野球

□気づき
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「宮城くんに挨拶して」
チーム広報が動画を撮影しながら俺に言う。
「こいつなに????」
口から思わず出てしまった。
オールスターゲームに選出されたため、記者たちに会見するために会場に向かう。
すると、会場の隣の通路に微笑んだ宮城のパネルが置いてあったのだ。
驚かないわけがないし、嬉しくないわけがない。
表情がだいぶ漏れ出てしまっていただろう。
それでもずっとチーム広報が撮影してるのは忘れずに。
周りの目もあるけれど、
しっかりとハートを返してやった。
頭も触ったし顔も撫でてやった。
そしてちゃんと記者たちにはオールスターゲームへ向けての意気込みを話せた。
もともとあまり人前で話すのは得意じゃない。
でも、今回はさっきのパネルのおかげなのかいつもより少しだけは上手く話せた気がする。
ここは宮城が所属しているチームの本拠地であるドーム。
オリ側のファンサービスがかなり手厚いらしいことは知っていた。
今回のオリ姫デ―のイベントは「アイドル」でキラキラしたモードと、
クールなモードとそれぞれ選手たちがイメージ撮影をしたグッズが発売されているとか。
アイドル撮影を体験した宮城が『こんなの似合わない』ってLINEで愚痴ってきたんだよな。
その時に撮影した画像も一緒に送られてきた。
守りたくなる笑顔ってこういうことを言うんだって思ってしまった。
『似合ってんじゃん』
俺がそう送ると、宮城からはブルが「バツ」としているスタンプが送られてきた。
『可愛いけど』
続けると今度は、ベルで背景にピンクのハートがたくさん散りばめられている「ありがとう」というスタンプ。
ちゃんと自分のチームマスコットのスタンプを活用してくる。
『なんでスタンプだけなの?』
『恥ずかしいんだよ、やっぱりオレには無理!』
そんなことないんだってば。
あぁ、と俺はスマホ片手に天を仰いだ。
やっぱり気づいてないんだ。
まだ伝えきられていない想いが駆け巡った。
ノリで「可愛い」とかは言えるけど、それ以上は伝えていない。
この状態が壊れてしまうのではないか。
このふわふわとしたまま続くのではないのか。
WBCのときに一緒にいられた、あのときが一瞬に思える。
あのときに伝えられたら、今はもっと違っていたのか。



「―――佐々木くん、あのパネル気に入った?」
一旦撮影を終えたチーム広報がにこやかに話してきた。
さっき俺があれだけ撫で回したからか。
ついついあいつが相手だと身体が正直に動きすぎる。
「あのパネルやバナーフラッグとかの装飾品、オークションで行き先決まるんだよ」
「……へぇ、オークションですか」
広報はオリさんの広報はすごい、自分たちも頑張るぞと意気込んで他の選手に声を掛けに行った。
オークションという言葉に一瞬、物凄い背徳感を覚えてしまう。
そんな自分が嫌になる。
でも感覚のどこかに少しだけ火が点ったのは事実で。
もちろん装飾品がオークションに出品されることは理解している。
あいつも俺もプロ野球選手。
どちらとも多くのグッズが販売されている。
オークションもあくまでもグッズに過ぎない。
そうなんだけど。
ムシャクシャともイライラとも違う感覚が渦巻く。
しばらく両手の指をぐにぐにと動かして爪を見る。
上手く伝えられない時などにやってしまう仕草だ。
誰にも気づかれないように少しだけため息をついて、
身体を動かした方がいいだろうというところに行き着く。
昨日、宮城と俺はお互いに先発投手として投げあった。
自分のチームはサヨナラ負けをしてしまったが、勝ち・負けともに2人は付かない試合だった。
今日は監督やコーチからも自分に行動は任せると言われている。
とりあえずはストレッチをして軽くアップをしよう。
試合前のグラウンドに足を運ぶと、各チームの選手たちが練習中。
知らず知らずのうちにあいつの姿がどこにいるのか探している自分がいた。
きっと俺と同じようなメニューのはず。
3塁側のフェンス近くでストレッチをしているのを見つけた。
何気なく近づいていく。
「あ、お疲れー」
俺に気づいた宮城がひらひらと手をこちらに振ってくる。
昨日の夜にLINEで会話したとはいえ、連日試合が続くので通話まではしなかった。
直接声を聞くと思わず頬が緩んでしまう。
嬉しい。
「宮城もお疲れ」
「昨日の試合すごかったよね」
「お互いにね」
隣で同じくストレッチを行うことにした。
しばらく他愛のない会話をしていると、先程のチーム広報がこちらにやってきた。
宮城がお疲れ様ですと挨拶する。
「仲良し2人の写真お願いできるかな」
そして広報がこちらにスマホカメラを向ける。
ピースをする宮城だったが、
隣でハートマークをしていることに気づいてこちらに合わせてくれる。
しかもあいつから少し寄ってくれた。
「佐々木くんの笑顔いいね!お、宮城くんのハートマークもいいね」
広報からいいのがとれたよ、ありがとうと感謝の言葉をかけられた。
「アザッス」と返事をするとさっきのようにまた他の選手のところへ行ってしまった。
「さっきのなんなん?」
エセ関西弁を炸裂するくらい宮城が動揺していた。
「パネルだよ。お前のパネルがいきなり置いてあってさ」
「なんで?」
「知らない。でも宮城と同じポーズして写真撮っちゃった」
「佐々木投手ノリノリじゃないっスかー、やだー」
話すうちに落ち着いてきたのか、いつもの調子を取り戻してきたようだ。
「でもパネルじゃ味気無くってさ」
お前としたかったの、とまでは紡げなかった。
「ハートマークしてたわ。恥ずかしすぎて忘れてた」
「可愛かったんだから忘れないで」
俺は忘れないけどね。
可愛いとかってのはスルっと言えるんだけどな。
急にニヤニヤする宮城。
「あ、そういうことか」
合点がいったような表情を浮かべた。
「オレと一緒にしたかったんでしょ?」
さすが投手だけあって頭の回転が速い。ズバリとついてきた。
言葉のチョイスがすごすぎるとはいえ。
「ちょ、いや、そ、そうなんだけど」
「アハハ、ドキドキしすぎだし正直すぎー」
軽い調子で宮城が俺の胸に耳を当ててすぐに戻る。
こんな感じで普段からボディタッチは過剰なのだが、どうも本心は伝えられないでいる。
「良かったね、オレとハートマーク出来て」
ニヤニヤから爽やかなニコニコ顔になる宮城。
俺は少しだけ遠い目をしてから言う。
「……今夜電話してもいい?」
さすがにここはスタジアムだ。たくさんの人達が見ている。
これ以上の長話はやめておこう。
「もちろんいいよ。寂しがり屋だもんね」
付き合い自体は長いので、俺がとんでもない寂しがり屋なのを知っている。
ときどき俺の想いに気づいているんじゃないかって思ったりもする。
でも、確認することは出来なくて。
「そろそろ行くよ」
「あ、待ってろうたん」
ダグアウトに引き上げようと身体をそちら側に向けたそのとき、くいくいと宮城に服を引っ張られた。
「オレも一緒にしたかったんだよ。ありがと」
上目遣いの爆発力ってものすごい。この男は知っているのだろうか。
ボッと顔が熱くなる。
ただでさえ俺は色白だから目立つっていうのに。
「じゃあねー、おつー」
宮城は知ってか知らずか、手をバイバイと横に降る。
「……うん、またね」
なんなんだろう。
俺の気持ちどうすればいいの?
もしかしてなの?
こいつ、なに?????
奇しくもパネルを見たときを同じ反応をしてしまった。
とりあえず電話しよ。今夜電話しよ。たくさん話そ。
2人きりで直接会う予定を立てるんだ。
ね、宮城。
俺の気持ちわかってよね。
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