野球

□気づき
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本日の試合も終わり、ホテルの一室に戻ってきた。
必ず関西の遠征に来た時にはここを利用するので、もう慣れたものだ。
高身長の上、アスリートでしっかりとした身体をしている俺でもやや余るベッドの大きさがありがたい。
潔癖症も疼かない。清潔感もあり過ごしやすいと思う。
部屋に戻ったらすぐにシャワーを浴びてTシャツに着替えるというルーティンをこなし、
ペットボトルの水を飲みつつベッドの縁に腰掛ける。
宮城には既に電話をしてもいいかLINEで聞いてみたが、『連絡するから待ってて』と返信が来た。
あっちも試合が終わって色々とあるのだろう。
試合前から濃い出来事がありすぎた。
京セラに行く前にチーム広報から、オールスターゲームのファン投票に選ばれた旨の記者会見をするとは聞いていた。
事前に何を話すか考えていたのだが、あのパネルの存在で少しだけ……じゃないな、大きく心が動いた。
おかげでだいぶ滑らかに話せられたのは自分でも驚くほど。
オークション入札すれば良かったか?
落札しちゃって俺のものですって堂々と宣言出来たりして。
はぁぁぁ。
ため息が部屋中に漏れる。
無理です。
それが出来たら話が早いんです。
あいつは男だ。キレイな女性が好きに違いない。
俺だって男だ。もちろん透明感のある女性には目が向かないわけではない。
あいつだって、有名なあの女優が好きですって言ってたじゃないか。
だからあいつの隣には。
はぁぁぁぁ。
さっきよりも大きなため息が漏れ、頭を抱える。
琉球じじいとか呼ばれてたのに最近はとんでもなく垢抜けた。
本人も『垢抜けました』とか言ってたくらいだ。
目にかけてくれた能見さんのおかけでもあるだろう。
投手としてのあり方や、スタイリッシュな身のこなしはかなり糧になっただろう。
そもそも、あのチームって投手陣だけじゃなくてもオシャレにこだわり持った人たち多いよな。
俺のチームだってもちろんオシャレ番長はたくさんいる。
藤原とかオシャレだよな。
無理やり考えを横にずらそうとするも、
抱えたままの頭は勝手にふつふつと欲望を湧き上がらせる。
耳に触りたい。
あの柔らかい耳に。
後ろから抱きしめたい。
あのすっぽり収まる身体を。
お互いにハートマークを作ったけどもっと触れたかった。
以前手の大きさを比べたけど、もっとそれ以上にあいつの全てに触れたい。
っていうか。
服をくいくいって引っ張っておいて、あの上目遣いとか反則すぎるでしょ。
ズクン。
あの時に感じた想いが俺の中心を捉えた。
アイシテルとはまだ言えない。
まだわからないから。
スキとはいくらでも言いたい。
この想いは嘘じゃないから。
この手で抱きしめてキスをして俺をたくさん感じて欲しい。
俺だけに、俺だけで、たくさん感じてよ。
今までで一番強い感情だった。
「……っ」
ため息はもうこぼれなかったが、反対に吐息が溢れた。
いつの間にか下半身がきつい。
ハーフパンツの上からでも、とても硬度を増しているのがわかる。
「やっば……」
欲望はいくらでも俺の見たい光景を勝手に想像していく。
あいつが俺に抱かれている姿、俺のものを触っている姿―――
気持ちよくなったらどんな顔をするんだろうか。
ただでさえ可愛いのに、もっともっと可愛くなるんだろうか。
それとも妖艶になっちゃうんだろうか。
どっちでもいい、あいつの全てが好きだ。
キスしたい。口唇だけじゃなくて、首筋にもうなじにもたくさんキスをしたい。
ハーフパンツと下着を脱ぎ捨て、屹立したそれを俺は左手で上下にゆっくりと動かす。
他の人が触れているかのように、あえてもどかしく。
左でするのはこっちが利き手のあいつが俺に触れているようで。
慣れなくてぎこちない動きになるのが普段している時とは違う高ぶりだった。
「……ん……くっ……」
先走りが止まらない。
ティッシュ箱を慌てて右手でつかみ取り、何枚か引き出す。
触って欲しい、触れたい。
あいつを俺でいっぱいにしてしまいたい。
他の奴を感じられる隙なんか与えたくない。
可愛い笑顔でこのベッドの隣にいたならば、必ず抱き寄せてキスしまくるだろう。
それからくすぐったいよ、って言うところをわざとたくさん舐めてやりたい。
「あぁっ………みや、ぎぃ…!」
名字を呼ぶと左手は一気に力と速さが増す。
この気持ちよさを一緒に味わいたい。
可愛い、
好き、
好き、
大好き。
俺のものになって。俺と一緒になって。
目を閉じると俺に抱かれた宮城が気持ちよさそうに感じている姿がいくらでも現れた。
欲情がどこまでもとめどなく広がっていく。
ちゅくちゅくという音と、俺の吐息が部屋に響く。
ため息は既にどこかへ消えていた。
上目遣いの宮城がこちらを見つめている、またあの視線を俺にちょうだい。
「ひ、ろや…ッ、大弥!」
俺の欲望がティッシュの中に全て吐き出された。
出した後の気だるさが一気に身体を襲う。
まるでマウンド上で完投をしたときの疲れに似ている。
「は、あぁぁぁぁ」
そして失われていた冷静な気持ちが戻ってくる。
いわゆる賢者モードだった。
今まで1人でしてきた中でも特に辛い。
ティッシュをもう何枚か取って拭き上げ、全てビニール袋に入れて袋の口をしっかりと閉じた。
しかしあの匂いがうすら漂っている気がする。
「なにしてんだよ俺は」
余分に持ってきておいたTシャツやパンツをバッグから取り出し、再びシャワーを浴びてから着替える。
充満しそうな匂いには消臭除菌スプレーをして、しっかりと消しておいた。
ついに宮城で抜いてしまった。
ベッドにうつ伏せにダイブして、枕に顔を埋める。
しかしながら余計、宮城への対する気持ちが強まっている。
この想いは賢者モードでも打ち消せられなかったらしい。
今日電話して、会う日にちを決めようって考えていた。
直接会って俺の気持ちを伝えたかったんだ。
宮城の気持ちを尊重するし、断られたら俺は潔く身を引く。
そちらの確率がずっと高い。
また親友に戻るだけだろう。
以前よりもボディタッチを減らせばいい。
きゅんとした胸の痛みは気づかないことにした。



サイドテーブルに置いていたスマホがLINEの着信を告げる。
<待たせちゃった>
宮城からで、続いて<ゴメン>と描かれたキャラクタースタンプも送られてきた。
<気にしないでいいよ>
返信をするとすぐに既読になるが、しばらく間が空いた。

ろーたん
会いたい

すると、宮城から連続してこんな言葉が送られてくるではないか。
<今すぐ電話したい、電話出来る?>
あっという間に返信する。
スマホから着信音が鳴る。今度はLINEではない音。
手早くベッドに身を起こして着信を受ける。
「今どこにいるの?」
『京セラから家に帰るとこ、自分の車にいるよ。ろうたんはホテルだよね』
「うん。明日移動日で新幹線乗って帰る」
『そっか。オレはエスコン帯同せずにこっちにいることになった』
先発投手はローテーションにより、チーム移動について行かない場合もある。
チームの状況で明日移動するのかどうかギリギリまでわからず、ようやく宮城の動きが決まったらしい。
『会えたら会いたいなって。まだご飯食べてなければ、由伸さんから美味しいご飯の店教えてもらったからさ』
「マジで。すっげー会いたい」
『ろうたん相変わらずだなぁ。疲れてるなら言ってよ?電話だけでもいいし』
「宮城と会ったら疲れ吹っ飛ぶよ。直接会わないと効果ないもん」
『癒やしパワー持っちゃったかー』
「さすが神様仏様宮城様ですよ」
『あの時からもう髪の毛だいぶ伸びたんだからねっ』
ぷくっとわざと口を膨らませた宮城の様子がありありと想像出来る。
「宮城の家でご飯食べようよ。お店、急だし空いてないかも」
『オレの家?いいけど食べるもの何もないよ?』
「ウーバー使えばいいじゃん。ね、俺、宮城の家に行きたい」
『んー、わかった。あ、それなら泊まってく?……なーんちゃってー』
お泊り。
何度か泊まったこともあるのにどうして今は甘美に聞こえるのだろう。
今まで何度もご飯もしている。
そのときは事前に予定を合わせているので、このような感じはあまり起こらなかったのだ。
特にペナントレース中は無理に会わずに電話もせず、LINEのやり取りのみが圧倒的である。
「泊まる。絶対に」
『ろーたん声がマジすぎ。こわっ』
「怖くないよ、宮城ぃ」
『はいはい。ホテルにそのままオレの車つけらんないしなーどーしよーかなー』
こういうときに俺はとっても目立つ体格をしているから困る。
目立ちたくないから猫背なんです。
大阪がかなり大きな街で雑多に人が多くいるのが助かった。
目立って人に見つかる可能性もあるが、逆に埋もれる可能性に賭けた。
圧倒的土地勘のある宮城のおかげで、俺の滞在しているホテルから少し歩いたところで待ち合わせにした。
「待ってるよ」
『着いたら電話するね。それまでホテルにいなよ?ずっと立ってるとさすがにバレちゃう』
「わかってるって」
『ろーたん声がウキウキしすぎ。こわっ』
「天丼いらないよ、宮城ぃ」
『ろーたんお笑いについて勉強してる。こわっ』
「だって宮城がそっち方面のチームにいるから」
『熱心なろうたんにはエライエライしてあげるか。んじゃ、待っててね』
電話が切れる。
えぇ、そんなに俺の声ウキウキしてんの?まさかー。
ホテル備え付けの鏡が、ニッコリ顔の俺を写していた。
本当だった。
ニッコリというかデレデレじゃん。はっず。
先程までの部屋の空気感はどこへやら。
急いで荷物をまとめあげた。
とりあえずチーム側に俺がホテルから退室することを連絡すると、勝手に気を回してくれたのか「ごゆっくり。帰りの新幹線も間に合いそうになければ連絡しろ。変更可」と言われた。
明日は単純な移動日であり、その次の連戦には登板予定がないせいでもあるだろう。
よし。
宮城に直接会えるぞ。
俺の想いは伝えるけれど、宮城の思いを尊重するんだ。
一方的な想いをぶつけるだけになっちゃいそうで、それは辛いかな、宮城が。
どこか美味しいイチゴショートのお店とか調べて……。
着くまでホテルにいなよ?って言われたんだった。
だめだー、宮城に対してだと一気にだめだめになるー。
これでは全くもってイケナイ。
よっしゃ行くぞと気合を入れる。
まるでこれから大切な試合が始まるマウンドへ向かうときのように。
そろそろ電話が鳴るだろう。
好きだよ宮城。早く会おうね。
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