skmくん受け1

□清秋
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その日は山間の小さな集落でのロケで、仕事もそれだけの比較的緩いスケジュールだった。
未成年が居るので終わりの時間は厳守だが、それでも大分余裕のあるもので、休憩では皆好き好きに過ごしていた。
よく晴れた空で、標高が高いのと田舎なのもあって都会よりずいぶんと過ごしやすい気温で散歩に出るにはうってつけだ。



「あ、かなぶん」
「え?!うわ、やめろおまえっ、」
「あはははは、え、かなぶんも苦手なの?」
ぐるりと林に囲まれたような空き地をてくてく歩き、段々に下っていく土地はもともと畑か田んぼだったのだろうか。
いまは雑草が地面を覆い尽くしていて元の形がわからない。
衣装に止まった虫を掴んで目の前に持ってくると、都会でもよく見かける昆虫で、隣りに居た渡辺へ見せてみるとひと飛びで三歩分も飛び退き、その慌てぶりに佐久間は声を上げて笑った。
刺すわけでもない虫をそこまで怖がる意味が、平気な自分には分からないけれど、「さっさと離せよ!」と大きな声で言ってくるのでバイバイと摘んでいた小さな昆虫を空高く投げる。
「…ほら、しょーた、もう持ってないよー」
「……おまえマジで信じらんない」
なんであんなの持てんの、と警戒しながら寄ってくる虫嫌いの恋人へ、持ってないアピールをするように両の手のひらを見せながらひらひらさせた。
「…あ、ちょっと待って。───もしもし?」
誰かから連絡が入ったのか、渡辺は近づいた距離をスマートフォンで通話しながらまた少し離れた。
すぐ後ろに広がる林で時折ガサガサと音がするのでなにか動物でも居るのだろうか。
こういうところにウサギとかいるのかな、と音のする方へ近寄って行くと、「えっ?!」という渡辺の驚いたような声が聞こえた。
いったい誰からなんの連絡なんだろうと振り返った時、視界の端を影が過ぎった。



「えっ?!…不審者?」
連絡してきたのはマネージャーからで、なんでも警察に追われた刃物を持った不審者がこの辺りに逃げ込んだらしい。
詳細な場所や情報はまだ分からないけれど、危ないからすぐ戻るようにと言う事だった。
了解の意を伝え、佐久間に戻ろうと声を掛けるため振り返ると、小柄な彼のすぐ背後にさっきまで居なかった大柄な男が立っていた。
嫌な予感に全身が総毛立つ。
「佐久間っ、後ろっ!!」
「…………っ?!」
彼が反射的に振り返りながら後ろに身を引いたのはさすがの身体能力と言うところだろうか。
「走れ!!」
太陽の光にギラリ鈍く光る振り下ろされたナイフを寸ででかわしたのはいいが、突然のことになにが起きたのか理解出来ていない頭は次の動きを身体に指示出来ないのか、その場に留まってしまった佐久間へ渡辺は走るように言葉を投げた。
それが届いたのか弾かれたように佐久間は走り出し、それを追うように男もまた走り出した。

最悪だ。

渡辺は自分も逃げるために走り出しながら、スマートフォンでマネージャーに最悪の展開になっている事を連絡する。
向こうでは蜂の巣をつついたような騒ぎになっているのが受話器越しに伝わってくる。
とりあえず警察には連絡したから早く逃げて来いと言う事だが、逃げ切れるのかどうか。
「───翔太?!なんで、」
「いいからっ、早く走れよ!!」
通話している間にようやく並んだ佐久間の腕を掴み、さらに加速して走り出す。
佐久間の足は遅い。
飛んだり跳ねたり軽やかに踊るというのに運動神経は驚くほど悪い。
足の早い渡辺に腕を引かれ、懸命に足を動かすがもともとの運動能力が違う上に以前は田んぼか畑かという荒地であるため下草や窪みに足を取られ転びそうになる度、強く腕を引かれて体勢を立て直す。
しかし、男との距離は縮まるばかりで、時々振り返る渡辺の表情にも焦りが見える。
このままでは、自分のせいで彼の身にも危険が及んでしまう。
「…翔太、手、離して、」
「バカっ、出来るか!」
「ひとりだったら、逃げ切れるでしょ、」
「っ、だからっ、───あ!」
「わ…っ」
でこぼこに躓き、佐久間が転んだ瞬間に引っ張られていた腕が離れた。
走っていた方もその勢いが簡単に止まるはずもなく、十数メートルほど進んでしまい、とって返そうとしたところでここまで全速力で走っていたため膝から力が抜けてその場に崩れ落ちてしまった。
「さくまっ」
「ダメだ、戻るな翔太!」
「でも佐久間が!」
駆けつけた岩本や宮舘に抑えられた渡辺はふたりを必死の形相で振り仰ぐ。
見れば佐久間も同じようにその場で膝をついたまま、動き出そうとして出来ずにいた。
男はもうすく側まで迫っている。
「大介……っ!!」


「──────!」
遠くで叫ぶ恋人の声が急に膜が張ったように聞こえなくなった。
膝どころか身体中うまく力が入らず立ち上がれない佐久間の目の前に到達した男は、逆光でよく見えないがくちもとだけはニヤリと歪んだ笑みを浮かべたのがはっきり目に映った。

ヤバい、マジで死ぬかも。

振り上げられたナイフが冷たい光を放つ。
こんなところで死ぬのは嫌だ。
襲撃犯から目を離さないまま手が荒れた地面の上を彷徨うが、なにか反撃の武器になりそうなものに触れることが出来ない。
瞬きせず大きな目を見開いて、男の聞くに絶えない雄叫びとともに振り下ろされたナイフの切っ先をしっかりと見据えた。

ただで殺られてなるものか。

だがその時、視界の端から影がひとつ飛び出した。
誰、と誰何する間もなくその影は勢いのついたナイフを持つ腕を、カウンターを打つが如く思い切り蹴り上げガードが開いた瞬間右脚を軸に、左脚で上段後ろ回し蹴りを繰り出して踵を男のこめかみにヒットさせ、男はそのまま荒地に沈んだ。
「さっくん!どこも怪我ない?!」
「………………こーじ…?」
「ああ?!ほっぺた血ぃ出てるー!!」
突然現れた影は年下メンバーの向井で、半泣きのような表情で振り返ったその姿と先ほどのギャップに佐久間は、呆けたようにぽかんとするのだった。





直後に警察と救急隊が到着し、脳震盪を起こした男は警察によって逮捕、連行されて行った。
「…しょっぴー?」
「あ、康二」
集落の公民館を借りて警察から事情聴取されたり、救急隊に同行の医師によって怪我の手当をしてもらったりして気付けばあれから一時間以上の時間が過ぎていた。
その集落の公民館は規模の割りに広い作りで部屋が複数あり、警察などのひとが居るのとは別の部屋に向井は顔を出した。
部屋のなかには、縁側の向こうの掃き出し窓を開け放ち、畳の上で後ろ手に足を投げ出して座ってひと騒動あったとは思えないほど長閑な風景を眺めている渡辺と、その隣でころりと丸まって転がる佐久間が居た。
「…さっくんは?寝てるん?」
「うん。…康二は?足、大丈夫?」
「おん。打撲やって言われた」
脚をぎこちなく引きずってひょこひょこ室内に入り、渡辺の隣りへ座り込み、その横の佐久間を覗き込むように首を伸ばす。
ふたつに折った座布団を枕にすぅすぅと小さな寝息をたて、穏やかに上下する肩に健やかな眠りを感じさせた。
渡辺は顔にかかる髪を避けてやるため身体を起こし、後ろについていた手で眠りを妨げないようにそっと払う。
もう片方の手は、眠る佐久間としっかり握られていた。
「……康二」
「……ん?」
「ありがとう。こいつ、…佐久間を助けてくれて」
「……いやぁ、もうなんか必死やったから」
しっかり顔を合わせ真っ直ぐに礼を言われて向井は照れたように目を伏せた。


あの時、向井は深澤やラウールとともに、渡辺たちの次に犯人の男に近い場所にいた。
当然こっちにも不審者情報が入り、怖がる最年少を宥めてみんなが居る場所に戻ろうとした矢先、逃げてくるふたりを見つけ、そして佐久間が転んでふたりの手が離れるのを目撃してしまった。
「───ふっかさん、これ持って先逃げて」
「康二?!……おい、待てっ、」
持っていた大事な一眼レフカメラを深澤に託し、向井は逆行するように佐久間のもとに駆けつけた。


「あん時もう、早くさっくん助けな!と思って夢中やったけど、もう一回やれ言われたら無理やなぁ」
「て言うか、来るのがそもそも間違ってるから」
「…えへへ」
その時の事をいま思い出すと、正直身体が震える。
メンバーを助けるためとは言え、ただの素人がよく刃物を持った人間の懐に飛び込んだものだ。
いくら格闘技を習ったことがあるとは言え無謀な事だと、あとで警察や大人たちから注意されてしまった。
でも。
「……でも、あそこでオレが飛び込まんかったらしょっぴーが行ったやろ?てるにぃたち振りほどいてでも」
「………………」
「それはな、アカンて思った。大事な人がふたりいっぺんに居らんくなるかもって」
佐久間を庇って渡辺が刺されるところも、もしかしたらふたりとも刺されてしまうところも見たくないし、渡辺が佐久間の目の前で刺されてしまった時の、その後の事も想像したくない事だった。
「……だからって、康二が怪我した場合でも同じことだからな」
「……うん」
もう一度チラリと眠る佐久間へ目を向ける。
色の白い頬に大きく貼られた真っ白な絆創膏。
髪の長さも少し不揃いになっている。
男の刃物は最初の一撃で傷を付けていた。
鋭利なまでに研がれた刃のおかげとでも言うのか、痕は残らずきれいに治るだろうと言うことだが、あの白い頬に真っ赤な血が流れているのを目にした衝撃は。
「………………さっくんが、無事で良かった」
男の踏み込みがもう一歩深ければ。
佐久間の最初の避け方が浅ければ。
渡辺の声が一瞬でも遅ければ。

もしかしたらいまここで見ているのは穏やかな寝顔ではなかったかもしれない。

「……なんでおまえも泣いてんだよ」
「泣いてへんし!」
両手で顔を覆い深く大きく息を吐いた向井に、渡辺が苦笑してかけた言葉にパッと顔を上げたが、鼻は赤くなり目も潤んでいるのだから語るに落ちる。
「……てか、も、ってなんなん」
「さっき、佐久間が寝る前にラウールが来て泣きながら絆創膏貼ってったの」
見れば確かに、佐久間の半袖から伸びた腕や手指、ハーフパンツを履いた足にも大小様々な絆創膏や湿布が貼ってあった。
頬や転んだ際の目立つ外傷は医師が手当てしていったが、その他の細かい傷は消毒のみだった。
並んで手当てを受けて、風呂入ったら死ぬほど染みるだろうな〜、と笑っていた時はここまで絆創膏など貼られていなかったはずだ。
「両手いっぱいに絆創膏とか湿布に消毒液抱えたラウールとあべちゃんが来て、すっごいちっさい擦り傷まで消毒して絆創膏貼っていくんだよ」
「見えるとこの傷はお医者さんがしてくれたけどな」
「そうだな。二回も消毒されて佐久間が痛いって訴えても『生きてる証拠だから我慢して!』ってボロボロ泣きながら絆創膏貼ってた」
「………………」
「あべちゃんは泣いてはなかったけど、ものすごい無表情で、それはそれで怖かったなぁ」
「……なんか、想像つくわ」
ほかのメンバーも入れ替わり立ち替わり顔を出して特訓を言い渡したり何も言わずにただ強くハグをしていったと話しつつ、空いている手でそっと柔らかい髪を梳き、頬の大きな絆創膏の上をそろりと撫ぜる渡辺の優しい手つきと表情から、遠くのオレンジがかった山肌へと目を移して緩やかに濃紺へ変わりゆく様を眺めた。








ここから下がおまけです。





すっかり夜の帳が降りた頃、ようやく全員が解放された。
ロケバスへは寝起きでぽやぽやしている佐久間は目黒におぶわれ、渡辺は宮舘に、向井は深澤に肩を借りて乗り込み、都内へ戻って解散した頃には予定よりずいぶんと遅い時間になっていた。
這う這うの体で家に帰り着いた渡辺と佐久間はソファーにぐったりと沈む。
それでも片手はしっかりつながれたまま。
「…………翔太」
「……ん?」
「ありがと。…引っ張って逃げてくれて」
「…途中までだったけど」
「足元悪かったもん。仕方ないよ。そんなところで走んの遅いおれ引っ張るの大変だったと思う。でも、転ぶまで全然手ぇ離さなくて…、……おれのこと、置いて逃げてくれたらいいのにって、ちょっと思ってた」
そう言うと、繋いだいた手が痛いくらいの力で握られる。
「痛いよ、───しょ、ぅた?」
「バカなこと言うからだろ」
強く握られた手をそのままぐっと引かれ、その勢いで渡辺の腕の中に収まった。座った姿勢のままだったので少々窮屈だったが、背中に回った手を黙って受け入れ、自分も同じく薄い背中に腕を回した。
手のひらに細かい震えを感じる。
「……ほんとに、…いなくなるんじゃないかって、」
「……うん。…ゴメンね」
自分より大分怖がりな彼が、殺されるかもしれない恐怖の中、それでも懸命に足を動かし自分を引っ張って逃げてくれたおかげで、いま、ここに居る。
「ありがとう、翔太」
そう言うと、さらに強い力で抱きしめられた。
細い肩に頭を預けてすり、と擦り寄ると「さくま、」とこれほど近くに居なければ聞こえないほどの小さな声で名前を呼ばれ、「うん」と頷き返す。
何度も呼ばれ、何度も返すその声は次第に涙が滲んでいて。

手が離れたあの時。
最愛のひとを失うかもしれないと腹の底から恐怖を感じ、これで最愛のひとを守る事が出来ると心底安堵した、あの瞬間。
お互いに思ったことは真逆な事だけれど、失くせない大切な存在だと気づいた。
いま改めてこの腕の中にあるあたたかな体温を、この先もずっとすぐ傍で守り続けるのだと、お互いに決心したことがちらりと見合わせた目で分かってしまい、しばし見つめ合ってから目を伏せ、そっとくちづけを交わした。
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