ハニ受け2

□秘密
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ウジの秘密を知っているだろうか。ファンが抱くウジことイジフンのイメージといえば、硬派・照れ屋・仕事人間・奥手・クール…と男らしいイメージの言葉が並ぶ。そしてさすがいつも側で見守ってくれているだけあるというべきか、それらは概ね当たっていた。ただし、家族のように過ごしてきた数年間で仲が深まった俺たちメンバーといる時の印象は、少し違っているかもしれない。



ジフンはよく笑いよく喋るようになった。最近のオフショットやライブ配信を見ていれば何となく分かる、というファンも多いだろう。もちろん、秘密というのはそんなに分かりやすくて簡単なものではない。いや、俺にとってはとても分かりやすくて簡単だけれど…他の人からするときっと想像も出来ない姿なのだろう。そんな、皆のイメージとは少し違ったイジフンを俺は知っている。



お互い人見知りなことと年上の後輩という微妙な関係のせいか、ジフンと出会ってすぐはなかなか話す機会がなかった。その頃から歌もダンスも上手で才能溢れていたジフンは同じ練習生とは思えずに、つい敬語で話し掛けてしまったこともある。メンバーも多かったのでなかなか親しくなる機会もなく、ジスも言っていた通り打ち解けるのに一番時間が掛かったメンバーだった。デビューが決まり、初めてのテレビやコンサートと慌しく過ごす中でメンバー同士で話す機会が増え、それから自然と仲良くなったのだ。



ジフンは当時伸ばしていた俺の髪が気に入っていたのか、ミンギュよりも頻繁に髪を整えてくれていた気がする。しかしその後短くなった俺の髪にも触れたし、肩や膝で眠ったし、いつの間にか態度が違いすぎる!とスニョンがプリプリと怒るほど俺を慕ってくれるようになった。控えめに触れてくるジフンはシャイな男子高校生のようで、とってもかわいい。そう、ジフンが俺をかっこいいといつも褒めてくれていることはメンバーもファンも知っているので、これも秘密ではない。



きっかけになったのは、宿舎を二つに分けたことだろう。引越しをするにあたってスンチョル・ミンギュ・ジフンという四人のルームメイトはあっけなく解散になったし、俺は一人部屋になりジフンとは宿舎も別になった。朝起きて隣のベッドを覗くと見えた天使のような寝顔にもう会えないと思うと、少しだけ寂しくなる。



そんなことを考えながらぼんやりと部屋の荷物を片付けていると、コンコンと小さくドアが叩かれた。遊びに来たのはジフンだ。俺の顔を見るなり、はぁ…と息を吐いて静かに近付いてくるジフンがついに目の前に立つ。ジフンはそのまま手を伸ばした。床に腰を下ろしてダンボールの中身を覗いていた俺は、なぜかジフンに抱き着かれている。
「ミンギュが片付け始めた」
「なるほど、逃げて来たんだ」
同じ部屋を使っていたから分かる。ミンギュは掃除中の小言が多いのだ。ぶつぶつと文句を言いながら、自分が勝手に始めたくせに手伝わせようとする。



労うように背中をぽんぽんと叩くと、首にまわった力が強くなった。段々と凭れて重くなっていく体を受け止めるのも大変だ。
「ちなみに俺も今から荷物整理しようかなって思ってたところ」
「え〜やめなよ」
「お前がそうしてる限り出来ない」
「それはよかった」



ジフンは本当にそれからしばらく動かなかった。何も言わないし俺も動けないし、よく分からないまま時間は過ぎたけれど、思えば同じ部屋を使っていたというのにこうしてジフンと二人にはほとんどならなかったことに気付く。ジフンは作業室にいることが多いし、スンチョルやミンギュもいたし。一人の時間が出来るのも久しぶりだな…と考えていたところで、満足したのかジフンはそれはもうあっさりと出て行った。



そんなことがあってから、ジフンは時間を見つけては俺の部屋に来るようになった。ただ向こうの宿舎であった他のメンバーのおもしろい話を聞かせてくれたり、何も言わず床に寝転んだり、俺がいようといまいと関係なく自分のペースで過ごしてしばらくすると何も言わずに出て行く。帰る前の合図のつもりなのか、ジフンは必ず俺の肩をぎゅっと抱いて出て行った。



初めは、他のメンバーの部屋にも同じように遊びに行っているだと思っていた。俺も暇があれば同じ宿舎のメンバーの部屋に勝手に入ったりするし。けれどどうやら、ジフンは俺の部屋にしか出入りしていないというのだ。確かにジフンは俺を慕ってくれている。けれど、どうしてここに来るのか分からない。



音楽の話をするのならバーノンやスングァンがいるし、友達と気軽な会話を楽しむのならジュンやスニョンがいるのに。俺が何かしてあげられる訳ではない。大きな音で音楽を流すこと、自分以外の人がベッドに乗ることが嫌いだ。他にも色々と守ってもらいたい面倒なルールがあって、この部屋では十分に寛げないはずなのに。



「俺、何かお前にしてあげられることある?」
またジフンが気まぐれで部屋に入って来て床に腰を下ろすこと三十分。一言も発することなく過ぎた時間に満足したのか、ジフンはベッドに座る俺に手を伸ばした。いつもならばこのまま軽いハグをして何事もなかったように帰って行くだろうジフンを呼び止める。せっかく部屋に来てくれるのに、俺は何もしてあげられない。悩みを聞いたり…それくらいならば出来るだろうと思って。



「いいよ、俺が好きで来てるから」
「何にもないのに?」
「ヒョンがいるじゃん」
ジフンの手が背中に回り、引き寄せられると同時にその白い素肌に鼻が埋まる。それなりに身長差があっても、きちんと鍛えているジフンと筋トレ三日坊主の俺とでは上半身の逞しさが違う。ジフンは小さくて丸くてやわらかいイメージかもしれないけれど、その見た目のかわいらしさに反して意外と男らしい体をしているのだ。ああ、これは秘密と言っていいかもしれない。ジフンにこうして抱きしめられるメンバーは、他にいないから。



「じゃあどうしていつもこうすると思う?」
こう、と言いながら腕の力が強くなる。俺はジフンの胸で首を傾げた。何でだろう…帰りの挨拶?ジフンなりに甘えてくれてるとか?じゃなければ、ただ意味もなく?
「どうして?」
間抜けな俺の顔でも見たのか、ジフンがくすくすと笑い出す。
「ヒョンが俺を忘れないように、いつでも俺のことを考えるように」



ジフンのことを忘れる訳がないし、いつでも考えるという言葉も少し妙だ。あまりに直球ストレートな内容は、俺の頭では上手く処理出来なかった。
「ジョンハニヒョン、俺ヒョンのこと好きだから」
そんな戸惑いさえ予想していたかのようにジフンは真っ直ぐに俺を見つめてそう力強く言い放つ。それはそれは男らしい告白だった。



皆は想像出来ないだろう。甘ったるいラブソングのような言葉を、ジフンが平然と言えてしまうなんて。恥ずかしがる方がもっと恥ずかしい、というようにジフンは堂々とつい先ほど告白した俺の目の前に立っていた。こっちは顔から火が出そうなほどに熱いというのに、ジフンに慣れっ子のように振る舞われて少し悔しい。けれど俺は気付いてしまった。赤くなった耳の淵、肩に触れる指先の震え、これは明らかに俺しか知らないイジフンだ。


ジフンの話ばかりで疲れただろうか?ではここで、別の男の話をしてみよう。ジフンよりも大きな秘密を抱える、香水が嫌いなある男の話を。どうやら最近その香水嫌いの男に、好きな匂いが見つかったのだという。それは説明するのがとても難しく、そのまま最近よく部屋へ遊びに来る弟から抱きしめられた時にふわっと鼻を掠めて、ほんの少しだけ残るその瞬間の香りだった。その弟も普段から香水を使っているタイプではないのに、何とも言えない良い匂いがする。そしてその香りは弟の腕の中でしか感じることが出来ないものなので、いつも一秒を惜しく思いながら男は弟の肩に顔を押し付けた。



この匂いが消える前に…と男は想像してみた。部屋に来て一言も話さないことだってあるその弟が、もしも耳元で優しく囁いてくれたらなら。ぶらんと下に落ちた手を辿って、甘えるように親指を握りたい。そしてやわらかなキスをして、その瞳に映すのは俺だけ、いつでもどこでも俺のことを思い出して、そんなワガママを言いたい。もちろんそんなことが出来るはずもなく、男は今日も澄ました顔をしながら素っ気ない振りで弟を受け入れる。



俺はそんなある男でいたかった。自分を慕ってくれる弟にすっかり惚れてしまい、好きが募って何も出来ないある男のままで。しかしジフンの告白は、そんな俺の心を大きく揺さぶった。こっそりと泣いた心も、誤魔化してきた本当の気持ちもすべてが無駄になる言葉。予想通りといえば予想通りで、想定外すぎて考え付かなかったことでもある。その好きの意味を知りたかった。優しく過ぎた二人だけの瞬間を思い出しては、胸が高鳴ったりするのだろうか?何気ないスキンシップに苦しくなったり?それを好きと言うのなら、きっと俺はそれだけじゃ済まない。いつの間にか、自分でも知らないうちにジフンへの思いはそれほどまでに大きく育っていた。



「ジフナ」
俺はきっと、お前が思っているよりもずっとずっとお前のことが好きだよ。
「あのね」
俺が何度、お前に愛してるを伝えたか知ってる?バレないように小さく小さく切り刻んだくせに、一方では気付いてくれたらとも願いながら。
「俺…」
それ以上の言葉が出て来ない。誰にも言わずに一人で抱えてきたこの大きな秘密を、早くジフンに知って欲しかった。けれどこれまで必死に隠してきた気持ちを口にするのは、恐ろしいことだ。どうすればいいんだろう、何が正しくて何が間違っているのか分からなくなる。



「ジョンハニヒョン」
そんな優しい声で呼ばないで。
「こうして出会えたことも、きっと決まってたことだと思わない?」
囁くみたいに甘く、映画のセリフみたいにありきたりな話をしないで。
「ジフナ…俺、お前のこと」
弟としか思えない、そう言えば何が変わって何が変わらないのだろうか。頭で考えながら動くのは、とても疲れる。目線を下げて、声を出さないようにそっと息を吐いた。運命に決まってる、とその胸に飛び込みたいユンジョンハンを抑え込まなければならないのだ。



その時、ジフンの指が撫でるようにそっと頬に触れた。細くて長くて、淡いピンクのジフンの指が好きだ。いつもこっそりと俺に触れる手。
「好き」
そのせいで、俺は最後の最後で何とか掴まっていた良識から手を離す。ジフンの腕を引っ張って、自分の胸に抱き込んだ。頭を撫でて、丸いおでこにキスをして、小さな耳に触れて、大きく息を吸い込んで大好きな匂いを堪能する。



「秘密だったのに」
隠し通すと決めたくせに、その手が触れた瞬間いとも簡単に溢れた本心と自分の単純さに呆れて笑っていると、同じようにジフンも笑っていた。
「どうして笑うの」
「嬉しくて」
「嘘だ」
とんっと肩を小突くと、同じ力で返ってくる。ジフンは勘が鋭いから、もしかすると全部分かっていたのかもしれない。出来ないことはないし、手に入らないものもない、腹が立つほどかっこよくて完璧な男だ。



「おいジフナ〜!来てんの?」
何とも言えない気恥ずかしい空気の部屋に、大きなスニョンの声が響いた。そういえばこの後スンチョルと三人で事務所に行くと言っていたっけ。
「じゃあヒョン、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
久しぶりに言ったその言葉に、いつだったかジフンがラジオで話してくれたことを思い出して懐かしく思う。あの時は、そんな些細なこと?と驚いたと同時に、すごくドキドキさせられた。



今はこうして行ってらっしゃいは言えなくなったけれど、でも。
「ジフナ、忘れ物」
いくらジフンが抱きしめてくれても、同じように返せなかった手を自分から伸ばす。そして大好きな匂いを忘れないように吸い込んだ。
「おかえりって言うから、いつでもいい、朝でも夜でも、帰って来てね」
出来ればこの匂いが消えないうちに。
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