野球

□短編
2ページ/14ページ

ずっと、好きだった。
中々クラスに馴染めなかった自分に初めて優しく接してくれたあなたのことが。
クールで一匹狼なイメージだったけれど、親しい人と話す時に見せる笑顔が素敵だなって思った。
優しくしてくれたのは隣の席だったから。それだけの理由かもしれない。それでもクラスに居場所を見つけられずに心が締め付けられるような思いだった自分にとってはあなたが光に見えた。
好きです、とたった4文字にのせて伝えようとしてる思いはとても大きい。
付き合えなくてもいい、ただこの想いを伝えたいだけ。
でも、もしかしたらって期待する自分もいて。
そんなことあるわけないでしょってもう1人の自分がつっこむ。
あなたが時々、放課後1人で教室にいることは知っていた。全校の人数が急増した関係で、うちのクラスだけ他のクラスとは離れたところに配置された。
「うちのクラスって、他のクラスから孤立してるけど、放課後とか静かそうでいいよね」
「うん、だから時々残って1人で課題とかやったりする」
何気ない会話の中であなたがそう言っていたから。自分は部活があるから実際に放課後残っているのを見たことはないのだけど。
だから想いを伝えるなら、放課後がベストだなって思った。今日は部活がお休みだから、これであなたが残っていたら場は完璧に整われる。
祈るような気持ちで放課後の静かな学校に足を踏み入れる。
そっと少し離れた後ろの方から教室を覗くと、見慣れた背中を見つけて、胸が高鳴った。
意を決して歩を進めて呼び慣れた名字を呼ぼうとしたその瞬間、どこからかのほほんとした声が聞こえた。声の主はそのまま想い人がいる教室へ入っていった。
突然のことにびっくりして近くの柱の影に隠れる。
距離があるからかあまり会話の内容は聞こえない。あの人は隣のクラスの人だ。あんまり笑わないあなたが屈託のない笑顔を見せる数少ない人。唯一と言ってもいいかもしれない。
その笑顔に惚れたのだからあの人に対しては勝手に感謝の気持ちを抱いていた。
楽しげな声が聞こえる。どんな表情しているんだろう、あなたの笑顔がみたい。
そっと歩を進めて教室との距離を縮めたら、あの人とあなたの影が不意に重なった。
「…ちょっと待ってよ、こんなところで急にしないでよ」
「ごめん、あまりにもお前が可愛かったから」
「よくそんな恥じらいもなく言えるな…」

………キス、してたよね?

自分の視覚情報として入ってきた映像を理解するのに時間がかかった。
ああ、そうか。
あの人と話す時に目尻に皺を寄せて笑っていたのも、あの人に対してはスキンシップが多いなと感じていたのも、親しいだけじゃなかったんだ。
あなたは、あの人が好きだったんだ。
自分でもよく分からない感情になる。気持ち悪いとか、そういう嫌悪感は全くなかったけれど、あなたにも想い人がいたんだ。
だったら、自分はたまにお話するお隣さんのポジションでいたい。
大きく膨れ上がった自分の気持ちに蓋をして、幸せそうにあの人に笑いかけるあなたの笑顔を見ながら、そっと教室から離れた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ