ハニ受け2

□花と睡る幻想
1ページ/1ページ

白。
目に沁みる程の、純白。
思わず数回瞬きをして顔を上げると、ジョンハニヒョンがいつもの微笑みを浮かべながら目の前に立っていた。
周りを見ても、ここにはヒョンと俺しかいない。
ヒョンは何も言わない。ただ微笑んで立っていた。
手を伸ばせば触れられる距離。
ヒョン、と呼ぼうとするけど何故か声が出なかった。
はくはく、と言葉になれなかったそれが空気となって口から落ちる。
ヒョンは何も言わない。ただそこに居る。
不安になって手を伸ばし、ヒョンの白く綺麗な手に触れた、瞬間、
ヒョンの手は、白く弾けて、空気に溶けた。
虚しく宙を切る俺の手。驚いてヒョンを見る。
きゅ、と猫のように細まるヒョンの綺麗な甘栗色の瞳。
ヒョンが、なにかを言った。
聞こえなかった。
何、聞こえない。ヒョン。
慌てて手を伸ばしたけどもう遅くて、俺の手はヒョンをすり抜けた。
跡には、何も残らなかった。







ーーーーーーーーーーーー……








酷い夢だ。


息苦しさに目が覚めた、午前三時。
目覚めるにはまだ早すぎる暗く静まり返った部屋の中。
自分の心臓だけが皮膚の下でばくばくと暴れていて気持ちが悪い。薄っすらと額には汗が滲んでいた。
身体を起こし折り畳んだ膝頭に顔を埋める。
夢だというのに、あまりにも鮮やかに瞼の裏で光景が蘇る。
掴み損ねたあの感覚さえ、手のひらにまだじわりと残っていた。ただの夢のくせに生意気じゃないか。ああ、嫌だ。
あんなこと、ある筈がないのに。



気付いたら、俺の足は自分の寝床を抜け出して隣の二段ベッドへ向かい、上にがるための梯子に静かに足を掛けていた。
下の段ではクプスヒョンが穏やかな寝息を立てている。
かちかち、やけに大きく聞こえる秒針の音。
梯子を上った先には、いつもの癖で横向きに少し身体を丸めて眠るヒョンがちゃんとそこに居た。


「……ジョンハニヒョン、」


安堵と共に確かめるようにヒョンの名前を呼ぶ。
決して大きな声では無かったのに、ヒョンの睫毛が微かに揺れる。
あ、と思った時にはもう遅くて、夢と同じ甘栗色の瞳が俺を捉えた。


「ヒョン、」
「ん……ジフナ…、どうした…?」
「……、」


名前を呼んで起こしたくせに、そう聞かれると咄嗟に答えられなくて黙り込んだ俺に、ヒョンは嫌な顔一つせず、おいで。とただそれだけ言って、俺の肩を抱き寄せ、一緒の布団に入れてくれる。
怖い夢でも見たの?
大人しくヒョンの腕に頭を預ければ、そっと抱き込まれた。
ヒョンの腕の中は、暖かくて、柔らかくて、いい匂いがして、やさしい。酷く安心して、何だか目の奥が熱くなったのを誤魔化すようにその問いに頷く。
うん、たぶんそう。
そしたらジョンハニヒョンは小さく笑って、そうかーよしよし、っていつもみたいに緩い喋り方でそう言った。
布団の中で、ヒョンの足に自分の足を擦り寄せる。ヒョンの足は温かくて初めて自分の足が冷え切っている事に気がついた。俺の足の冷たさに驚いて身体を揺らしたヒョンに謝ると、もーなんでこんなに冷たいのって怒りながらより深く抱き込んで当たり前のように体温を分けてくれる。
いつもは悪戯好きで、どこか掴み所のないヒョンだけど、一度心を許した人間にはどこまでも甘く、愛情深い人だ。
手酷く扱ったら簡単に折れてしまいそうな薄い身体で、いつもしっかり俺や弟達を抱き締めて、守ってくれる。
何にも代えられない大切な、俺の兄さん。


「ジフナが、こうして俺のところに来るのは初めてじゃない?」
「そうかも」
「ホシやスングァニは良く入り込んできて睡眠妨害してくるけど」
「明日あいつらにキツく言っておきます」
「はは、頼んだ。まぁ、可愛いから良いんだけどね。ホシも、スングァニも、勿論お前も」


いつでもおいで。
ヒョンは俺の頭を撫でて、そのままぽんぽんと背中をリズム良く叩く。幼い子を寝かしつける時のあやし方なのに、全く嫌な気はしなくて、それはきっとジョンハニヒョンだからこそだと思う。
二人分の体温が混ざる布団の中で、ジョンハニヒョンとぽつぽつとする会話は、二人だけの内緒話のようで少し擽ったい。
明日はオフだからゆっくり寝て居られるね。
朝ごはんは何を食べよう
ジフナは明日何をするの?
作業場に籠る?
俺?俺は何をしようかな。
散歩に行くのもいいし、一緒に行く?
考えときます。
そっか、楽しみにしてる。
ジョンハニヒョンの声と、体温と、心音がじんわりと染み込んで、少しずつ心が解れて行く。
そのうちヒョンの声がだんだんと遠くなって、

「…おやすみ可愛いジフナ、いい夢を」

額に柔らかな感触が触れた時にはもう夢か現か分からなかった。








−−−−−−−−−−……




夢を見た。

「おはよう、ジフナ」
「おはようございます、ヒョン」

なんだかとても、良い夢だった気がする。
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ