skmくん受け12

□君は散らぬ桜で在れ
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 あいつは、桜を纏う人。
 だからって、絶対に奪わせないけど。



 その異変に気付いたのは、いつの頃だったか。いつからか、春になると俺達の間では厳戒態勢が敷かれるようになった。
 髪をピンクに染め、その身を桜に染め上げたあいつ。綺麗な色だけど、桜を連想させるから好きであって好きではない髪色。

 佐久間大介は、春になる度、その姿が桜に攫われそうになる。
 嘘のような本当の話だ。

 初めて見たのは、もうずいぶん前になる。まだデビューする前で、メンバーも6人の頃。穏やかな春の昼下がり。外では桜が綺麗に咲き誇り、時折吹く風に揺られ花びらがひらひらと舞っていた。
 一緒にいたのは俺と阿部だった。多分。佐久間は「桜きれー!」なんて大声を出しながらはしゃいでいて、俺達はそれを呆れながら、でも笑いながら見ていたのを憶えている。
 ほんの一瞬だった。風で桜の花びらが舞って、佐久間はそれを見て嬉しそうにはしゃいで、俺達は変わらずそんなあいつを見ていて。

 その一瞬で、佐久間の姿が消えた。

 え、と思った時には阿部が「佐久間!」と叫びながら駆け出していて、あぁ、俺だけがそう思ったんじゃなかったんだ、なんて頭の片隅で思いながら、ワンテンポ遅れて駆け出す。
 佐久間の姿は確かに消えていた。
 でも、一足早く駆け出していた阿部が辿り着いた時、佐久間の姿は確かにそこに在って、阿部の手がしっかりその腕を掴んでいた。佐久間は目を丸くして、突然腕を掴んできた阿部を見て首を傾げている。俺もそこに辿り着き、不安から阿部が掴んでいる腕とは反対の腕を掴めば、佐久間は更にわけがわからないといった表情を浮かべた。

 俺と阿部は大混乱だった。お前消えたよな、と佐久間に言っても首を傾げるばかりで話にならない。阿部と顔を見合わせて俺らも首を傾げ、錯覚だったのか、なんて思っていたけど。
 その後注意深く様子を見ていたら、錯覚ではなかったことがわかる。春の季節、桜が咲いているところを通る度、佐久間はその姿を薄れさせるようになった。最初は他のメンバーに伝えても信じてもらえなかったが、次第に俺と阿部がいない時でも同じような状況が起こるようになり、結果全員が佐久間が消えかけるところを見るはめになった。
 それは髪をピンクに──桜色に染めてから更に悪化したようにも思えて、だから俺は、あの髪色があいつにすごく似合うと思う反面すごく嫌いでもある。

 なんでこんなことが起こっているのか、当然ながらさっぱりわからない。桜の季節以外はそんなこと全くなくて、あくまでも桜が咲いている季節。桜の近くにいると起こる現象だ。

 だから俺達は、メンバーが増える前も増えたあとも全員で誓い合った。
 絶対に佐久間を桜なんぞに攫わせない、と。





「おい佐久間、ひとりで行くなって言ってんでしょ!」
 深澤の声が佐久間を呼び止める。あーごめんごめん、と笑いながら深澤の方に戻る佐久間は、さして悪いことをしたと思っていない様子だ。
「ていうかなんで? すぐそこのロケバスに乗るだけじゃん」
「そこ桜あるから」
「またそれぇ?」
「またそれなの。いいから言うこと訊きなさいって」
 深澤の返答に呆れた様子の佐久間だけど、俺達にとってはものすごく真剣で真面目な話だ。
 どうやら桜の季節が来る度に消えかけそうになっていることを、佐久間自身は全く気付いていないようだった。俺達からその話をしても「なにそれどんなファンタジー?」と笑って取り合わない。
 でもあまりにも真剣な様子の俺達に、桜の季節のみ、ひとりでは出歩かないという奇妙な取り決めをなんとかギリギリのところで守ってくれている。助かることに、この辺の桜はずっと咲き誇っているわけじゃない。あとからわかったけど、葉桜になりかけている桜の近くでは佐久間が消えたり薄れることはないみたいだから、満開の桜の時だけ厳戒態勢を敷く。それが俺達の中で決まった取り決めだ。
「俺が消えるって、なんでみんな共通してそんな妄想すんの?」
「妄想じゃないの。だからこの時期だけ我慢してね」
「阿部ちゃんまで……」
「佐久間のことが心配なんだよ。窮屈な思いさせて悪いけど、今だけは自由にさせてあげられない」
「むー……」
 あまり納得いってないみたいだけど、もうこれ何年もやってるやり取り。今更覆らないことなんて佐久間もわかってる。それなりにやり尽くした定番のやり取りというやつだ。
 桜の季節ももう終わる。あと少し頑張ればいい。そうすれば今年も佐久間を攫われずに済む。また一年安心出来る。とにかく今の俺達は、無事に桜の季節が終わることだけを願っていた。
「そろそろ出発……うわぁ、桜満開じゃん! 佐久間くん、絶対ひとりにならないでね!」
「佐久間、こっちにおいで。窓際は駄目だよ」
「ラウも涼太も。え、窓際もだめ?」
「毎年のことだけど駄目。ちょっとでも桜に近付けさせたくないからね」
 ラウールがロケバスの近くにある桜を見て顔を顰め、涼太が佐久間が座る席を決めている。どこに座っていても桜に近付くことに変わりないけど、これはもう気持ちの問題。佐久間がちょっとでも桜から遠い位置になるように俺達はいつだって必死だ。
「我儘言わないで涼太の言う通り座れよー」
「別に窓際がいいわけじゃないけどさー」
 俺の言葉に佐久間が苦笑いを浮かべる。自由にさせてやりたいのはやまやまだけど、この時期ばかりは雁字搦めにするしかない。
 涼太に言われた通りの場所に佐久間が座る。窓際にはラウール。その横が佐久間でその横に涼太。真ん中に座らせておけば何かあった時に対処がしやすい、と言ったのは阿部と深澤だったと思う。あぁ、今日もどうか、佐久間が無事でありますように。


***


 無事にロケも終了。ロケバスの中では佐久間が消えかける、なんてことはなく、なんとか乗り切ることが出来た。佐久間は仕事を全力でやり切った満足感に浸っているようだが、俺達はそこに加えて佐久間の姿がきちんと在ることに安心している。
「しょっぴー、佐久間くん、今日も何とか無事みたいだね」
「だな。まぁこれからまだ桜のあるところ通って帰るし、安心は出来ねぇけど」
「ん、ちゃんと見張っとかないとね」
 目黒が俺にこっそり話しかけてくる。見張っとかないとね、と言った目黒は真剣な面持ちをしていた。
 とにかく、この時期は全員が佐久間に全神経を集中させていると言っても過言じゃない。過言ってこういう時に使う言葉で合ってるっけ。とにかく神経が擦り減るぐらい気を遣ってると思う。佐久間は全く気付いてないみたいなのが癪に障るけど、逆に気付いていろいろ気にされるのも困るから今のままでいい。
「れーん! しょーたー! 帰るってよー!」
「はいはーい、佐久間くん今戻るねー!」
「あいつほんっと声がばかでかいよなぁ」
 まだ注意は必要だけど、安心はした。佐久間は今日も笑ってる。息をしてる。そこにいる。俺達にとって、この時期はそれだけで安心するし幸せを感じられる。

「ふたりして何してたの?」
「今日も佐久間くんが元気でよかったなって」
「何それー? あ、また桜? ほんとこの時期のお前らってよくわかんないよなー」
「お前はわかんなくていいの。この時期だけは俺らの言うこと訊いとけばいいから」
 本当はこの対応で合っているのかわからない。姿が消えてしまえば俺達が傍にいたって何も出来ないかもしれない。
 だからって、何もしないなんて選択肢を選ぶわけがない。実際に消えてしまえば俺達には何も出来ないかもしれないけど、佐久間って俺達が傍にいたりめちゃくちゃに構ってたりするとその頻度は下がる気がするからこそ、自由人の佐久間にはこの時期だけ我慢してもらってるわけで。
 佐久間の姿が消えかける度に心臓が痛くなる。リードボーカルっていう自分の立ち位置なんて忘れて、喉が枯れるのもお構いなしに大声でこいつの名前を叫んで、とにかく消えないでくれって心の底から願うだけ。それはもちろん俺だけじゃなくてメンバー全員がそう。ちなみに最初の頃は信じてなかったマネージャーも、実際に佐久間が消えかけたのを見てようやく俺達側になってくれた。
「さっくーん、ロケバスなー、帰りは俺と照兄の間に座ってなー」
「お、康二ー! 帰りは照と康二の間なのね。やっぱ窓際は?」
「駄目に決まってんでしょ。この時期の佐久間は絶対誰かの間。窓際は禁止」
 康二の言葉に佐久間がわかっていながら質問し、照が眉間に皺を寄せながら登場。佐久間に対して過保護で激甘な照は特にこの時期神経質なってる気がする。や、前言撤回。正直全員がこんな感じだわ。
「ソロの仕事もさー、この時期だけ俺に付いてくれる人多いよなー。車移動の時に絶対俺挟まれるもん」
「当然やん! 桜の時期もあとちょっとやし我慢やで!」
「んんんんっ。仕方ない! よくわかんねぇけど、あとちょっとだしがんばる!」
 康二がぎゅうぎゅうに佐久間を抱き締め、佐久間も仕方ないなんて言いながら満更でもなさそうな顔でそれに応えてる。ただ少しだけ、その表情に陰りがあるように見えたのは俺の気のせいだろうか。
 元々このふたりは距離感バグってるけど、桜の時期に関してはメンバー全員佐久間との距離感が近くなってると思う。あんまりスキンシップが得意じゃない深澤や涼太も結構佐久間にくっついてんだよな。正直俺もそう。くっつけば佐久間がちゃんといるって実感出来る。消えてないってことがわかる。安心感を求めて、メンバー全員つい佐久間に寄っていくんだよな。

 ようやく全員ロケバスに乗り込んで、これから終わりのやつは家の近く、次に仕事がある奴はその仕事場まで、各々送ってもらう流れになってる。佐久間は康二と照に挟まれてちゃんとそこにいる。よし、今日も何とか乗り切れそう。
 そんなことを思っていたら、急にロケバスが止まった。え、なになに。怖いんだけど。
 深澤がスタッフと話をするために外に出る。不安になって、ロケバス内の全員が一瞬佐久間の方へ視線を向けた。大丈夫。ちゃんといるな。
「なんかロケバスの調子悪いらしい」
 戻ってきた深澤が苦々しい顔でそう言い放つ。マジか。次の仕事ある奴らもいるけど、これ大丈夫か? 時間的に余裕持ってスケジュール組んでくれてたから大丈夫だとは思うけど。
「少し様子見るから降りててくれって」
「マジか。次仕事あるやつみんな大丈夫?」
 照が全員に声をかけ、次の予定が決まっているやつからは問題ないと返事がくる。とはいえ、どんだけ足止め食らうかによると思うけど。
 近くに公園があるような場所を見つけ、何とか駐車場には停められたらしい。全員ロケバスから降りて、佐久間がちゃんといることも確認。よし、いるな。にしてもまあまあ大きな公園っぽいけど、何で誰もいねぇんだろ。人の気配がしない気がする。桜は……ここから見える範囲にはない、かな。
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