skmくん受け10

□片想い、と
1ページ/2ページ

捨てた方がマシな感情が喉につかえて吐き出せない。小骨のようにその場にとどまり、長いこと違和感を与えるソレ。いつからだとか、きっかけだとか、そんなものは覚えていなくて、いつの頃からか佐久間への感情だけがうまく言葉に表せなくなっていた。
金木犀の香りを好むようになったのも、淡いピンクを見ると思い出すのも、ザッピング中にアニメーションが映ると一瞬手が止まるのも、誰のせいかなんてもちろんわかっている。
玄関を開けるとふわりと香るその匂いが胸いっぱいに広がった。どこか居た堪れなさを感じながら棚の上に鍵を投げる。自分で放っておきながら、金属音がうるさくて眉間に皺を寄せた。一度ソファにでも座ってしまえば、そこからはもう動けなくなるので、ポケットの中に突っ込まれた財布とスマホを机に置いたあと、深く被っていたキャップを定位置にかけて洗面台に向かう。
シャワーを浴びてパックを選び、ひたひたのシートを顔に貼り付けたところで、やっとソファに腰を預けた。俗に言うせっかちの部類に入るであろう俺。普段の楽屋での佐久間は、まるで正反対でいつまでもダラダラと何のために持ってきたのかわからない荷物を片付けたりしている。はやくしろよ、と何度声をかけてもたいして焦るそぶりも見せないのだから、肝が据わっている。たとえばそれが佐久間でなければ、俺は置いて帰ったかもしれないが、いつまでかかるのかわからない仕度をイライラしながら待つ時間も、案外嫌いではなかった。
友情、愛情、執着、依存。そのどれもがかすっているけど、そのどれでもない。つっかえ程度の感情は、見ないふりもできたから。目を逸らして、無かったことにして、変わらない日常を送る。それでよかった。それで良いんだと、思っていた。

***

ふっか、と響く声の甘さがやけに耳についた。
それは移動中のさりげないやりとりだったが、否が応でも目に入り、耳に滑り込んできた。仕事が終わり、あとは帰るだけという開放感からオフモードだった佐久間は、溌剌とした空気と一緒に少しだけ湿っぽさを含んだ独特の雰囲気を纏っていた。正直に言えばこの佐久間はあまり得意ではない。昔の静かだった頃の佐久間とも、今の底抜けに明るい佐久間とも違う、俺の知らない顔に見えて、落ち着かない。
眠いのか目尻がじんわりと赤く染まっていて、肌の白さが際立っているのが、余計に俺を焦らせた。
こそこそと隣に座っている深澤の耳元に唇を寄せ囁くように会話をする。普段は騒がしい康二が珍しく目を閉じていたり、俺の隣で子供のような顔で寝ている目黒もいる。目黒は昨晩も遅くまで撮影をしていたらしい。だからそれは自然なことで、疲れているメンバーに気を使って小さな声で会話しているだけなんだろう。頭ではそう理由をつけて納得しているが、どうにも心はそれだけではないと確信もしていた。
深澤と目が合うたびに、じわ、じわ、と佐久間のうなじが赤くなっていく。佐久間が嬉しそうに目を細めるごとに、俺の心臓はぎゅう、と音を立ててつぶれていった。
人の気持ちには鈍感な方。俺を知る人はきっと口を揃えてそう言うだろう。俺だって自覚している。
なんでよりによって佐久間の気持ちに気がつくんだよという疑問はすぐに解決された。目で追っていただけだ。他の誰よりも視界に入れ、他の誰よりも気にかけて、他の誰よりも表情の変化に気付いた、それだけ。
見ないフリをしていた感情を、見落とせなくなった。初めは小骨がつっかえただけでも、いつの間にか傷は化膿して手の施しようがないほどに広がっていたんだ。
「なべー、ラーメン行こうぜ」
気の抜けたふっかの声に呆れる。呑気なもんだ。隣の佐久間の気持ちも知らないで。二人じゃないんだって顔に書いてあるじゃん。
気の毒に思いながらもホッとして、ホッとしたあと申し訳なさに胸が痛んだ。佐久間の気持ちよりも自分を優先する利己的な感情を天秤にかけ「こないだ行ったとこにしよーぜ」と本日の夕食を共にすることを伝えた。
もっとショックを受けたような顔をするのかと思ったが、佐久間は少しもそんな素振りは見せずに腹減った〜!と伸びをしながら笑うので、ひどく悪いことをしたような居心地の悪さに奥歯を噛んだ。
三人で食べるラーメンはいつも通り美味しくて何もかわらないのに、啜っている間中隣に座った佐久間の横顔がやけに伏し目がちに見えた。きっと佐久間の顔はいつも通りなんだろうけど、俺が意識をしたもんだから勝手に一人で気まずい思いをしている。

「佐久間替え玉する?」
深澤の声。佐久間がやめとく、と控えめに返事をした。俺には聞かないまま深澤が店主に替え玉を依頼する。
「ん、なべも替え玉したかった?」
「いや、しねーけど」
どうせ聞くなら最初から聞けよ。なんで佐久間にだけ確認すんだ。無意識なのかなんなのか知らないけど、その「自分のツレ」みたいな態度やめろよな。そういうのよくない、絶対。だってほら佐久間の頬がほんのり色づいてる。ラーメンの熱にほてった風を装っているが、絶対内心は冷静じゃないだろう。
あー、なんか、手に取るようにわかんだよな。佐久間の気持ちが。お前も大変だなって肩をぽんぽん叩いておいた。

***

その日はたまたま、本当にたまたま最後の仕事が二人ロケで、夕飯の時間に解散になったもんだからついでに一杯、と佐久間と一緒に居酒屋に入った。半個室程度に仕切られた空間は、一度席についてしまえば店員以外とはそう顔を合わさないのでちょうど良い。
「ふっかさんと最近よく一緒にいるよな」
酒のせいなのか、それともただ自分が聞きたかっただけなのか。不意に口から飛び出した言葉は深澤についてで。
「そんなこともないでしょ」
なんでもないようにもぐもぐと口を動かす佐久間。昔はなんとも思わなかったただの咀嚼ですら動物みたいで可愛いなとか思わないこともない。
「なんかあんのかなって思ってたんだけど。佐久間とふっか」
「なーんもないっしょ、フツーに」
ぐび、と佐久間の喉が鳴った。頼んだばかりのレモンサワーがもうあと一口というところ。ペース早くないか、コイツ。
「何が言いたいのさ翔太クンは」
「いや、べつに」
言いたくないなら良いんだけど、と会話を切り上げるつもりが、目の座った佐久間が残りの一口を飲み干して「翔太ぁ」と名前を呼んだ。
「本当になんもなくて、やんなっちゃうよ」
萎れた声でぐでんと机に突っ伏し、ふっかってさぁ、かっこいいよね。だって。あーそうねって軽く相槌を打つ。自分から聞いたくせにやっぱりいい気はしなくて胃の辺りを一撫でしておいた。
「俺ってわかりやすい?」
追加のレモンサワーを自分の分と俺の分まで一緒に注文してから佐久間が言った。
「んー、別に。たまたま一緒にいること多くて、なんか違和感あんなって」
「えー、まじかぁ。翔太とかめちゃ鈍感そうなのに!」
舐めんなって言いたいとこだけど、実際佐久間のことじゃなきゃ気づかなかっただろうな。
どこまで気付いてんの?って伺うように佐久間が俺のことを見上げる。真っ黒な瞳が揺れていた。
「難しい恋してんなって」
言いながら自己紹介みたいだなってちょっと笑える。佐久間は俺の気持ちに気付くはずもなく「うわー!」と顔を覆って恥ずかしそうにする。
「まじかーはずー。めっちゃ恥ずかしいんだけど!」
「俺しか気付いてないとは思うけど、多分」
「最近翔太も含めて三人でいることも多かったもんなぁ……」
ごめんな邪魔して、とは言わないでおく。
動揺していた佐久間も、しばらくすると落ち着いてきたのか酔いがさらに回ったのか深澤についてぽろぽろと語り出した。やれ雑に見えるけど優しいとこがあるだとか、やれ顎のラインが綺麗だとか、やれ笑った時の目の左右差がどうだとか。拷問みたいだな、なんか。自分が引いた引き金とはいえ、まさかこんなに語られようとは。
合間にちゃんと相槌打ってる俺めっちゃ偉いと思う。謎に指先は痺れてるけど。
「あー…でもさ、翔太もわかるっしょ?」
「ん?何が」
「ふっかが俺のこと好きになるはずないって」
あんまりはっきりモノをいうからこちらが言葉に詰まってしまう。
なるはずないかは知らないけど。だって現に俺だってそんなはずないって思っていた感情を抱いてる訳だから。励ます言葉を選べない俺のこと責めないでくれよ、と誰に向けてかわからない言い訳。
「まー、どうだろうな。まずそういう思考にならなそうだからふっかさん」
「そうだよなぁ、メンバーに対してこんなこと思ってる方が異常だもんなー。わかってんのよ俺だってちゃんと」
お前が異常なら俺もそうだな。いいじゃん俺たちおんなじじゃん。なんて言えるわけもなくて。男同士ってのも最近はよく聞くから、とふんわりとフォローする。
「もうやめよーって、ずっと思ってんのになかなか踏ん切りつかなかったけどさ、翔太に聞いてもらってちょっと区切りつけられそうな気がしてきた」
「区切りって何」
「こんな不毛な思い今日でやめにしてやんぜ!」
ふっはっは、と声高々に笑う。冗談めかしているが、目尻がほんのり濡れていることくらい気付いていた。
「翔太にしか言えないからさ、たまには話聞いてよ」
任せろ、なんて気のいい友人みたいな顔をした。
ずるいと笑われても良い。佐久間が深澤の方を見なくなったからといって、こっちを向くとも思っていない。それでも佐久間が気持ちを諦めてくれればと、そう願わずには居られない。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ