skmくん受け10

□はじめての夜
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「佐久間くん、どうしても会いたいから、今から行ってもいい?」
「え?」

もうすぐ日付が変わろうとする時間。メールじゃなくて、突然の電話。何事かと思って慌てて出たところ、予想に反して、いつも通りの落ち着いた声色が耳元で低く響く。
同じグループのメンバーである目黒が、個人的に連絡してくることはそれほど多くはない。あったとしてもメールがほとんどで、電話となると余程のことがない限り有り得ない。
しかも聞き間違いでなければ、今から会いたいと言ってきた。
「ど、どしたの、めめ? 何があった?」
「直接会って話したいんだけど、だめ?」
「でも」
「大丈夫。何か事故とか事件とか、仕事に影響あるようなことじゃないよ」
何かやばい事に巻き込まれたのか、まさかの記者会見案件だろうかと頭の中がぐるぐるしていたが、目黒は、そう考えてしまう俺のことを察したのか安心させるための先手を打ってきた。それに俺は、一旦胸を撫で下ろす。
けれども、だったら急に何だというのだろうか。目黒が連絡を頻繁に取るのはラウールだし、他に仲良しといえば、メンバー内なら翔太か康二か。相談事なら深澤にしそうだし、内容によっては照とか阿部とか、適任者を選びそうなものだ。ということは、
「他には誰か来るの?」
「え? なんで? 俺だけだよ」
もしかして、何人かで来るのかとも思ったが、それも違うらしい。
「めめ、俺ん家、来た事ないよね? もう遅いし、一人で出歩くのあんま良くないし……明日じゃダメなの?」
目黒が立派な成人男性とはいえ、俺らの職業や時節柄、この時間帯に出歩くのはあまり印象が良くないだろう。明日はちょうどお昼前には仕事で会う予定だ。
今からでもその時でも、そんなに変わらないのではないだろうか。
「じゃあ、佐久間くんが家に来てくれる?」
「へ?」
「お願い、明日じゃダメなんだ」
もちろん俺も目黒の家には行った事がないので、びっくりする。それと同時に、先輩として後輩宅への初訪問がこんな時間からというのはいかがなものかと冷静にもなる。
「お願い、佐久間くん」
スマホの向こうで、見えないはずなのに哀しそうに見つめてくる目黒がいるような気がした。そして、可愛い後輩のお願いは叶えてあげたくなってしまうのが先輩の性である。
「……佐久間さん、もう寝るだけでのつもりで準備万端だったんだから、部屋あったかくしとけよ」
「いいの?」
家に行くという意思表示をすれば、耳に当てたスマホの向こうから、安堵と嬉しさが滲んだ声が聞こえたような気がした。
「ん。それで、めめん家のが、明日の現場近い?」
「……え? あ、そうかも」
俺からの質問が急展開過ぎたのか、いつもおっとりした印象の目黒であるが、更にワンテンポ遅めの反応だった。
その返事を聞いて、俺はスマホをスピーカーにして、ローテーブルの上に置く。そして、会話を続けながら簡単に荷物を詰めようとバッグに手を伸ばす。
「んじゃ、そのまま、めめん家、泊めて」
「……えっ⁉︎」
「なんだよ、ダメなのかよ」
どんな内容だろうと、目黒の話が数分で終わるような内容なら、電話で済ませるか明日にしていただろう。こちらからすぐに出向いて、単刀直入に話を聞いたとしても日付を跨ぐのは明らかだ。だったら、そのまま泊まらせてもらって、一緒に現場に向かった方が睡眠時間も少しでも確保できて良いはず。
「……ダメ、じゃない、けど」
「じゃ、明日の着替えだけ持って今から行くから、住所送って」
仕事で一緒にホテル泊はあっても、メンバーの家にお泊まりは久しぶりでちょっとワクワクする。ましてや、目黒の家は初めてなのだ。話の内容も気にかかってはいるが、全く見えてこない話より、どんな部屋なのかという好奇心の方が今の段階では勝っている。
「……俺、今日寝れるかな……」
スピーカーホンから、ぽつりと聞こえた独り言のような目黒の言葉に、思わず手を止めて首を傾げる。
「そんな重い話なの?」
「んー……話というか何というか……それとは別に、佐久間くんがいて、寝れるか心配というか……」
歯切れの悪い目黒に、とりあえず話をしっかり聞いて、なるべく早く解決してやろうと思う。そもそも目黒の人選が俺に至ったということは、俺なら目黒を助けてあげられるはずという確信があるのだろう。目黒の持つどこか逞しい生きる力というか、そういうもので選ばれたのが俺なのだから。
「安心しろ、佐久間さんが絶対にしっかり寝かしつけてやる」
大きなわんちゃんをたっぷり甘やかして、寝かせてあげる心意気だ。
そんな俺の楽観的な脳内は目黒に筒抜けだったのか、荷物を詰め終えて、スマホを手に取ろうとしたときに溜息が聞こえた。
「ねえ、佐久間くん、俺のこと自分になついてる犬かなんかだと思ってない?」
その後、大きな可愛くないわんこになんやかんやされちゃう夜になることをこの時の俺は微塵も理解していなかった。
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