ハニ受け2

□弱い犬ほどよく吠える
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「もしかして本当に監視役任された?」
「………まさか、」

そのまさかの状況にウォヌは時が止まった気さえした。
いつもは開く気配のない図書室のドアが開いたのは唐突で、先生でもきたのかと顔を上げればウォヌの目に映ったのは予想外の人物だった。

「先輩、なんでこんなところに」
「あれ?もうジョンハニヒョンって言ってくれないの?」
「……本当にいい性格してますね、ジョンハニヒョン?」
「うわ、ウォヌに言われたくないんだけど」

ジョンハンは鞄を置きウォヌの隣に腰掛けた。聞けば所謂出席日数稼ぎの一環らしい。毎週金曜日は返却された本を図書委員が整理して元の場所に戻す日で、それを手伝うようにと指示を受けたみたいだった。

「ウォヌって図書委員なの?毎週いる?」
「そうですよ。だから金曜日は絶対います、まあ金曜日じゃなくても本読みに結構来るんですけど」
「へえ、おれも本好きだよ」
「意外ですね……あ、ヒョンそれマ行なんでもう一個隣の棚です」
「おぉ〜流石」

ジョンハンが本を整理する光景をウォヌは不思議そうに眺めた。
とにかく生徒指導部の先生には感謝しなければ。ウォヌは校門で他の男の元へ何の惜しみもなく帰っていくジョンハンを見送ってから、いやもっと前から次はいつ、どこで、どうやって接触を図るかずっと考えていた。こんなにも早くチャンスが巡ってくるとは。
生徒指導部の先生へ伝えた「ジョンハンはちゃんと掃除をしていた」との旨はジョンハン との接触を図るための土台の足しに少しでもなれば、と思ってのことだったがまさかこれがトランポリンだったとは。

「何?ウォヌなんかいいことあった?」
「いえ、何も」

今この瞬間が、なんてロマンチックで下手すれば気味悪がられるようなこと言えるはずも無くウォヌはただ少しだけ微笑んだ。

「来週も来ますか?」
「うん、とりあえず先生のお許しが出るまでは来るよ」

毎週金曜日、その間にどうやって距離を詰めるかウォヌは素早く算段を立てる。本の整理はもう飽きたのかその場に座り込んで呑気に本のページを捲るジョンハンの姿を視界に捕らえ、ウォヌはまた少しだけ微笑んだ。


「そういえば前に野球部が窓にボールぶつけてたじゃないですか」
「あ〜あったねそんなこと」
「うちの教室の目の前の廊下なんですよね、ヒビ入ってました」
「本当に?プール掃除決定だなそれは」
「どんだけ根に持ってるんですか」


どうやら気が合うらしいジョンハンとウォヌが親しくなるのは存外早かった。当初は委員の仕事がある金曜日しか顔を見せなかったジョンハンも最近では金曜日以外も図書室を訪れるようになった……のだが、ジョンハンが金曜日以外にも図書室を訪れるのには理由がある。

ウォヌは目立たない生徒と言うわけではない。まず大前提に入学式でも話題になる程ウォヌはとても顔が整っている。加えてテストでは常に上位をキープしていたし、切れ長の目もクールな雰囲気も長い手足もスタイルの良い体。これだけ要素があれば他の視線を惹きつけるには十分だった。
そんなウォヌとあのユンジョンハン、彼らが親しげに話す姿は嫌でも注目を浴びた。現に廊下で話したりすれ違いざまに挨拶する度に向けられる好奇に満ち溢れた視線達。ウォヌとジョンハンがウンザリしてしまうのも当然のことで、自然と図書室は2人にとって他の介入が無い唯一の安寧の地になった。


「ウォヌって本当に目悪いの?」
「……なに?伊達眼鏡だとでも思ってたの」
「いや違う違う。昨日体育の時眼鏡してなかったから」
「あぁ、体育の時はコンタクト」

教室の窓際一番後ろの特等席がジョンハンの場所だった。
彼は外を眺めながら5限目なんて丁度眠たくなる時間だし昼飯の後に体育なんて地獄だな、とぼんやりと思っていれば手足が長い一際目立つシルエットに視線を止めた。
そういえばもうすぐ体育大会がある。ジョンハンは授業そっちのけで食い入る様にバトンを持ってグラウンドを走るウォヌを見つめた。
「リレーに出るなんて聞いてない」と少し不機嫌になり唇を尖らせながら黒板の文字をノートに写す、らしくないジョンハンの姿にいつも彼の周りを取り巻きの子達は少し顔を歪ませた。そんな彼らの複雑な心情を露知らずのジョンハンは今こうしてウォヌに詰め寄ってブツブツと文句を垂れている。

リレーに出ることがそこまで重要なことだと思っていなかったウォヌはジョンハンの頭を撫でながらケラケラ笑った。

「そんな拗ねる?リレーなんて出番30秒もないのに」
「嫌がらせのように鉢巻きしてドンドコ太鼓叩いて応援するから覚悟しろ」
「それは勘弁」

ジョンハンは突然立ち上がってウォヌの眼鏡を取り上げた。ウォヌはボヤける視界の中でカチャリ、と聞こえた音にジョンハンが机に眼鏡を置いたのかと適当に検討を付ける。
今ジョンハンがどんな顔をしているのか眼鏡を取られた故に知る術はないがきっと何か悪戯を思いついて、悪い顔をしているに違いない。 そんな確信がウォヌにはあった。

「本当に見えない?」
「見えないよ」
「ふうん?じゃあこの指何本?」
「見えない、もっと寄って」
「仕方ないな〜?」

主導権を握っていると思い込んでいるジョンハンは至極楽しそうに「これは?」と親指と人指しを出しながら一歩一歩、ウォヌに近づいた。しかしウォヌまであと3歩、といったところでジョンハンは足を止めた。あまり答える気の無い態度のウォヌにどうやら機嫌を損ねたらしい。

「答える気ある?」
「あるよ、本当に見えないんだって」
「ふうん」
「怒ってる?」
「……別に」


ウォヌはコロコロとコマが動くキャスター椅子に座ったままジョンハンの元までゆったり移動した。ジョンハンを目の前にして感じたのは怒っているというより拗ねている?と言ったところか。ウォヌが見上げて名前を呼んでもソッポを向いたままで一向に答える気配がない。ウォヌは少しだけ溜息を吐く、と同時にピクリと震える肩を見て呆れたように笑った。

挙げたままの腕を降ろそうとしたジョンハンの右腕をウォヌは勢いよく掴んで、ぐいっとその手を目の前に近づけた。「う、わアっ!」と僅かに声を出して、バランスを崩したジョンハンは座るウォヌの太ももの間に片膝をつき左手でウォヌの肩を掴んだ。


顔と顔の距離は僅か数センチだった。


「あぁ二本だったの、指。」
「ちょ……まっ、」
「本当に見えてなかったのに」
「分かった、分かったから!!」

ジョンハンがジタバタしたところでウォヌはジョンハンを離すことはしなかったし、ジョンハンが暴れれば暴れるほど近付く距離にウォヌはケラケラ笑った。

「本当に見えなかったのにな〜このヒョンは信じてくれないな、悲しいな」
「分かった!ウォヌは見えなかったもんな仕方ないなそれは仕方ない!!許す許す!!だから離せ!お願いだから離せ!!」
「エーーー」

突如拘束を解いたウォヌにジョンハンはバランスを崩しながらも持ち前の運動神経で何とか持ち堪え、恨めしそうにウォヌを睨みつけた。が、当の本人は今だにケラケラ笑う。ジョンハンは今までに何度かウォヌに悪戯を仕掛けているが、努力は虚しく成功したことは一度もない。

「本当にきらいだわ……」

ジョンハンがそう呟くとウォヌはぼやけた目で数回瞬きを繰り返し、眼鏡をかけ直した。クリアになる視界、ジョンハンの顔は僅かに赤い。そんな彼を見たウォヌは微笑んで、ポツリと呟いた。


「ん〜、それは困る、なあ」
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