野球

□あいのしるし
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「ねぇ、宮城」
「ぅん?」
ひとしきりお互いを求め合い終わったあとの微睡の時間。謂わば事後。下着もつけずにそのままタオルケットに包まったおれを、まだ身体が冷めないのか全裸のままのろーたんに、背後から緩く抱きしめられてる。幸せって感じだけど、彼が発したその声色に、若干夢の世界に行きかけていたおれの思考は引き摺り戻された。知ってる。これはちゃんと聞かなきゃいけない類のやつ。改まってなんだろ。野球の話?おれたち二人の関係の話?
体を反転させて向かい合えば、思っていた通り真剣な顔の彼。ほら、やっぱり。
「宮城に、お願いがあるんだけど」
「うん」
「聞いてくれる?」
「それは……話聞いてから考える」
これは野球の話じゃない。二人の関係の話だ、とおれの第六感が告げる。理由はない。なんとなく。
ろーたんのお願いは基本全部叶えてあげたいとは思ってる。でも、別れて欲しいとかいうお願いだったら聞かない。
自分以外のこと、例えば相手の将来のためにとか、親のためにとか。そういうのをたくさん話して、たくさん悩んで、たくさんお互いの気持ちを確かめて、それからやっと始まった関係だもん。そう簡単には終わりになんてさせない。
悲しいお願いだったら嫌だなって気持ちが自然と視線を下げさせる。俯くおれの頬をひと撫でして、こっち見て?と言う彼の言葉には、先ほどよりも甘さが混じっているよう。なんだろ。でもまだやっぱり怖い。
「宮城、聞いて。俺、」
聞きたくない。でも、聞かなきゃ。
視線で続きを促せば、彼はふぅとひとつ息を吐いて、それから。
「俺、キスマ、つけたい」
「……は?」



静寂。
エアコンの無機質な音がやけに響く。
冷房をガンガンにきかせた彼の部屋は、おれにはちょっとだけ寒くて。
寒さに弱いおれと暑さに弱い彼。左と右。技巧派と正統派。低身長と高身長。笑っちゃうくらい正反対。それでもいちばんの理解者だと自負してるし、これからもそうでありたいと思ってる。思ってるよ?
だけどこれはちょっと流石にわけがわからないんですけど朗希さん。何真剣な顔して言ってるの。
「キスマ?」
「キスマ」
「つけたいの?おれに?」
「そう」
すっごい怖い顔してるよろーたん。今ノーアウト満塁のピンチとかなの?一打出ればサヨナラの場面とか?キスマつけたい、は同等の顔でするお願いじゃないと思うよ、おれは。
「……つければいいじゃん」
若干ため息混じりでそう言えば、いいのぉ?!って心の底から嬉しそうな声。よっしゃあってガッツポーズまで。いやいやそんなたかがキスマ許可されたくらいでピンチ抑えたみたいな喜び方されても。
嬉しさを全く隠そうとしないニッコニコのろーたんは、宮城起きて!座って!ほら!後ろ向いて!って楽しそう。なんでそんな元気なの。一応事後よ?令和の怪物さんには賢者タイムとか無いの?おかしいなスタミナではおれの方が上だと思ってたんだけどな。
おれのために、って用意してくれていたふかふかなピンクのタオルケットを身体にかけたまま、のそのそと動いてベットの上に座る。ろーたんピンク色なんて買うの恥ずかしくなかったの?て聞いたら、ネットで買ったし別に、って照れ臭そうに返されたのは今日の話。物も勿論だけど、おれの為にってしてくれた気持ちが嬉しくて、感情のまま思いっ
きり抱きついたら、あれよあれよという間に脱がされて解されて溶かされてたんだっけ。色々ありすぎて、なんだか遠い昔のことみたい。
それじゃあいくねって触れられたのは襟足のあたり。一気に現実に戻される。え、ちょっと待って。待って待って。ていうかさ、
「そこ?!」
「うん」
「だめだって!」
「え、なんで?!」
「見えるじゃん」
「……見えちゃダメなの?」
「当たり前でしょ!」
ろーたん自分たちのお仕事わかってんの?たくさんのファンの皆さんの前で試合してるプロだよ?どこのどの場面を記者が撮ってるのかもわからないくらいカメラたくさんあるでしょ。見えるか見えないかのところにキスマなんてつけて、記事にでもされたらどうすんの。記者だけじゃない、ファンの皆さんだってカメラいっぱい持ってるじゃん。今じゃ即
拡散される時代よ?あなた、おれをバックハグした写真撮られて今だに擦られてるの、忘れたの?
喧嘩腰にならないように、思いが伝わるように。意識してゆっくりと伝えてみたけど、途中からどんどん曇っていくろーたんの顔。えぇぇマジか。正論だと思うんだけど、納得してない感じだなこれ。
「じゃあ宮城はなに?見られたら困るの?」
「だから、困るっていうかさぁ」
「……見られたらマズイことでもあるんだ」
「え?」
ろーたんの顔、どんどん曇っていくなぁと思ってたら完全に真っ暗になった。え、なんで。なんでそうなるかな。被害妄想甚だしいんだけど!
宮城、モテるもんな、男に。て低い声。怖い怖い怖い。顔もお通夜みたいになってる。当時のドラフトの時みたいだよろーたん!顔暗い!怖い!
モテる云々で言ったらろーたんのほうがモテるじゃん。高身長モデル体型細身で今じゃ日本を代表するピッチャーでエースで色も白いしなんたって顔整ってるし。女の子放っておかないよ。いつだって心配なのはおれの方なのに……て言ったら、俺は宮城一筋だし!浮気しないし!ってなんかキレられた。ごめん。ありがとう。初めてかもこんなに声を荒げるろーたん見たの。ごめんね。
「宮城は、他にいるんだ、男」
「いないって」
「だからキスマ見られたらマズイんだろ」
「一つもそんなこと言ってないじゃん!」
否定しながら悲しくなる。そこは対象男なのね。まあそうですよね。チームの売り方的にもそう思われてしまうかもね。だけどさ、ろーたんよく考えてよ。ついさっきまで喜んで組み敷かれてたの、誰よ。喜んで、なんて恥ずかしくて言えないけど、でも反応見てるんだから気付いてるでしょ。
おれもろーたんだけだよって言ったら、ほんとかな、だって。勝手に妄想して完全拗ねてる。拗ね朗希。めんどくさ!
超めんどくさいんですけどこの人。こうなると長くなるんだよなぁ。考え方が完全にマイナス一辺倒だもん。吉井さんならどうコントロールするんだろ。どうにかしてもらえませんかね。助けて吉井さん。


んんんーと唸ると、目の前の大きな身体がビクッと動いた。そんなデカいナリしてんのに、おれの一挙手一投足めっちゃ気にしてるじゃん。長く伸びた前髪の隙間から見えたのは捨てられた犬みたいな目。もう。もう!
はぁぁぁと大きく息を吐けば、おそるおそる伺うような気配。マウンドでの自信溢れた姿、どこいっちゃったの。でも、そんなところも好きなんだもんなぁ。
惚れた弱みだ仕方ない。ろーたんがデロデロになるようなこと、言ってあげる。ほんとだったらこんな姿だってしたくないのに、今日は特別だからな。タオルケットのお礼も兼ねて。
項垂れたままの彼の、普段なら見ることが出来ない旋毛に唇を落とせば、やっと顔を上げてくれた。にこっと笑いかけてから、タオルケットを剥いで仰向けに転がる。それから、両方の太腿をゆっくり開いて、付け根あたりに手を添えて。


「朗希にしか見せないココに、つけて」
視線を絡ませたままそう言えば、覆い被さる熱の塊。冷房のきいたこの部屋では、彼の高めの体温が余計愛おしく感じた。


おれも後でろーたんにキスマつけよ。
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