野球

□二人の約束
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「よだれ垂らしてた」
「うそ、まじ?」
「うん。嘘」
意地悪くも爽やかにぬけぬけと言う佐々木にほぼ反射で宮城は迷いなくべしんと叩いた。
だって必死に口元を拭ったのが馬鹿みたいだ。
あんなにお互い身も世もなく欲しがって乱れたのが嘘のように、まるでワークアウト後みたいなスッキリさがある。
性欲なんてそんなものなのかもしれない。まあほとんどよすがら抱き合ったし満足しているからだろう。二十代そこそこの性欲たるや恐るべしだ。
「身体大丈夫?眠たくないか?」
「ん、大丈夫。世話焼いてくれてありがとう」
アスリートがやって貰う、カイロプラクティックだか、オステオパシーだか、そんな名前のマッサージを習っていたようで気絶している間によくしてくれている。おかげでした後に身体が痛かった事は無い。こういうマメなところが彼の几帳面が存分に発揮されている。やられる側は恥ずかしいが頑固な所もあるから早々に諦めた。
「あ、はいこれ」
「お!おにぎりだ」
「腹減って作ったから。これ宮城の分」
ラップに包まれたおにぎりは海苔がついている。握るとまだ温かかった。
「具は何ですか」
「真ん中まで食べてからのお楽しみで」
一部分だけぺりぺりとラップを剥がして、口元に運んだ。一口目は海苔とご飯だけ。二口目に少し大きく口を開けて齧りつくと独特の塩味が口の中に広がった。
「お、シャケだ」
「タンパク質とビタミン豊富だから」
「ん、疲労回復のお供」
いつの間にかもしゃもしゃと貪るように食べていた。
食べてみてから強い空腹を自覚するとは、やっぱりそういう事ってスポーツとかワークアウトに近いのかもしれない。
あっという間に食べ終わって皿はすっかり何もない。
二人して夢中でおにぎりを食べるなんて。
事後特有の艶のある雰囲気なんて今現在、ひとかけらどころもなくゼロに等しかった。
「宮城」
「ん?」
口元をウェットティッシュで拭った佐々木が宮城を、なんて事のないように呼んだ。
宮城の口元も拭いてあげながら。
「めっちゃ可愛かった」
「…急にそういう事言うのやめろ」
改めて言われると恥ずかしいから、と身は付け加えた。
そんな宮城にやっぱりかわいいよ、と佐々木は恥ずかし気もなく真っ直ぐな瞳で、眩しいものを見つめるように微笑んでいた。
その瞬間だけは、少しだけ、事後らしい会話だったかも、しれない。
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