野球

□恋をした日 A面
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あの日の収録は、ローカル番組だったらしい。
広報の人に放送日を聞いたら、こちらでは見られないと聴いて、内心酷くがっくりきた。
どうやら、沖縄出身の宮城くんの密着という形で、沖縄のローカル番組らしかった。
宮城くんは、沖縄出身なんだな。
通りでおおらかで暖かい人柄な訳だ。
じゃあ、ちんすこう?とか沖縄そばとか好きなんだろうか。俺は暑いの苦手だけど、宮城くんは平気なのかな。
あの日から、宮城くんの事が気になって仕方がなかった。
連絡先、聞いておけばよかったな……。
あの日の会話や宮城くんの表情、仕草を思い出しては、浸っている。
「会いたいな。」
会いたいし、話したい。野球の話も、もっとしてみたい。野球の話だけじゃなくて、休みの日は何してるのか、何が好きなのか、聞きたい。
あの日の投球もバク宙も、凄かった。
そう伝えたい。
君が野球って楽しいものなんだよって全身で表現してくれたから、そうだった野球って楽しい物だったって思い出したんだ。
ありがとう。
そう伝えたい。
あの日、君さえいれば自分は何度だって立ち上がれるんだって感じたんだって伝えたら、変だろうか。
さすがに、それは変か。

まだ友達ですらない宮城くんに会えないから余計に放送が見られなかったのが歯痒かった。
しつこくも、件のローカル番組のホームページをみていたら、何か動画のリンクがアップされていたので覗いてみる。
番組のピックアップシーンと放送されなかったシーンのようだ。
迷わず再生ボタンを押すと、あの日の動く宮城くんがいた。
あぁ、宮城くんだ……。
画面で動く彼はなんら色褪せることもなく、あの日のまんまで……。胸が締め付けられるようだった。
あの忘れもしないバク宙の映像が流れる.
彼の動作一つ一つにエフェクトがかかっているかのように感じる。
「やっぱり綺麗だ。」
そもそも運動神経が良いのだろう。
あの日の投球も独特でありながら、体を動かし慣れている人のそれだった。
そのシーンを何度も何度も再生した。
一応の納得をして、次にすすめる。未公開のシーンだろうか、そもそもの放送シーンがわからないから判断出来ないが、少しラフな印象の話し方の宮城くんが映る。
『憧れの佐々木投手にサインを貰ったので、頑張りました!』
とサイン入りのピンクのグローブをカメラに向けるその姿は眩しかった。
『マネージャーさんには、アレは危ないって怒られましたけどね。あ、この話は内緒で。』
あの少し上目遣いで、イタズラしていますという少し砕けた表情で、内緒と人差し指を口元に持って行く。
なんて可愛いんだろう。あざといと思うけど、それを含めて可愛いと思った。
もっと彼がみたいな。
彼の事を知りたいな。
そう思っている自分に気付いた。
アイドルに夢中ってこういうことか……。
今度は少し目線を落とした宮城くんが写し出される。落ち着いた声に、丁寧な言葉。一言一言を選んで、言葉に想いを籠めているような話し方。
インタビューが苦手な自分にはとても印象深いものだった。自分の考えをきちんとまとめて話す宮城くんを凄いと思った。
『周りの声援って力になるじゃないですか。僕は、アイドルだから、声援も沢山頂いて、本当にそう感じるから、僕、佐々木投手の野球に向かうひたむきな姿に救われたことがあって、背中を押して貰ったんで。だから、ありがとうの気持ちを伝えたくて。僕からの応援の気持ちで飛びました。僕が勝手にしていることだから、重荷にはなって欲しくないんですけどね。』
そんな風に言われたのは初めてだった。
謙虚ってこういう事を言うのだろうか。押し付けがましくない、でも寄り添ってくれる。そんな彼の人柄の印象そのままのコメント。
目の前にさえいない、画面越しなのに……。
無理だ。
物騒だが、自分は彼に息の根を止められたんじゃないだろうか。
彼が欲しい。
側にいて欲しい。
彼が側にいれば、何度でも立ち上がれるだろうと思った自分の直感はきっと正しい。
依存してるかもしれない。
あの日以来、会ってもないのに?
そう気付けば、彼に会いたくなる気持ちが募った。
あぁ、会いたい……。

宮城くんは、大阪に本拠地があるBsという芸能事務所のCUTEというグループに所属している。
広報さんに聞いた。
あの日の放送日や宮城くんのことを何度も聞くもんだから、苦笑して、色々教えてくれた。
「アイドルとしての宮城くんに興味があるなら、ライブのDVD買ってみたら?
たしか、配信もあったと思うよ。
バク宙、凄かったよね。宮城くん、ダンスが得意みたいだから。」
アイドルとしての宮城くん……。
自分が会ったのはアイドルとしての彼なのかな。
よくわからないな。でも、彼のバク宙が頭から離れないし、彼のダンスを見てみたい。
そう思ったら、いてもたってもいられなくて、練習の帰りに何年ぶりかにCDショップに寄ることにした。、
通販サイトでも購入しても良かったが、すぐに観たかった。
音楽を聞くのは好きだし、集中する時に聴く。球場には音楽は爆音で流れるし、選手の登場曲も好きな物があったりする。
だけれど、忙しい日々だから、音楽はダウンロードしたりして、CDショップに入るのことはほとんどなかった。
久しぶりのCDショップだから、宮城くんを見つけられるか不安だったが、全然余裕だった。
その一画を見たとき、お祭りかな?と思った。
そう思うくらいにデコレーションされたコーナーに宮城くん……CUTEがいたから。宮城くん以外のメンバーは、正直、名前もわからない。
それぞれのメンバーであろう人達のパネルが並び、うちわやアクリルキーホルダーまで置いてあった。
宮城くんのパネル……。
始球式で見たときとは、少し違う笑顔。パネルの宮城くんも優しそうな笑顔だ。
この宮城くんも可愛い。
けど、思い浮かべるのは、あのちょっと上目遣いで、こちらまで笑顔になるような柔らかい笑顔。
自分も撮影する機会があるから、わかる。あの時は、やっぱり素だったんだなと。もちろん、多少は作っていただろうけど。
……そんな事を考えながら、まじまじとパネルを見つめる。本物の宮城くんより少し小さいか?
これ、ハートを作る形だよな……。
そっと、パネルの宮城くんとハートを作ってみる。
……あ、良いかも……。
写真撮りたいけど、自撮りは、難しいかな……。
いや!しっかりしろ!おれ!!
パネルとハートを作って、ときめくとか……。乙女か!
っていうか、こんなに可愛いのが、悪いだろ!
ちょっと八つ当たり気味な気持ちになって、宮城くんのおでこを軽くパチンと叩く。
誰かに見られたわけではないが、なんとも恥ずかしくて、やけくそ気味な気持ちになった俺は手に入るDVDとCDは、全て購入した。
何種類かあるやつはどういう事か今ひとつわからず、とりあえず全て購入した。
通常版……?初回盤?何が違うんだ?
うん?
ついで……というか、宮城くんのうちわもキーホルダーも、宮城くんのグッズはかごに入れた。
アイドルってグッズも色々あるんだな。
うちの球団はロゴだったり背番号だったりのデザインが多いけど、アイドルだからかロゴというより、ビジュアルを前面押し出している。
宮城くんには直接会える訳じゃないけど、側にいるみたいで、嬉しい。なんだろう、ウキウキする。
応援したい、応援してますよって思えて、純粋に嬉しいもんだな。
球団から出ているグッズとは少し赴きが違うが、自分のグッズも出ている。自分のグッズも、こういう気持ちで購入してくれてるのだろうかと思った。
彼の背中を支えたい。
応援したい。
本物に会った自分は欲張りで、それだけじゃ済まない。
会いたい。
話したい。
側にいて欲しい。

そんな思いを抱えてしまった自分は、ファンというよりも……。
バク宙後に知ったが、彼が笑顔でバク宙をする事は、今までなかったらしい。
というより、宮城くんはダンス中は無表情らしい。
あの、笑顔な彼が?
あの、人懐っこくて、笑顔を振り撒いていた彼が?
確かに、投球中は無表情だったが、あの球速を出そうとしたらめいいっぱい体を使わないといけないから、そうなるだろうとは思っていた。
あの日のだって、130近く出ていたし。
彼のファンのSNSでは、
『宮城くんが、バク宙で笑顔!?』
『貴重!!』
『保存』
と少々賑わっていたようだ。
広報さんが教えてくれた。
明日はチームの移動日だし、今回は帯同しないので、時間の余裕はいつもよりある。だから、噂の無表情の宮城くんを見るべく、DVDを再生する。
一番最新っぽいコンサートツアーのDVDを再生する。オープニングから凄かった。
歌番組はたまに見るから、そういうコンサートの映像も流れることがあるし、見たことがないわけではなかった。
そもそも宮城くん目当てでコンサートを見るわけだし、本物ですらない。画面でのコンサート。
正直に言って、あなどっていた。
野球も興行だけど、それとは違う世界がそこに広がっていた。
会場などが映された少しのオープニングの後、本編が再生される。
真っ暗な中、いきなりのパンっという弾ける音と銀テープが舞うと、メンバーが四方八方からそれぞれバク転、側転などアクロバティックなダンスでステージに集合してくる。
キラキラしたステージがそこにあった。
小柄な宮城くんは、すぐにわかった。キレのある動きと、あの日とは違う真剣な表情に引き込まれる。
ステージを大きく使って、メンバーともリズムを合わせて踊る彼。
きっとダンスとして我流が入ったダンスで、バレエや体操なんかの基本から入ったわけではないんだろう。
綺麗な動きという訳じゃないんだろうけど、キラキラしたステージで踊る彼は本当にそこだけ極彩色で、クリスタルが反射するかのように、彼はキラキラしていた。
「……綺麗だ。」
あの日のように自然と口を出る言葉。
おそらくオープニングのダンスが終わり、一息つく間もなくポップなメロディが流れ出す。
真剣な表情から一変。
なんて、楽しそうに歌うんだろう。
あの時と同じ、目を細めて、口角を上げて、見ている方が嬉しくなってしまうような笑顔。
歌のメロディに合わせての振り付けも、軽やかに、笑顔で歌う宮城くんから目線が外せなかった。
可愛いな。
その笑顔を自分に向けて欲しい。
時間はあっという間で、気付いた時には2時間あまりのコンサートは終わりを告げていた。
あぁ、時間を忘れるってこういうことを言うんだな。
これは、エンターテイメントの一つの骨頂だろう。
なんだかそわそわした気持ちで、宮城くんのグッズをみる。
可愛いと思う自分を否定出来なかった。
試しに球団から渡されるリュックに宮城くんのキーホルダーをつけてみた。
まるで、一緒にいてくれているみたいで嬉しい。
宮城くんのついたリュックを眺めて、あることを思い立ち、離れる。
とある物を持ってきて、出来上がったリュックを眺める。
こんなにウキウキしたのはいつぶりだろうか。

『ささろー、リュックにキーホルダー2つつけてた!』
『これ、片方は、CUTEの宮城くんだ。』
『この前、放送あったから、その時に貰ったのかな!?』
『もう一つは、自分のキーホルダーだね???』
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