えることを繰り返した。
朗希は何が楽しいんだか、ずっと笑顔だった。まぁ、もともと純粋というか感情表現が素直なやつだから、この凄い環境を楽しんでいるんだろうな。
それは、俺も同じ。
年上が多いから緊張している姿をよく見かける。
それは、俺も同じだけど、同じチームからメンバーとコーチが召集されているので、朗希よりかは気が楽かもしれない。
それでも、同級生ってやっぱり特別で、しかも、プロ入りする前から知ってた朗希とは、なんだかんだ気心知れている。
最初は、マネージャーのつもりだったのに。そんなことは度外視するくらいに一緒にいて心地良い。
いつの間にか、こんなに仲良しになったんだろう。
この合宿で、より距離が近くなったとは思ってた。
練習後にシャワーでサッパリして、ホッと一息つく。
ペットボトルの水を飲んで、喉を潤す。
はぁ、水がうまい。
同じくシャワーを済ませた朗希に手に持っていたペットボトルを奪われる。
止める暇もなく朗希はそのまま飲み始めた。
コイツ、テレビでは潔癖とか話してなかったか?まぁ、今日がはじめてではないけど。
基準がよくわからん。
しかも、遠慮なく飲んでいく。
「ろうたん、飲みすぎ。俺の分は。」
「ん。」
「ん。じゃないのよ。まぁ、良いけど。」
いつものことなので、流す。
朗希は、こういう小さなイタズラというか、甘え方をしてくる。
無意識なのか、意識的なのか知らないけど。朗希なりのコミュニケーションなのかもしれない。
下に兄妹がいる自分には、そういう甘え方も些細なことなので、だいたい流す。
同じ年で一緒にはしゃいだり、冗談を言い合ったり、巫山戯たりする。そういう時は、年相応で一緒にいると楽しい。
野球選手の佐々木朗希に対しては、尊敬する相手で、引っ張ってくれる存在でもあるし、憧れでもある。そして、一緒に切磋琢磨していきたい相手だ。
正直な所、ある意味、誰よりも一番刺激を受けている。それは、チームが違うとか同じとかとは、別の次元。
だから、たまに見せる、ちょっと子供染みた甘えん坊な所には、なんだか面白いしコイツも人なんだなぁと思う。
本当、不思議。
空のペットボトルを渡される。
「いや、自分で捨てろよ。」
「今日、そっち行ってい?」
無視かーい。
本当、そういうところマイペースな。
まぁ良いけど。
ペットボトルを捨てながら、ここで断ると変だよなと考える。
約束しているときも、そうじゃないときも、いつでも一緒にいたんだし。
「いいよー」
なんだか、改めて考えると恥ずかしいので、目線は合わせないまま返事をする。
夕飯を済ませ、部屋に戻る。
夕飯の後に仲良いメンバーや同じ球団や同級生と集まって話したり、家族に連絡したりする。
まだ合宿中ということもあり、ゆったりとした雰囲気で思い思いに過ごす。
高校の頃なんかは合宿には消灯の時間とかあったなぁなんて思う。
U-18の時も消灯時間があったし、風呂だって、大体の時間が決まっていた。まさに団体行動で、それはそれで楽しかった。大浴場で騒いだのはいい思い出だ。
部屋も個室ではなかったから、部屋で話をしたり、ちょっとしたゲームやトランプなんてしたりした。何が面白いのか、とにかく笑い転げていた気がする。
今は、夜にミーティングとかがなければ、自由時間だ。
風呂だって、ホテルの部屋で入ったり大浴場へ行ったり色々だ。練習後にシャワーを浴びているので、そんなに急ぐこともない。
まぁ朗希は、潔癖気味なので、大浴場へは行かずに部屋で済ます。一緒に行動する俺も必然的に部屋で入ることがほとんどだ。
大人になったんだなぁ。
〜♪
感慨にふけっていると、携帯が鳴る。
通知欄は予想通りの朗希。
一旦、部屋に戻った朗希が、こちらに着たら連絡するように言っておいたのだ。まぁ、勝手に入ってくることもよくあるが。
通話はせずに、そのままドアを開ける。
「はいよ。」
「……おまたせ。」
「ろうたん?」
「ん、眠い。」
「今日、どうした?朝も随分眠そうだったろ?」
「きのう、ねつけなかった。」
風呂上がりで、着替えを済ませた朗希は随分と眠そうにしている。服も寝るときに着ているトレーニングウェアだ。
朗希は、いつものことなので遠慮する風情もなく部屋に入り、眠そうにしながら、一目散にベッドに腰掛けた。
「部屋に帰って、寝たら?」
「……もう、うごきたくな…ぃ。」
そう言って、ベッドに横になってしまった。しかも、きちんと布団も被って。お育ちが宜しい。布団にモゾモゾくるまって、大きい蓑虫様を形成していた。
……いや、そこは俺のベッド。
あっという間に、すぅーという寝息が聞こえてきた。
昨日の俺状態である。
しょうがない。寝るには早いし、少し寝かせたら、起こして部屋に戻すか。
俺が朗希の部屋に行って寝ても良い。
ひとまず、ノートに今日の練習メニューや感じたことなどを記入していく。昨日は寝てしまったので、昨日の分も書いていく。
刺激も学ぶことも、感じることも沢山だけど、楽しくてしょうがないから、あっという間に書いてしまう。
30分も経っていなくて、まだ朗希を起こすのは忍びない。
寝る前のストレッチもしてしまおう。
自分は、プロに入るまでこういうケア的な事をあんまりちゃんと出来ていなかったので、意識的に行う。
朗希は、昔に怪我してからストレッチを大切にしているらしく、教えて貰うことも多かった。夕食後のこの時間にも一緒にストレッチしながら、話をすることもあった。
さて、ゆっくりとした柔軟をして、時計を見る。そろそろ起こしても良いだろう。
「ろうたん、部屋で寝な?」
ベッド上の布団の塊に声をかける。
「おーい」
「ろうたーん?」
微動だにしない。
横向きで気持ち良さそうに寝ている朗希を見ると起こすのも忍びない。
しょうがないなぁ。
ストレッチをして、少し腰を伸ばしたくなって朗希の横に寝そべって伸びをする。
部屋のベッドは、体の大きな野球選手が泊まるために大きくてダブルだから、朗希が寝ていても俺も寝そべることが出来た。
朗希はぎりぎり足が出そうだけど。
こちらを向いている朗希の寝顔を観察する。
羨ましいくらいの体躯で、顔も良いとか反則だよな。
凛々しい眉に、色白の肌。
整っていて高めの鼻に、丸味を帯びた耳。
印象的な目を縁取っていた眼鏡は、いつの間にか電気スタンドの下に置いてあった。
同い年の自分が言うのもなんだが、少年の様なキラキラした黒曜石のような瞳は、今は閉ざされている。
朗希の寝顔をみたのは、11月ぶりだろうか。いや、こんなにしっかり見たのははじめてかもしれない。
新幹線や飛行機の移動では、俺のほうが結構寝てしまう。11月の強化試合でも部屋を行き来していたけど、期間が短ったこともあり、あっという間だった。
「今はこんなに一緒にいるのに、変なの。」
朗希の寝顔を見ながら、感慨深く、記憶を辿る。
高校が違えば、チームも違う、そんなに長い時間一緒にいてはいない。
高校の時のU-18の時だって、ここまで長く一緒に居てなかった気がする。あの時は、時間に追われていたしなぁ。
今までもシーズン中に会えば一緒にご飯を食べたり、球場で話したりしていた。
不思議だ。
実は、そんなに長い期間一緒にいるわけじゃないのに、そんな風に感じない。
朗希との関係だって、不思議だ。
自分のチームメイトとも少し違う。
同じ年のチームメイトとは違う。チームに同じ年の投手だっているけど、やっぱり、朗希とは違う。
噂は聞いていた。怪物だって。最初に投球を見たときの衝撃は忘れない。
去年の冬の召集時には少し長くいることが出来て、パワーアップしている姿やプロとしての意識的なんかに尊敬した。
そして、一旦普通の少年に戻ると、変わらない姿に嬉しくなった。
お互いに坊主頭だった頃みたいだった。
今は、こんなお洒落な髪型になっちゃって。
黒髪が似合うなぁ。
妹が肌の色で似合う髪色があるとかなんとか言ってた気がするが、朗希は黒髪が似合ってる。
衝動的に額に掛かる前髪に触れる。
いつもは俺の頭をガシガシ触るんだから、俺だって少しくらい良いだろう。
自分とは少し違う髪質に、なんだか面白くなる。
ピクリともしない朗希。
敢えて、目を逸らしていた唇をみる。
血色が良い厚めの唇。
これが、昨日、俺の唇に?
ふにふに触ってみる。
そっと近づいてみる。後ちょっとで触れそう……。
…………なにやってんの俺。
パチリと音がしそうなくらい
目が開いた朗希と目があった。
え?目があった?え?起きて……!?
ガシと音がして、後頭部を掴まれ、
唇を喰われた。
「んっ」
逃げるように体を引けば、そのまま体を押されて、覆い被さられた。
相変わらず、朗希の左手が頭を固定していて、首を動かすことすらままならい。
アツイ唇、アツイ手、アツイ視線。
どれも灼熱のようで火傷してしまいそう。
閉じられていた時はキラキラした目をみたいと思ったのに、その目は今は確かな色を称えている。
「ふぁ……ん」
唇が何度も重なる。ふわふわした感触なのに、ちっとも優しくない動きに翻弄される。
「んぅ」
唇を重ね合わせては、離れて、食まれて、囓られる。唇に当たる歯の感触に慄けば、今度は、舌で同じ所を舐られる。
アツイ吐息が唇のにかかり、背筋が震えた。
「……ぃ」
息が苦しくて、涙が滲む。
空気が欲しくて、薄く唇を開ければ、
朗希の舌が入り込む。侵略される。
「ッ……は」
逃げたくても、自分を覆うくらいの体躯で、100キロ近い男に逃がさないとばかりに、本気でのし掛かられていたら、動けない。しかも、本気に争えば、動くだろうが、朗希を傷つけるのなんて真っ平ごめんだ。
せめて、首を動かしたくても相変わらずと後頭部を押さえ込まれていて、それも難しい。
朗希の舌が、俺の口腔内を侵略してくる。拒んで朗希の舌を噛むのが怖くて、微動だに出来ない。
擽るなんて優しい動きじゃなくて、奪う様なキスにガチリと歯さえも当たる。
縮こまっていた舌を絡め取られれば、俺は、このまま口からバリバリと喰われるんじゃないだろうかとさえ思った。
身を震わせれば、もう離れないんじゃないかと思うほどくっついていた唇が、呆気ないほど離される。
ゴツ
「イッテェ!」
額から重い音が出るほど額同士を合わせられた。
「馬鹿」
こんだけ色々な事をしておいて、なんという言い草。
「……馬鹿じゃないし。」
「馬鹿でしょ。」
「だから、」
「嫌なら抵抗しろよ。」
閉じられていた瞳が、俺を捉えた。
まるで睨むような表情をしているのに、黒曜石の瞳は切ない色を称えている。
目は口ほどに物を言うってこう言うことなんだな。
「せっかく我慢してたのに。」
「……?」
「昨日、起きてたろ。」
「!気付いたの……。」
「あんなに反応してりゃ、そうだろ。でも寝たふりするし。」
「……」
「寝付けるかよ。」
「……ごめん。」
いつもと違った朝の様子は、そういうことだったらしい。
「普通にしてるし本当に寝てたのかと思えば、こっち意識しまくってるし、嫌じゃなかったのかって思うだろ。しかも、変わらず彼女かって思うくらい側にいるし。」
マネージャーのつもりで側にいたけれど、どうやら朗希にとっては違ったらしい。
「部屋にきても良いとか。」
「そんなん期待するだろ。俺をつけ上がらせんなよ。」
そんな切ない顔しないで。
大事な物を守るみたいに抱きしめられる。
びっくりするほど、頑丈に抱き込まれて、朗希の気持ちが伝わってくる。
言っていることと、やっていることがちぐはぐだ。
顔は見えなくなったが、伝わってくる感情から、泣いてんのかな?
と思ったら、どうにかしたくて、体を捩り腕を背中に回した。あやすように背中を叩けば、
「……だから嫌なら抵抗しろよ。襲うぞ。」
唸るような声に苦笑する。
「…俺さ、良くわかんないけど、朗希が相手なら、何されても良いかもって思ったよ。」
「は?」
「朗希はさ、嫌ならって言うけど、考えたら、びっくりしたけど嫌じゃなかった。」
「…自分が何言ってるか、わかってんの?」
「好きかどうかとかは、よくわかんないけど……っていうか、朗希は俺のこと好きなん?」
「好き。自分の物にしたいって思うし、閉じ込めたいって思う。優しくしたいって思うけど、ぐちゃぐちゃにしたいって思う。」
あ、思ったよりも、ヤバイ感情をお持ちのようで。純情少年みたいな雰囲気漂わせておいて、そんな風なこと考えてんの?
「……引くなよ。」
「いやぁ、ちょっと驚いて。朗希ってストレートだよね。」
表現を歪ませたりせずに、ストレートに伝えるあたり、彼の投球スタイルのようで、嬉しくなる。ある意味、純粋なのかもしれない。
「俺ね、女の子が好きなんだけど、朗希はなんか特別。もっと側にいたいって思う。今言えるのは、それだけ。」
「お前、生殺しって知ってるか?」
今度は、間違いなく睨まれている。
「………エへっ?」
「……俺が紳士で今、合宿中だってこと感謝しろよ。」
地の底から這うような響きに冷や汗が出る。
「ど、どうして?」
「わからせて欲しいの?」
「ごめんなさい。」
「覚えろよ。」
そう言って、もう一層強く抱きしめられた。
じんわり広がるこの甘い痺れを受け入れるのも、きっとすぐそこ。

夜はまだ肌寒いけれど、朗希に包まれて、温かくてふわふわする。昨日よりも、よく眠れそう。
「……このまま一緒に寝る?」
「危機感持てよ。」
マジギレのニュアンスで凄まれて、
下半身に当てられたそれに、あーと思う。
「ごめんなさい。」
「おさまるもんも、おさまらないから、帰る。」
「ろーたんてっば、こぁ〜い。」
巫山戯はしたが、離れる温もりに寂しさを覚えて、そっと服を摘まめば、再び朗希の腕の中に閉じ込められた。
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