skmくん受け10

□オオカミくんに気をつけて
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 俺の恋人の目黒蓮は、とっても可愛い。「え?あの目黒蓮?かっこいいの間違いじゃなくて?」と聞き返されるかもしれない。確かに、あの彫りの深い凛々しい顔立ちや、がっしりした大柄な体を見て、「かっこいい」よりも「可愛い」と言う人はあまりいない。でも、俺にとって目黒蓮は、どこまでも可愛いヤツなのだ。
 今日は久々のおうちデート。ここのところ、お互い仕事が忙しくて、ゆっくり会う機会がなかなかなかった。しかし、今日は二人とも夕方に仕事がないうえに、明日は一日オフ。スケジュールでそれを確認した瞬間、「この日は家でゆっくり過ごそうね」と俺たちは約束しあった。
 俺の方が早く仕事が終わったので、一旦自分の家に帰ってから、蓮の家に向かった。途中でスーパーに寄って、ビーフシチューの材料をかごに入れる。料理はめちゃくちゃ得意ってわけではないけど、パンデミックの時期を機にちょっとやるようになった。ビーフシチュー作って待っててやったら、あいつ喜ぶんじゃない?と考える俺。蓮の前ではついつい甲斐甲斐しいキャラになってしまう。何でもしてあげたくなっちゃうんだよな。なんせ蓮ってめちゃくちゃ可愛いから。シチューを出してやった時の、目じりを下げた嬉しそうな蓮の顔を想像して、思わずにやけた。
 蓮の家に到着。久々に会うモコちゃんとひとしきりたわむれた後、シチューの調理に取り掛かる。まあまあいいお値段だった牛もも肉と野菜を、赤ワインやデミグラスソース、トマトケチャップでぐつぐつ煮込む。ちょうど煮込み終わって火を消したところで、玄関のドアの鍵が開く音がした。うお!帰ってきた!と思い、モコちゃんと共にそちらへ向かう。
 俺よりも先に玄関に辿り着いたモコちゃんが、蓮の足元で「会えてうれしい、会えてうれしい」と言わんばかりにくるくると回る。そんなモコちゃんをひとなでし、蓮はかぶっていた帽子をぱさりと取った。
「蓮!おかえり!……って」
 ぴょこんとあらわになる、ふさふさの灰色のけもの耳。
「……仕事が終わった途端、こうなっちゃった」
 そう掠れた声でつぶやいて、蓮はこちらを見た。

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 実は蓮は、狼男だ。これは、メンバーとマネージャー、それから事務所のごくわずかの人たち、あと蓮の家族だけが知る秘密。
 グループに蓮が入ることが決定してすぐ、俺たちは会議室に集められて、それを知らされた。「一緒に活動していく以上、隠し通すのは難しいと思うから」と。
  蓮のご先祖様の中に、猟師がいた。山に入って殺生を繰り返すうちに、ある日その人は山の神の怒りを買い、呪いをかけられ、狼男になってしまった。その人はその後、人間の妻をめとり、そこで生まれた子どもは普通の人間だったらしいんだけど、それ以降、たまに先祖返りを起こして狼に変化する人が生まれてしまうようになったらしい。変化すると言っても、完全に狼そのものになるわけではない。狼の耳と尻尾がぴょこんと飛び出してしまうだけ。人を襲ったりといったことも特にない。疲労が溜まると変化しやすくなってしまうが、コントロールもある程度できる。だから、もし蓮がそうなってしまった際は、メンバー同士フォローし合ってくれと。
 最初聞いた時、「それ何てラノベ?」と思った。狼男って空想上の存在なんじゃないの?って。この目で実際に蓮の狼化を見るまでは、信じられなかった。
 でも、ライブ後、疲労が溜まって楽屋で変化した蓮を初めて見た瞬間。俺は思わず叫んでしまったのだ。「めちゃくちゃ可愛い……」って。
 ふわふわの灰色の耳がぴょこんと突き出て、もさもさの尻尾がふりふりと動く。そして、当の蓮は疲労のせいか、いつも以上に眠そうな表情になる。こんなの、可愛いに決まってる。俺の中の何もかもを塗り替えてしまう勢いの可愛らしさだ。思わずその場で抱きしめて、「めめ、お前は俺が守る!!」と宣言してしまった。(この時はまだめめって呼んでた。)蓮はというと、抱きしめられながら、「うーん……さくまくん、うるさい」とむにゃむにゃ言っていた。
 それ以来、俺は蓮の世話をあれこれと焼くようになった。だって俺は、自他ともに認める動物大好き人間。仕事中、蓮が変化してしまった時は真っ先に駆けつけて、蓮の体を手持ちの布で隠しつつ、あれこれと理由をつけて人払いをした。そんなことを続けていたら、蓮の方も俺に徐々に心を許すようになった。
 変化した蓮を、自分の膝の上に寝かせて、よしよしするのが好きだった。蓮も、最初は怪訝な顔をしていたが、俺が頻繁にそうしたがるのに応じるうちに、くつろいだ表情で力を抜くようになった。俺の膝の上で、目をとろんとさせて、背中を丸くしている蓮を見るたびに、俺は胸の中で「可愛すぎかよぉ〜〜〜」と悶絶していたし、なんだったらちょっと声も漏れちゃってた気がする。
 そのうち蓮は、周囲に人が少ないとき、隣にやってきて、何を言うわけでもなく、ぽすん、と俺の肩に頭をあずけるようになった。よしよしと撫でてやると、耳がぴょこん!と現れる。どうやら、疲労が溜まった時以外にも、リラックスすると出てくるみたいだ。もしかして俺、狼男を手懐けちゃった?なーんて思ってくふくふ笑いながら、蓮の体を丁寧にさすり続けた。
 俺たちの関係が変わり始めたのは、デビューしてしばらく経った頃。最初におや?と思ったのは、楽屋でいつものように、蓮と一緒にいた時だ。前は俺が蓮に膝枕をしてやって、よしよししてあげていた。しかし、その頃には、楽屋で他に人がいないタイミングになると、蓮は耳をぴょこんと出したまま、ソファーだったり畳の上だったりで「ん」と両手を広げ、その中に俺がぽすんとおさまるのがお決まりになっていた。そして蓮は俺を長い手足で拘束するかのようにぎゅうぎゅうと挟み込み、そのまま横になって寝てしまうのだ。
 すうすうと寝息を立てる蓮のきれいな顔を見つめているうちに、ふと不思議に思った。なんか……いつの間にか、めちゃくちゃ密着度高くなってない?いや、別にいいんだけどね。もともとさくまさん、パーソナルスペース狭いタイプだし。でも、それにしても最近の蓮との距離、やけに近すぎるな?あとこの体勢、狼のねぐらの中に引きずりこまれたみたい。
 そんなことを思っていたら、ガチャ、と楽屋のドアが開いて、阿部ちゃんが入ってきた。俺と蓮がこういう感じでくっついてるのは日常茶飯事なので、阿部ちゃんも特に驚くことはなく、蓮の肩越しに「おつかれー」と小声であいさつしてくる。俺もそれに「おっちー」と小声で返した。
 その日、阿部ちゃんは、小上がりになってる畳の上で寝転がる俺たちをしげしげと見つめて、言った。「さくまとめめって、付き合ってるの?」って。俺はぱちぱちとまばたきした。そんなの考えたこともなかったから。「まさか。付き合ってないよ」って答えたら、阿部ちゃんは「そうなんだ……」と妙になまぬるーい目をしてほほ笑んでいた。変な阿部ちゃん、ってその時は思った。その時はね。
 仕事を終えて、家に帰って、テレビを点けて録画したアニメを眺めているうちに、だんだん「変なのは阿部ちゃんではないのでは?」「変なのは、むしろ俺と蓮のほうなのでは?」と思えてきた。もし楽屋で、他のメンバー同士が畳の上でこれでもかってぐらい絡み合った体勢で寝ていたら、俺も「こいつら、ラブ的な関係なのかな?」って思うし、なんだったら「ラブ的な関係なら、家でやってくれないかな?」って思うだろう。
 ……どうしよう。楽屋で蓮とくっつくの、もうやめた方がいいのかな。そこまで考えて、自分が蓮とくっくつのをやめるのを、すごく嫌だなって感じてることに気付いた。あ、俺、蓮とくっつくの大好きなんだ……。そこで思考をストップし、アニメを見ることに集中した。だって恐かったから。「蓮とくっつくのが大好き」を突き詰めたらどこに辿り着くか、何となく分かってたけど、直視したくなかったから。俺はその後も、何食わぬ顔で、蓮に抱きしめられていた。
 それからすぐ後に、蓮がある女優さんと番組で共演する機会があった。その女優さんはきれいで、演技力があって、愛嬌もあって、それこそ日本トップクラスと呼んでも差し支えない、すごい女優さん。その女優さんは蓮のことをいたく気に入ったらしく、ちょいちょいアプローチがあるのだということを、うわさで聞いた。
 それを聞いた瞬間、恐くなった。俺が、蓮と楽屋でしょっちゅうくっついてることが、蓮にとってマイナスになるんじゃないかな、って。もし蓮もその女優さんと付き合いたいと思ってたとしたら、俺の存在がよからぬ誤解をされるきっかけになってしまうんじゃないかな、って。実際、阿部ちゃんには誤解されたわけだし。俺は、蓮の前途を邪魔する人間にだけは、絶対になりたくなかった。
 だから、次に誰もいない楽屋で、耳をぴょこんと出した蓮に「ん」と両手を広げられた時、俺は勇気を出して言ってみた。「こういうの、もうやめよう」って。
「……は?どういうこと?」
 蓮はいつになく、眉間にしわを寄せて聞き返した。
「……誤解されたら困るじゃん。俺たち最近、ちょっと距離近すぎだったし」
「何それ。何でいきなりそんなこと言うの?」
「いきなり……じゃなくて、最近ずっと考えてたんだよ。あんまりよくないんじゃないかなって」
 そう言ったら、ふいに、蓮のふわふわ耳が、へなっと垂れた。表情も心なしか暗くなっている。内心慌てた。
「さくまくん、俺とこうするの、いやだったの?」
「えっ……いや、まさか!そんなわけないじゃん」
 そんな悲しい誤解はされたくない。俺は一生懸命言葉を選んだ。
「俺が嫌なんじゃなくて……蓮が嫌な思いするんじゃないかって。この先、蓮も誰か女の人と付き合うかもしれないし……」
 そう言うと、蓮はきょとんとした顔で俺を見た。うっ、やっぱり可愛い。
「……俺が?女の人と?」
「うん」
「付き合わないよ。だって俺、さくまくんのことが好きだし」
 あまりにもさらっと自然に言われて、思わず耳を疑う。
「……へ?」
「今更じゃない?好きじゃない人に、あんなにくっつかないよ、俺」
 むすっとふてくされた顔で、蓮は続ける。
「っていうか、さくまくんも俺のこと好きだと思ってた。ちがったの?」
「え!あ、いや……」
 ぼぼぼぼぼ、とたちまち頬っぺたが熱くなるのを感じる。蓮は、そんな俺を興味ぶかそうに余裕の表情で眺めている。なんだよ。こっちの気持ちとか、全部お見通しかよ。ちょっと悔しい気持ちで、続きを言う。
「ち、ちがくない……すき、です」
「ふはっ、よかった」
 蓮が口元をほころばせる。周りにいる人の心をほわっとあっためる、おひさまみたいな笑顔。思わず見とれていたら、ぐいっと顔が近付いてきて、ぺろん、と唇の上を舐められた。濡れた感触に思わず飛び上がる。
「ひぎゃっ!」
「あ、ごめん。つい、うれしくて」
「お、お、おっまえさぁ、チューするなら、前もって言えよ!」
「うん、わかった。言うね。チューしていい?」
「えっ、あっ……お、おう」
 蓮は照れる俺を見て、また笑う。そのすぐ後、優しいキスがふりそそいだ。
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