野球

□恋をした日 A面
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自分に出来る事を精いっぱいをしよう。
それは昔から思っていたこと。
アイドルになってからも、なる前も。
自分を見て、元気を貰ったと言って貰ったことに元気を貰った。
だから、自分もこの人を全力で応援したい。
憧れの選手が目の前にいるって思うと、震えそうになるけど、少しでも貴方の癒しになるなら、どんなことでもしよう。
「宮城、また見てんの。」
「ちょ、颯一さん、邪魔しないで下さい。今、5回裏で良いところ!」
「……俺、先輩なんですけど」
「あぁぁ!打たれたぁ」
「うるさっ」
「どうしたん?」
「あ、福さぁん」
控え室でスマホを見ていたが、話し掛けてきた同じグループメンバー二人を見上げる。画面の人物に感情移入し過ぎて、締め付けられるような気持ちになり、涙が溢れそうになる。
「あぁ、宮城、ほら、泣かないで。もうすぐ収録始まるよ!」
「亮さぁん」
泣きそうになった俺を保護者達が構ってくれる。俺ってばグループに恵まれている。
今日は、歌番組の収録があるのだが、早めに入っていたので、スマホで中継をみていたのだ。
「宮城ってば、本当に好きだねぇ。野球」
「今日、宮城が応援してる佐々木朗希が登板してたみたいっすよ」
「まぁ、趣味は人それぞれだから、良いんやけど、収録には気持ち立て直しや?今回は、夏の元気良いハッピーな恋の曲やねんし」
「わかってますぅ。切り替えてきます」
優しい先輩方から、諫められて、曲に気持ちを傾ける為に控え室を出た。
局の中を移動して、何処か気分転換出来そうな所をさがして、人が少なそうな所を選んで歩く。
気持ちの切り替えは、少し苦手だ。
皆からは、周りが良く見えてるなんて言われるけど、自分では良くわからない。
でも周りに引き摺られるってことは、ちょっとわかる。
これは、良くも悪くもなので、良い影響も受けやすくて、突っ走れることもある。
それは、本当に有難い。
が、反対に悪い部分も引き摺られることもあるので、注意しなきゃいけない。
誰かが落ち込んでいたり、昔の嫌なことを思い出したり……。
自分は、今、アイドルとして活動している。そもそもはアイドルになりたいと思ってなった訳ではなかった。
小さな頃は、大好きな野球の選手になりたかった。
野球選手になって、家族に恩返しするつもりでいた、幼くて、純粋だった自分を思い出す。


元々貧しい家庭だった。
家庭の事情で、いよいよ野球を辞めないといけなくて、目の前が真っ暗になって、何も手がつかなかった。暗闇に放り込まれたような気持ち。
でも、家族の困ったような泣きそうな顔を見たくなかったから、家族の前では明るく振る舞った。
でも野球を見ると、どうしても涙を浮かべてしまいそうになるし、言葉が続かなくなる。だから、野球から目を逸らすようになった。野球の道具も見ていられなくて、それでも捨てられなくて、段ボールに仕舞い込んで押入に仕舞い込んだ。
部屋にスペースを作る為だとか言い訳をして。
しばらくは、無味乾燥な日々を過ごしていた。
自分で言うのもなんだけど、運動神経が良かった俺は、同級生に文化祭のダンスチームに誘われてダンスを始めた。
音楽に合わせて体を動かす事は、余計な事を考えなく済んだので、どんどんのめり込んでいった。
体を動かす事が性に合っていたこともあって、文化祭が終わってもダンスをしていた。
高校2年生の三学期入った頃、ダンスに誘ってくれた同級生が一緒にオーディションを受けようと誘ってきた。
高校3年生にもなると、受験組、就職組と別れて、忙しくなる。だから、3年に上がる前に思い残すことがないようにしたいと友達に言われたのだ。
「宮城さ、上手すぎ。誘った俺より上手くなるなよ。な、せっかくだしさ、オーディションでも受けてみようぜ。」
「オーディション?」
「そうそ、ダンスグループのオーディションあるみたいでさ、高校生活の記念に。俺、一人で受けるの恥ずかしいし、一緒に受けてくんね?」
「まぁ、いいよ。」
受かるなんて思ってみなかったダンスのオーディション。
オーディション会場に行くとかそんな事はなくて、3分の動画を撮って、送る。それだけだった。
動画を送ったことを忘れていた頃に、一通のメールが着ていた。
「わ!宮城、受かってるじゃん!」
それは、1次通過のお知らせのメール。
ちょっと信じられなくて、それでも、誰かに認められたという安心感がゆっくりと体を満たした。
そこからは、あっという間だった。
二次の試験としてオーディション会場で踊り、面接をして、とんとん拍子に色んな事が決まっていった。
気付いたら、事務所に所属していてデビューの話もするようになっていた。
まさか高校卒業後の進路が芸能活動だとは、ついこの間まで想像していなかった。
ダンスは楽しい。
野球とは違う楽しさ。
せっかく決まったことだから、自分に出来る精いっぱいをしよう。
現金なもので、自分に少しの余裕が出てくれば、野球の事も少しだけ考える。
押入に入れていた荷物を出して見たとき、まるで10年以上仕舞っていたかのような感覚になり、グローブの表面をそっと撫でた。
軟式用のグローブは、革が薄くて、仕舞い込んでいたせいで少し硬かった。
一番身近だった野球が、まるで余所行きの顔をした家族みたいに感じる。
紺色のグローブにポタリと水滴が落ちて、自分が泣いていたことを知った。
その涙が何か隔たりをも一緒に流してしまったのか、そこから、ポツリとポツリと野球に触れ始めた。
好きかどうかわからなくなったけど、どうしてもやっぱり好きな物。
プロ野球のニュースよりも、自分と同世代が活躍する高校野球が気になるのは当然だった。高校野球はなんだか特別で、憧憬の眼差しも込めて見ていたと思う。
そんな時に見つけたのが、彼だった。
俺がもう一度野球を好きになった切っ掛け。
『令和の怪物現る!?驚異の163キロ!!』
そんな煽りだった。
それまでの高校記録とタイのはず。
「163……?」
凄い。本当に?
そのニュースを食い入るように見た。大きな体、勢いのあるフォーム、真剣な表情。
これが、同じ高校生??
自分の中の何かを鷲づかみにされた気がした。
それから、何故か佐々木朗希の情報を追っかけるようになった。
野球というスポーツが好きだったけれど、特定の選手だったり、チームが好きだったことはない自分には大きな変化だった。
彼があの大震災を経験してきたことを知った時は、胸が締め付けられるようだった。
きっと野球が出来ない時期もあっただろうに、それを乗り越えて、歩んできた彼を尊敬した。
テレビに映る姿はなんとも真面目で素朴そうな姿だった。
インタビューアーの質問にオウム返しで応えていて、質問した方のインタビューアーの人が困っていて、笑ってしまった。
令和の怪物も可愛い所あるんだ。
相手がどうしてその質問をしているか、わからないのかな。何が聞きたいのかわかってないのかなと思った。
その佐々木朗希投手が、可愛いなと思った。令和の怪物なのに。

結局、落ち着ける場所がなくて、ひたすら歩いて時間を潰し、控え室に戻る。
「あ、宮城、マネージャーさんが捜しとったで」
「そうなんですか?なんだろ」
先輩からそう声をかけられて、何か用事があった思い出す。
自分の背後のドアがノックされる。入るよと声かけした後、マネージャーさんが顔を覗かせた。
「宮城、戻ってる?」
「噂をすれば。」
「あ、宮城、佐々木朗希投手好きだったよね?」
「はい」
「彼が所属しているチームの始球式の仕事あ「ありがとうございます!やります!」」
「めっちゃ食い気味やん」
「可愛いよな」
「福さん、甘やかしてません?」
「え?可愛くない?」
「……可愛いですけどね」
外野の会話は気にせず、マネージャーさんに続ける。
「え、サインとか貰えますかね?」
「仕事の内容的には始球式ってだけだから、会えるかどうかとかわかんないよ?」
「そっかぁ。先発の日とかじゃ無理ですもんね。でも!始球式なんて、光栄なことですし、嬉しいです!」
「俺、今日の曲、めちゃ気持ち良く歌えそうです」
「良いじゃん!良かった」
先ほど心配してくれた亮さんに報告すると、笑顔で応えてくれた。
そうだ!グローブ新調しよ!
俺のイメージカラーのピンクで作って貰おう。
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