野球

□不意打ち
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シャワーを浴びて程よい疲労感が全身を覆う。
侍として、召集されたメンバーは見知った人も居れば、ほぼ初めての人、憧れの人、色んな人がいる。そして、全員が熱い気持ちを持っていて、本当に刺激的な日々を過ごせている。
「はぁ〜、さいこう」
野球って楽しい。
幸せだ。
自分の球団の人達だって、楽しくて優しい。
けれど、そことはまた違う充実感。
体が温まって、ふわふわした気持ちで肌触りの良いリネンのベッドにダイブする。
髪も乾かすのが面倒で、そのまま沈むように目を閉じた。
「宮城?」
……あぁ、朗希か。
今日は、やたらと眠くて、ふわふわとした頭でで部屋に入ってきた相手を認識する。
んー?
今日、約束してたっけぇ?
まぁ、いいや、いま、ちょーねむぃ……
「宮城?寝てんの?」
……そう、おれ、ねてるぅ。
「髪濡れたままじゃん」
キシッ
ホテルのスプリングが効いたベッドが軋む。
あれぇ、ろうたん、そばに……
「風邪ひくだろ。」
ん?あ、タオルぅ?ろうたんってば、あたまふいてくれんのぉ?やさ…し……
すぅ
…………


「……幸せそうに寝んなよ」
……
むにっ
「ばぁか」
……
ガチャン
「……ーイヤ、馬鹿じゃねぇよ!」
丁寧に電気まで消して、閉められたドアを確認してから、突っ込んでいた。
そしていつの間にか布団まで掛けられていた。
はぁ!?
えぇ??
うわぁ……!?
ちゅう、された!!
フッと顔に影がおりて、違和感に少し意識が引き戻されたら、唇に柔らかい感触がした。
なんだろうと思う暇もなく、その後の台詞と噛み合わない、甘く痺れるような声色にソレが朗希の唇だと気付く。
一気に覚醒させられたが、逆に起きることなんか出来なくて、そのまま寝たふりをした。
「心臓の音、うるさぃ」
驚きだけではなくて、早鐘を打つ心臓に途方にくれた。
「うそぉ。」
どうしようもなくて、ドコドコと響く心音を鎮めたくて、ギュウっと丸くなる。
「……明日から、どうしよ。」



あの後、モンモンとしていたものの意外にもあっさり眠りに落ちた自分の神経の太さに可笑しくなる。
それによく考えたら、あれが唇だったかなんてわからないんだし、変に意識してもなっと思い直した。
なんだったら、寝ぼけていた自分の夢かもしれない。たぶん。いや、どうかな。
もしかして、誰かにキスして欲しいっていう願望の表れなのだろうか。
えー?俺、欲求不満……?
なんだか、これ以上考えると引き返せそうにない気がする。
あ、ちょっと深掘りしないでおこ。
今日も良い天気だ。
せっかく召集されて、あのダルビッシュさんや他のチームのメンバーとも交流出来るのだし、精一杯頑張ろう。
ホテルの朝食はバイキング形式だから、時間はきっかり決まっている訳ではないが、あんまりぎりぎりだと練習に差し支える。
それに、野球選手のチームが集まるので、食べる量が多く消費が凄い。勿論、十分な量が用意されているけど、やはり人気のおかずはなくなるのも早い。
朗希は好き嫌いが割とあるので、出来れば、早めに行って好きな物を選んで欲しい。
ここはマネージャーの自分が率先して朗希のフォローをしたい。
朗希には準備万端の状態でいて欲しい。
高校の頃から、朗希は特別だった。
自分だって、野球が上手いと思っていたし、それなりの自信があった。誰にも負けないと思っていた。
だけど、彼のあのピッチング、あの球を見た瞬間、全てに圧倒された。自分には到底出せない球速に、頭が真っ白になった。
それに驕ることはない、いっそ控え目と言っても良い姿勢に、素直に敵わないと思った。
佐々木朗希という存在が、輝かしい物だと思った。
だから、昨日の事も、きっと俺の勘違い。
憧れがそういう幻覚を見せたに違いないんだ。
今日も、きっと今までと同じ毎日の始まり。
深呼吸をして、
隣である朗希の部屋をノックする。
「ろうたん、起きてる〜?朝飯行こ。」
お互いの部屋を行き来するのが頻繁で、カードキー渡し合っている。でも、さすがに部屋に入る前はノックするし、しないときでもメッセージアプリで連絡してから行く。
ガチャリ
ドアが開いたかと思ったら、のそのそとバッチリ寝起きですという風なメガネ姿の同級生が顔を覗かせた。
「ろうたん、目が開いてないよw」
メガネのせいか、いつものキラキラした漆黒の瞳が半分も開いていない。
「……ん。まぶし……」
大きな体の隙間から見える部屋は、まだカーテンが引かれていて薄暗かった。
野球選手という立場だから、朝が早いのは割と慣れているであろうに、ここまで寝起きなのは珍しい。
マイペースだけれど、別に遅刻癖がある訳ではないし、ここまで培ってきた体育会系の集団行動にどっぷり浸かってきた俺達だから、朝は自然と目が覚める。
朗希だってそうだろう。
なんの気兼ねなく部屋の行き来していれば、生活習慣だってわかるし、今までは、部屋に迎えに着たとき、朗希の部屋だって明るかった。
だから、あれ?と思う。
「ろうたん?眠い?」
「…??みやぎがいる。」
「おぉ、おは」
「みやぎ」
おはようと言う前に、抱き締められた。
ふんわりと優しい抱擁。両腕で抱き込まれて、朗希の香りに包まれる。
頬に感じる煌の柔らかい髪。
首筋に感じる吐息……
は?
「ちょっ、ろうた」
「ぐーーー」
「………起きろーーー!!!」
「はっ!?え!?宮城!?」
「お前、寝ぼけ過ぎ!」
「え?なに?ホンモノ!?」
「飯行くから、用意して!!」
「あ、はい。」
朗希が部屋に戻るのを確認して、
真っ赤になっているであろう顔を両手覆い、その場にしゃがみ込んだ。
「かんべんしてくれ……。」
思わず独り言が口から出ていた。
おかしい。
抱擁なんて、野球選手していれば、しょっちゅうなのに。
なんで、こんなに心臓は早鐘を打つんだろう。
やめてやめて、それにまだ気付きたくない。呼び起こさないで。
昨日って、やっぱり……?
って期待してしまう。
ガチャリっと音がして、ドアが開いたらしい。
「宮城、なにしてんの?早くして。」
「俺が!起こしにきたの!!」
寝癖はそのままに、マイペースっぷりを見せるこの男。
しゃがみ込んだ俺を見てきょとんとした顔で、急かす。
そこは、大丈夫?とかだろ?
本ッ当ッに、なにしてんの?しか思ってないよな、君。
もうっ!!
まだ心臓は甘い痛みを引きずっているのに。
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