skmくん受け1

□ベゴニアの囁きは甘く耳元で
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あ、やばい。


そう思うのはいつも手遅れな時だった。
体調の変化に鈍感な俺は、その日調子が悪くても、なんでだろう?と思うばかりで、原因がわからない事が多々ある。だけど対処のしようもなく結局、活動限界ギリギリで倒れそうになる。
その瞬間に「あ、俺体調悪かったんだ」とようやく気づくのだ。

今日もそうだった。

仕事の帰り道、家に向かう途中で、突然目眩を起こした俺は道端に寄ってその場に蹲み込んだ。ぐにゃりと視界が歪んで目が回る。目を瞑っても、世界が回転してるのか自分が回転してるのか平衡感覚なんてものは無くなって気持ち悪くなってくる。
最近忙しかったのもあるかもだけど、多分さっき俺を何度も射精させて挙げ句の果てにコップに溜めた俺の精液を飲み干すというやばい客のせいもある気がする。生気を吸われるとはまさしくこの事だ。


「お兄さん、大丈夫!?」


早く家に帰ってご飯を食べてお風呂に入って寝たい。あと十分も歩けば家に着くのだ。だから早く目眩が収まることを祈った。...なんだか、誰かが俺に声をかけてくれた気がしたけど、気のせいだろうか。段々遠のく意識の中、その祈りも虚しく俺はその場に倒れた。スーツ姿の男が俺に声をかけてくれていた事に気づいたのは倒れた瞬間で、そのまま俺は意識を手放したのだった。


***


俺は、よく少女漫画で見かける「運命の相手」という言葉に憧れを持っている。
昔から恋愛対象は男で初体験は高校2年生だった。相手は年上の大学生で俺が所謂ネコで初めては痛いってよく言われるからビビっていたのだけど、相手がうまかったのか俺に素質があったのか、最初は違和感こそあったけれど、最後は後ろで気持ちよく終われたのでいい思い出となっている。
それから高校を卒業して大学に進学して、一般企業に就職したけど、その仕事が自分には合わずにやむなく退職。
しばらくフリーターとして働いていたが、そのバイト先で再会した大学の後輩だった目黒(めめって呼んでる)に「一日で数万稼げるいい仕事ありますよ」と紹介されて飛びついた。
めめは大学でも噂になるくらいのイケメンだ。顔が整っていて高身長で手足も長く見た目もだが男らしい性格もあり、男女問わずモテた。そして俺の性的指向を知る数少ない人間でもある。
ちなみに本人はバイセクシャルでその当時は関西弁の恋人が居て今もその関係は続いているそうだ。羨ましい。
そんなめめから紹介された仕事が「男娼」だった。一日で数万稼げる仕事というのは、やはりそれなりの対価があるわけだが、生憎セックスが好きな俺はその話に乗り、紹介先に面接に行って見事に受かった。その時に仕事用のスマホを持たされ仕事の依頼が来たら依頼先に向かう、という感じでこの仕事は数年続けている。普通のバイトよりも稼ぎがよく、尚且つ俺も気持ちよくなれるのだからやめる理由も特になく、まさに一石二鳥なのだ。
そうして俺はその道のプロになった訳だけど、基本的には客の要望に応えて奉仕する事が優先される為に、俺がしたいセックスがあまり出来ていないというのが悩みだ。
大学時代は時間も余裕もあり遊んでいたので良さげな男を自分で選んでセックスをしていたけど、今の俺にはその選択権がない。仕方ないけど。
だけど、俺は「俺のタイプの好きな人と甘々なえっち」というものをしてみたい。実はちゃんとした恋愛をしたことが無いのである。セックスが好きで快楽が得られればそれでいい、という駄目な思考の俺は、付き合った人こそいたけど、それは告白されて付き合っただけで、その人が大好きだったかと言われるとイエスとは即答できなかった。
でも、そういうオーダーをしてくる客も居るので甘々えっちが出来ない訳ではないけど、それはあくまでも「客」となので、「好きな人」とはまた違ってくる。仕事の合間を縫ってそういう人を見つけられれば良かったけど、ある程度顧客が付いている俺にはそんな時間も体力も無く...。さらに身体を売るという仕事をしている奴なんて相手にもされないだろうとほぼ諦めていた。だから運命の相手が現れてくれないかな、なんて少女漫画みたいなありえない展開をどこかで期待していた。


でも、今日。その運命がやってきたのだ。


パタン、と扉の閉まる音でぼんやりと目が覚めた俺は、見覚えのない天井の部屋のベッドに寝かされていた。どこだここ?と覚醒しきっていない頭で考えていれば、横から男の優しい声色が聞こえる。


「あ、起きた。大丈夫?」


そちらに目線をやれば、Tシャツにジャージというラフな格好をした男がこちらに近づいてくる。
その男は黒髪の肌は色白で黒縁の眼鏡を掛けていてその中にある色気のある眼が特徴的な所謂イケメンだった。その時、俺の脳に電撃が走った。
この男、めっちゃ俺のタイプだ。
よく見れば片耳に金のフープピアスが二つ連なっていてちょっとだけチャラそうな雰囲気があるのもまたいい。久々に出会えたいい男を凝視していれば、男は「えっと、俺の顔になんかついてる...?」と困惑していて、俺はハッとした。


「あ、すみませんっ...。というか、ここ...。」

「えっと、どこから話せばいいんだろ。あ、俺深澤って言います。深澤辰哉。まず...。」


そうして深澤さんは俺がここにきた経緯を話してくれた。
深澤さんが帰路に着いていた時に道端で蹲っていかにも具合が悪そうな俺がいて声を掛けたら倒れてしまい、深澤さんの家がそこから五分もしない所にあったのでとりあえずここまでおんぶで運んできてくれたらしい。
そこまで話されて俺はようやくその時の状況を思い出した。そうか、倒れる直前に話しかけてくれたのは深澤さんだったんだ。


「勝手に家に運んできちゃってすみません。」

「いやいや!むしろ謝るのは俺の方です!ご迷惑をおかけしました...すみません。でも、ありがとうございます。とっても助かりました。」

「なら良かったです。どうします?まだ具合悪いならうちに泊まっても大丈夫ですけど...。」

「え!?いや!これ以上は迷惑掛けられないので帰りますよ!俺のうちも倒れたところから十分もかからないんで!」


これ以上お世話になるのは申し訳ないと思ってベッドから抜け出した瞬間、また目の前がぐにゃりと歪んで倒れそうになったが、深澤さんが俺を抱きとめてくれたと同時に俺の腹の虫がグゥーと大きな音を立てた。


「...っ!ご、めんなさい...。力入んなかったです...。」

「はは、大丈夫ですよ。てかお腹空いてますよね?お粥ぐらいなら作れるんで、持ってきますね。それと、やっぱり今日は泊まっていってください。もし帰る途中でまた倒れたら大変なんで。」


そう言って深澤さんは俺をベッドに再び寝かせてこの部屋を後にした。俺は迷惑をかけている事に申し訳なさを感じながらも深澤さんの優しさに甘えることにした。
それにしても抱きとめられた時、深澤さんから香水なのか柔軟剤なのか分からないけど、めちゃくちゃいい匂いしたな...と場違いな事を考える。というか、このベッドも深澤さんがいつも寝ている...、と考えて首を左右に振った。
善意でここに居させてもらってるのに不埒な事を考えるな俺。でも俺のタイプの男が目の前にいて落ち着いていられるはずもない。なんとか連絡先交換できないかな。なんて考えながら部屋を見渡せば、何故かぬいぐるみが多く置いてある部屋の隅にある本棚に目が行く。ビジネスマナーとか自己啓発本が置かれていて、ああサラリーマンなのかなと連想して、ふと見たことのある背表紙が目に入った。あれって...、と思っている間にまたガチャりと部屋の扉が開き深澤さんがお粥が乗ったお盆をもって入ってきた。


「あの、深澤さん。あの本って...。」

「ん?ああ、俺の好きな漫画なんですよ。少年漫画なんですけど、もしかして知ってます?」

「もちろん知ってます!俺もその漫画持ってるんで!というか他の漫画も、俺持ってるものあります!」


そこから、この漫画持ってるとか、アニメの話や、ゲームの話など、深澤さんとは意気投合し、話は大いに盛り上がり作ってもらったお粥もしっかり美味しかった。


「ごちそうさまでした!美味しかったです!」

「なら良かったです。ところでお兄さんって名前なんて言うんですか?」

「あ、名乗ってなかったですね、俺は佐久間大介です!」

「佐久間さんね、歳は?」

「今年26歳ですよー!」

「お、同い年だ。じゃあ気軽にいきましょ、俺のことふっかって呼んでもらっていいんで。」

「お、じゃあ俺のことは佐久間って呼び捨てでいいから!」

「おっけー。じゃあよろしくね、佐久間。とりあえずお皿片付けるね。俺はリビングのソファーで寝るから何かあったら呼んで。佐久間もそのまま朝まで寝てていいよ。」

「わかった、...ふっか、ありがとう。」

「どういたしまして。じゃあ、おやすみなさい。」


パチンと部屋の電気が落とされて、お盆をもって部屋からでるふっかの背を見送ってから俺は布団へと入り直した。


「(〜〜っ!顔もタイプで趣味も似てるところがあって...これって俺の待ちわびた"運命"ってやつじゃん!)」


現実じゃそうそう無いよな、とほぼ諦め掛けていた運命の出会い。それが今日、本当に起きるだなんて数時間前は想像もしてなかった。しかもシュチュエーションも憧れの少女漫画チックだ。自分でも顔が火照るのを感じた。
でも多分ふっかはノンケだよなあ...。ノンケってどう落としたらいいんだろう。それに落とす以前に俺の恋愛対象が男ということは百歩譲っていいとして、男娼をしている事を知られたら間違いなく引かれる。
でも俺のドタイプなイケメンで趣味も合うところがあって...、そんな男とはもう出会うことなんてないかもしれないと思えば、頑張ろうという気持ちになってくる。
暗くなった部屋の中で今後の作戦についてのあれやこれやと考えていた俺だったけど、空腹が満たされたことによって眠気が襲ってきて瞼がだんだんと重くなってくる。
とりあえず明日連絡先を聞こう、と思って本日二度目の眠りに入った。
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