野球

□雨降って、
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目を覚ますとベッドに横たわっていた。
あれ、俺、なんで寝てたんだっけ…?
寝起きのぽやぽやした頭でぼんやり考える。
ふと、意識が落ちる寸前まで大谷さんからされていたことを思い出し、ガバッと起き上がる…はずだったが、誰か俺にしがみついているようで、それは叶わなかった。
「しょーへい…?」
おそらく俺を捕えているであろう人の名を呼ぶと、体勢が変わりその人物に上からのし掛かるように覆い被さられた。
薄暗い照明の中なんとか顔を確認すると、そこにいたのは朗希だった。
「……なに。大谷さんが良かった?てか、いつの間に名前で呼ぶ仲になったの?」
不機嫌さを隠さぬまま、そう答えられる。
あ、これはまずいやつ。
朗希は一度不機嫌になると、なかなか元に戻ってくれない。それなのに、今の朗希は不機嫌レベルが最高潮な様子だった。
この状態の朗希には何を言っても駄目な気がする。
何て答えようか逡巡していたのが良くなかったのか、ギリ、と音を立てそうなくらい俺の腕を掴む手に力を込められる。
いつも腕のことを気遣ってくれる朗希とは思えないその行動。それ程までに気が立っているのだろう。
「ねぇ、大谷さんと何してたの?」
そう問われるも、まさか抜かれてました、なんて言えるはずもなく口篭ってしまう。
「…えーっと……普通に喋ってただけだよ……?」
「嘘。普通に喋ってただけで宮城が先輩の部屋で寝るわけない。…質問変えるわ。大谷さんに、何された?」
有無を言わさぬその目に、嘘は通りそうにないと嫌でも悟る。それでも、未だに信じられないあの事を自分の口から言うのは憚られ、つい朗希から目を逸らしてしまう。
今思えば、この選択が完全に間違っていた。
チッ、と舌打ちをする朗希。
朗希が俺に向けて舌打ちをしたことなんて、ない。
腹の底がサァッと冷える感覚がした。
「ふーん……。俺には言えないこと、してたんだ。じゃあ俺もお前に、人に言えないこと、してもいいよな?」
そう言った朗希は、今までに見たことない程に冷たい表情をしていた。


「や、やだ、ろーき、止めて…っ!」
俺に覆い被さった体勢のまま、服を脱がしてくる朗希。
「大谷さんは許して俺は許さないの?ねぇ、なんで?」
「ちが…っ!」
「…宮城はなんにも分かってない。自分の魅力も、俺がお前をどういう目で見てるのかも。…だから、分からせてあげないとね?」
「何言って…んぅ…っ!」
乱暴で、噛みつくようなキス。
喋っている途中にされたものだから、開いていた口から舌が遠慮なく入り込み、俺の口の中を蹂躙する。
大谷さんに散々触られた余韻が残っているのかこんな乱暴なキスにさえゾワゾワした感覚を覚えるも、口付けの合間に俺を見る朗希の相変わらず冷ややかな目線にすぅっと熱が引いていく。
俺と話すときはいつも顔をくしゃしゃにして笑ってくれていた朗希が、今はこんなにも感情を失くた表情をしている。気持ちいいはずなのに、それを上回る恐怖で身体がすくんでしまう。
その後も快感を与えられるも、朗希のただならぬ様相によりそれが霧散する事を繰り返し、俺の身体の中はぐちゃぐちゃになっていた。
ひとしきり身体をなぞられた後、乱暴な手付きで股間を鷲掴まれ、ビクリと反射的に身体が跳ねる。
ぐにぐにと揉んだかと思えば、はぁ、と吐かれるため息に、違う意味でまたびくりと反応してしまった。
「…勃ってない。大谷さんとの時もそうだった?…まぁ、別に勃ってなくても出来るしね。」
乱れた髪を掻き上げ氷のような目で見下ろされながら、暗にこの先の事を示唆されゾクリと肌が粟立つ。
このままされるがままなんて、いやだ。
止めてほしいのに、今の朗希を止める方法なんて思い付かなくて。
いつの間にかじわじわと涙が溢れ、視界が滲む。
「ろーき、ヒッ、ゃ、やめて、ろーき…っ!…うぅ゙っ…!ヒック、う、ぅぇえ……!」
これからされる事より何よりも、見たこともない程感情を無くした朗希の目が、表情が、とても恐くて。
気付いたら嗚咽が止まらなくなっていた。
そんな俺をポカン、と見つめる朗希。
その目には、まるで憑き物が落ちたみたいに温度が戻っていた。
しばらく固まった後、その顔をくしゃりと悲痛に歪ませ、朗希はぎゅうと俺を抱き締めた。
「ぁ……ごめん、みやぎ、こわがらせて、ごめん……っ!」
「ぅ…っ…!うぁああああ!!ろ、ろうきの、ばかぁああああ!!!」
あったかい、いつものろーき。
安心したせいで、余計に涙が止まらなくなってしまう。朗希に抱き締められたまま、俺は気の済むまで小さな子どもみたいにガチ泣きし続けた。
「みやぎ、だいじょうぶ……?」
さすさすと俺の背や頭を撫でる朗希。
ヒック、ヒックと嗚咽はまだ止まらないが、だいぶ落ち着いてきた。
「…うん、だいじょーぶ……きゅうにガチなきしてごめん…」
人前であんなに泣いたのなんていつぶりだろうか。
今になって羞恥が込み上げてきて、顔を伏せながら朗希に謝る。
「ううん、俺がお前にひどいことしたから。…宮城が大谷さんに抱かれたかと思うと、カッとなっちゃって…ほんと、ごめん……」
言ってて落ち込んでしまったのか、だんだんと語気に勢いがなくなっていく。…ん?抱かれた?
「…俺、大谷さんに抱かれてないよ…?」
訂正するためにそう告げると、きょとんとした顔で俺を凝視する朗希。
「は…?いやだって、大谷さんの部屋行ったら宮城は顔赤くしながらぐったりしてるし、大谷さんからは『宮城、可愛かったよ』って言われたけど聞いてもはぐらかされるし……抱かれたんだろ…?」
何余計なこと言ってんだあの人…。
大先輩だが、心の中での悪態が抑えられない。
朗希の誤解を正すべく、勇気を出して先程言えなかった真実を伝えることにした。
「…正直言うと、なんでか抜かれたんだけど……最後まではされてない…よ…?」
それを聞いた朗希は、相変わらずきょとんとした顔のまま俺を見つめている。
うぅ…恥ずかしい…せめて何とか言ってくれ…。
ひとしきりきょとん顔を披露した朗希は、不意にがっくりと項垂れはぁーーーっ、と長いため息を吐いた。
しかし、そこには安堵が滲んでおり、先程のような冷たさはない。
「そっか………抱かれてはないのか……良かった……いや、抜かれたのも大問題だな……?後で大谷さんに問い詰めなきゃ……」
項垂れた体勢のまま何かをブツブツ呟いている朗希。先程まででは無いが、ちょっとこわい。
自分の世界へ行ってしまった朗希を居心地悪く見守っていると、急にこちらに戻ってきて真正面からガッと肩を掴まれた。こわいこわいこわい。
ゆっくりと顔を上げた朗希は、ほんのり頬を赤くしながら、真剣な面持ちをしていた。
ごくりと固唾を呑んで目を合わせる。すると、朗希の口がゆっくりと開いた。
「…まだ伝える気なかったけど、気が変わった。俺、宮城が好き。大谷さんとしたことより、もっとすごいことしたいくらい。それとも、宮城は大谷さんが好き…?」
眉を下げてそう問う朗希。
色々と情報処理が追い付かない。
しかし、沈黙を続けていると更に朗希の眉が下がって来たので、答えられる部分から慌てて答えた。
「…大谷さんのことは、先輩としては好きだし尊敬してるけど、そういう意味では好きじゃないよ…?ああいうことしちゃったのは、えっと…なんでかそういう流れになって、抵抗できなくて……。俺がちゃんと拒まなかったから、朗希にあんな顔させて、本当にごめん……」
あとは、朗希からの告白に答えなければ。
そう思うのだが、これまで友達と思っていた朗希にそんなことを言われても、急に答えが出るわけない。
…いや、もしかして答えが出ないことが答えなのでは?もしも他の男友達から告白されても、もちろん言葉は選ぶがハッキリ無いと言い切れるだろう。
それが、朗希からの告白にはすぐ答えがでないし、なんなら先程のキスには恐怖こそ感じたが嫌悪感は全くと言っていい程感じなかった。
だからと言って、すぐにイエスと答えられる程の自信はない。
我ながら煮え切らない答えしか出ないが、朗希の眉がこれ以上下がらないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「…あと、俺のこと好きって言ってくれてありがとう。すぐに答えは出ないけど、さっきのキスも嫌じゃなかったし…。前向きに?検討させて…?」
不安げな朗希と目を合わせながらそう答える。
すると朗希は、またしても顔をくしゃくしゃにしながら、ぽろぽろと涙を溢し始めた。
「…みやぎ、みやぎ…っ!ありがとう、今はその答えで十分……でも、絶対に俺のこと好きにさせるから、覚悟しといてね?」
またしてもぎゅっと抱き締められながら耳元で囁かれ、ぞわぞわしてしまう。
…まずいな、それも時間の問題かもしれない…。
俺が満更でもない反応をしているのに気が付いたのか、先程の涙はどこへやらニヤついた表情を隠さぬまま額を合わせてくる朗希。
「ねぇ、嫌じゃなかったって言ったよね?
…キス、ちゃんとしてもいい?」
俺が拒否しないのなんて分かってるくせに、確信した顔でそう問われる。
それで朗希の気が済むのならいいや、と思ってしまう俺は、もう朗希のことが彼と同じ意味で好きなのかもしれない。
肯定の代わりにそっと目を閉じてやると、先程とは違う暖かくて優しいキスが降り注いだ。
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