野球

□敵わない人
1ページ/2ページ

「お前やろ、宮城の番。」


数ヵ月前。
あの世界大会での約束を果たし、俺と宮城は番となった。
番になってから宮城のチームとの初めての対戦の日、いつにく真剣な面持ちの由伸さんから「ちょっと顔貸せや」と人気の無い場所に連れて来られ、開口一番で冒頭の言葉を投げ掛けられた。
「………分かるんですね。」
2人で話し合った結果、まだ結婚する訳ではないため番になった事はまだ積極的に公にしないでおこう、という事になった。お互いまだ21歳だし、色々と早すぎると考えての結論だった。
まあ俺としては当然最終的には結婚したいと思っているわけだけど。
しかし、宮城を特に可愛がっており、俺と同じαである由伸さんは言われずとも気が付いたようだった。
由伸さんは、相変わらず真剣な表情で俺を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「…宮城の匂いが変わった。変わったというか、今までアイツの匂いの中に入っとった何かが無くなった感じか。あと、前より調子が良くなってる。それだけやけど、なんとなく番が出来たんやなと思ってな。
誰と番になったんか問い詰めた時、吐かんかったけどお前の名前出したらあからさまに顔赤らめて動揺しよるから、分かりやす過ぎて笑いそうになったわ。
…お前が相手や思うとめちゃくちゃ癪やけど、Ωにとっては番が出来た方が色々好都合やからな…。
…一応、感謝しといたる。…ただし、あいつを泣かせたり、大事にせぇへんかったりしてみ?番とか関係なく、お前から引き剥がしたるからな。」
表情、声のトーン、間の取り方。
全てにおいてこの人が宮城をどれほど大切に思っているのかが伝わってきた。今まで大切に大切にしてきた可愛い後輩が、彼からしたらぽっと出の俺みたいな男に奪われるなんて、どんな気持ちだろう。
しかし俺だって、宮城だけは絶対に譲れないのだ。
由伸さんに俺の気持ちが伝わるよう、目を見て力強く答えた。
「そんなこと、絶対にありえません。由伸さんが心配することなんて何もないくらい、宮城の事を一生大切にします。誰に何と言われようが、覚悟はとっくに出来ています。」
そんな俺を彼はしばらくをじっと見つめた後、ふっと真剣な表情を崩し優しい笑みを浮かべた。
「…ふはっ、なんや結婚前の挨拶みたいやな。息子さんを僕にくださーい、ってか…?
うん、今のお前の目ぇは嘘吐いとるように見えんからな。とりあえず信じたる。
…………宮城のこと、よろしくな。」
俺の肩を軽く叩きながらそう言い残し、由伸さんは行ってしまった。
あの人が宮城に抱いている感情がどうであれ、俺には関係ないし宮城を渡すつもりなど毛頭無い。
ただ同時に、宮城が一番慕っているであろうあの人から認められたという事実は、結果的に俺の覚悟を更に固めさせる事となった。
そんな事があったのがシーズンの始めの時期で。
宮城との確かな繋がりを得て精神的に恐いもの無しとなった俺は、とてもいい成績でシーズンを終えることが出来た。
同じ理由だったら嬉しいのだが、宮城も過去最高の成績を残していた。
番になってからしばらくして、シーズン中にもう一度宮城の発情期が来てはいたが、宮城からの申し出で会うのは我慢することになった。
宮城曰く、「俺は仕方無いとして、朗希まで俺に付き合って毎回休んでたら向こうのチームも大変でしょ?だから、シーズン中の発情期は会うの我慢しよ?代わりに、シーズンオフに被った時は会おうよ」ということだった。
ド正論ではあるが、発情期に苦しむ宮城の側にいて、どうしようもない欲を発散させてあげられないのは辛かった。
その次の発情期は丁度シーズンオフに重なりそうだったので、宮城にこちらに来てもらい久々に2人で過ごそうということになったのだ。
お互いスケジュールは自主トレくらいしか無い状態ではあったが、緊急の連絡等があるといけないので念のため双方の監督だけには発情期間中になるであろう事と、俺と宮城は一緒にいる事を伝えておくことにした。
監督に伝えるとすんなり受け入れられたが、「お前らまだ若いからなぁ。でも程々にしとけよ?大事な投手に何かあったら向こうの監督に怒られるのは俺だからな〜、ハッハッハ!!」と背中をバンバン叩きながら釘を刺されてしまった。
そういうことをしますと言っているようなものなので恥ずかしいには恥ずかしかったが、これも宮城と2人心置き無く甘い時間を過ごすためなので、全然我慢できる。
宮城に監督に伝えたことを報告すると、あちらも既に伝えたようで、えらく身体の心配をされて恥ずかしかったと言っていた。
俺はともかく、宮城は俺にそういうことをされに行ってきますと言っているようなものなので、恥ずかしさは俺以上だっただろう。
なんだか申し訳ないけど、監督の前で恥ずかしそうにしている宮城、可愛かったんだろうなと思うとついクスクス笑ってしまい、電話越しに宮城に怒られてしまった。
怒った宮城も可愛いなぁ、と思いながらうんうんと聞いていると『…ちゃんと聞いてる?』と、いつもの低く心地良い声より更にワントーン低い声で詰められたため、全力で謝った。
生物学上ではαとΩで優劣が付いているが、宮城には色んな意味で一生敵わないんだろうな、と思う。



この前みたいに会った瞬間発情期に入るといけないので、宮城には周期の予定より少し早く来てもらうことにした。
我を忘れてどろどろでぐちゃぐちゃな日々を過ごすのもいいが、せっかく想いを通わせられたのだから、ゆっくり過ごす時間も大切にしたいと思ったのだ。
番を得ると発情期の周期も安定すると聞くので、恐らくその時間は確保出来るだろう。
インターホンが鳴り、ドアを開けると宮城が立っていた。
「…よかった、大丈夫そう。」
ほっとしたように笑う宮城。会っただけではスイッチが入らなかったということだろう。
「ん、よかった。…いらっしゃい、みやぎ。早く上がって」
「もー、ろーたん急かさないでよ。時間はこれからたっぷりあるんだから。」
「そうだけど、早くみやぎ吸いたい。」
「吸いたいて…俺は猫じゃありませーん」
呆れながら玄関に入ろうとする宮城の手を引きドアを閉め、宣言通りぎゅっと抱き締めて宮城の首筋に鼻を寄せた。
くすぐったそうに身を捩る宮城。吐息混じりの笑い声を耳元で聴きながら、これから長く甘い時間が待ち受けていることに幸せを感じていた。
それから、その日の夜はゆったりと過ごした。
一緒に鍋の支度をして、完成した鍋をつつき合い、ちょっとだけお酒も飲んだりして。
風呂も2人で入った。久々に見る宮城の裸に思わず手が出そうになったが、もうちょっとしたら散々えっちなことするんだからだめ!と頬を膨らませ可愛らしく怒られたので大人しく諦めた。
自宅の浴槽はそこそこ大きい方だと思うが、190cm越えと標準身長のガタイの良い成人男性が2人入ると流石にきゅうくつで、狭い狭いと笑いあいながら湯船に浸かる。後ろから宮城を抱き込みながら浸かる湯船はいつもより狭いのに、いつもより疲れが取れる気がした。
「まだ来なさそう?」
2人でベッドに潜り込み、宮城を抱き締めながら問う。
「うん、まだ大丈夫そう。おかげでろーたんとゆっくり過ごせて嬉しかったぁ」
そう言って本当に幸せそうに笑うものだから、ついつい抱き締める腕の力を強めると、ぐぇ、と可愛くない呻き声を漏らす宮城。
お互いそんなやわな身体じゃないことは十分把握してるので、調子に乗って腕の力を緩めずにいると、「おまえ、自分の腕力分かってる?165出してんだよ?」と怒られてしまった。
なんだか今日は怒られてばかりだ。
でも、宮城はやっぱり怒っても可愛いので、ついつい甘えて怒らせてしまう。
ただ、この前の電話の時みたいにマジギレ寸前まで行くと一気に恐くなるので注意しなければ。
腕の力を緩め、宮城の頭を撫でながら改めて決意した。
一夜明けても宮城の様子はまだ変わっていなかった。
予定では、そろそろらしいのだが。
2人でのんびり朝御飯を食べた後、念のため色々な最終確認をするとゴムがもう底を尽きそうな事に気付いた。
うわ、ストックあると思い込んでた…。
これはないとまずい。
「ごめん宮城、ゴムのストックないの忘れてたから今から買いに行くけど、何か欲しいものある?」
「ゴ……!…そうなん?俺の方は特にないかなぁ…」
「ん、分かった、すぐ戻るね。」
ゴムという単語に照れを見せかけるも、慌てて表情を戻す宮城を俺は見逃さなかった。
…この前散々エロいことしたのに、こんな単語だけで恥ずかしがるなんて最中とのギャップがやばい。
そんな宮城に構いたいのは山々だが、早く行かねば。いそいそと出掛ける準備をし玄関に向かう。
外に出ようとすると「あ、ろーたんちょっと」と声を掛けられたので、やっぱり何か欲しかったのかな?と思いながら振り返ると、頬に手を添えグッと下に引き寄せられた。
唇に柔らかい感触があったかと思えば、目の前には宮城のほんのり赤い顔。
「……へへ、いってらっしゃいのちゅー。」
唇が離された後、赤い顔のままへらりと微笑みぽつりと呟く宮城。
……俺の宮城が可愛すぎる。
もうこれまで何度思ったか分からない言葉が頭を過るのと、俺から更に深いキスを送ったのはほぼ同時だった。
「ん…!…むぅ…ぷぁ、ろーたん、かいにいかないの?」
「みやぎが可愛すぎるから行きたくなくなったんだけど……でも、行かなきゃまずいから行ってくるね」
「んふふ、何それ。いってらっしゃい。」
「ん、いってきます。」
いってらっしゃい、いってきます。
なんでもないやり取りだけど、宮城と交わすだけですごく暖かい気持ちになれる。一緒に住んでるみたいで、すごく良い。
もともと赤かった顔を更に赤くさせた宮城の頬にキスを落とし、後ろ髪を引かれながらも自宅を後にした。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ