黒薔薇

□第二話
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『何も言わずに出て来たなら、叔母様が心配してるんじゃないか?』

「そうだな。セバスチャン連絡「シエルーーーー♡こっち来てーーーー♡」



シエルがセバスチャンに言い切る前にエリザベスがシエルを連れ去った。



『……連絡を、お願い』

「はい」



とりあえずシエルの分をスズカが言った



「あっ、そうだ☆ねぇシエル、せっかくこんなステキな広間(サルーン)になったんだから、今日はダンスパーティーをしましょうよ!!」

「『!?』」



エリザベスからの提案は、シエルとスズカから言葉を奪った



「婚約者(フィアンセ)のエスコートでダンスをするの!」

「な…っ」

「ダンス…ですか」



青筋を浮かせながら顔をひくつかせるシエルとスズカ



「あたしの選んだ服を着てねシエルッ」

「ちょ…」

「スズカ姉様にもあるからねっ」

『なに…』

「絶対かわいいと思うの〜〜〜っ」

「おい、誰がいいと…」

「あたしの選んだ服を着たシエルと踊れるなんて夢みたいっ。あたしもめいっぱいおしゃれしなくちゃ〜〜〜〜♡」

「人の話を……」

「スズカ姉様のダンスも楽しみだわ〜〜〜〜」

『おい!?』

「エリザベス!?」



あーもう何言っても無駄ですよ、と言うような顔で首を振りながらセバスチャンは二人の肩に手をおいた



「『人の話を聞けえぇえッ!!
』」


ーーー


執務室にはぐったりと力尽きるシエルとスズカの姿



「エリザベス様は前当主の妹君であるフランシス様が嫁がれた、ミッドフォード侯爵家のご令嬢…婚約者を無下に追い返す事もできませんし、仕方ありませんね」

「別になりたくてなった訳じゃない。されたんだ」



はあ、と疲れたように溜め息を吐きながらシエルは言った



「ーーーーですが、今日の処は大人しく彼女に従って、お引き取り願った方が得策でしょう」



紅茶を注いだカップを二人の前に置きながらセバスチャンは続ける



「まだこの間のゲームも終わっていない事ですしね」

「まったくだ。さっさと夕食でもなんでも口に詰めて追い返せ」

『リジーが大食いみたいに言わない』

「少女趣味に付き合うのか?」

『まさか』

「ですが、エリザベス様はダンスをご所望の様ですが…」



その時、紅茶を飲んでいたシエルの指がピク、と反応した



「………坊ちゃん」

「なんだ」

「私は拝見した事はございませんが…ダンスの教養はおありで?」

「……」



くるん、と無言でシエルは椅子を回転させた



「ハァ…どうりで…」

「…」



そのシエルの態度だけで、答えはセバスチャンでなかろうと明白だった



「パーティーにお呼ばれしても壁の華を決め込む訳ですね。という事はお嬢様も…」

『私は踊れる』

「僕は仕事が忙しい。そんなお遊戯にかまけている暇など…」

「お言葉ですが坊ちゃん。“社交(ソーシャル)”ダンスとはよく言ったものでして、夜会や晩餐会等では当然必要になってくる嗜みでございます」



椅子を回転させてこちらに向けたセバスチャンは、ズイッと本日のおやつのケーキが乗ったお皿を近づけた



「上流階級の紳士ともなれば、ダンスは出来て当然の事。もし取引先のご令嬢のダンスのお誘いを断りでもすれば、社交界での坊ちゃんの株はガタ落ちに…」



言葉もそうだが、何よりセバスチャンのその迫力にシエルがおれた



「ーーーー〜わかった!やればいいんだろう。誰か家庭教師を呼べ!」

「今から家庭教師(マダム)をお呼びする時間はありません。今日の処は付け焼き刃で結構ですから、一曲だけ基礎と言われるワルツをマスター致しましょう」

「じゃあ僕は誰に教わるんだ?この家の連中はどう見ても…」



ワルツっておいしいの?って言いそうだった。タナカはともかくとして



「ご安心下さい」



軽い音を響かせ懐中時計を閉じたセバスチャンは、にっこりと笑って言った



「僭越ながら、私めがダンスのご指導を」

「馬鹿を言うな!!お前みたいなデカい男相手に踊れるか!」



ぞわッと寒気を感じながらシエルは言った



「だったらスズカに教わった方がマシだッ」

「お嬢様では無理があります」

『そう言うお前は踊れるのか?』



セバスチャンをスズカは睨むが、それにセバスチャンは得意気に笑った



「ウインナワルツならおまかせ下さい。シェーンブル宮殿には、よくお邪魔しておりました」



ピッ、と人差し指をたてていたセバスチャンは左手を差し出した



「一曲お相手願えますか?ご主人様(マイロード)」



ということで、急遽始まったセバスチャンによるダンスレッスン



「ーーーーいいですか?一歩目はまず踵から。しっかりと女性の背をホールドして下さい」



頬杖をつきながらスズカはポーズをとっているシエルとセバスチャンの練習風景を愉快そうにニヤニヤと眺める



「曲が始まったらまず左足から…」



セバスチャンの足を踏むシエル



「次はナチュラルターン」



とてもナチュラルとは言い難いターン



「足を前へすべらせる様に」



すべらせて、セバスチャンの足を蹴ったシエル。しかも脛



「……」



だらだらと冷や汗を流しながら、シエルは無言の圧力をかけてくるセバスチャンを見上げる
するとセバスチャンは、はーーーーあとこれ見よがしに溜め息



「ダンスの才能が皆無というか、壊滅的ですね坊ちゃん」

「お前がデカすぎるんだ!!」

「私(女性)にぶら下がってちゃダメなんですよ?」

「こんなデカい女いてたまるかッ」

『……確かに、かなりの身長差があるな』



滑稽としか言いようがないくらいの差だった



「いいですか坊ちゃん。“ダンスはワルツに始まりワルツに終わる”と言われる程です。格式高く優雅に踊らねばなりません」



するとセバスチャンは「ともかくーーーー」と言いながら手を離した



「まずその仏頂面を何とかなさい」

「!」



むにゅっ、とセバスチャンはムスッとしていたシエルの頬をつまんだ



「レディに失礼にあたります。嘘でも楽しそうになさって下さい」

『お前も失礼だぞそれ』

「これは仕方がありませんよ。はい、楽しそうに笑って!」

「…っ離せ!大体僕は…っ」



ぱしっ!と手をはたいたシエルはぎゅっと両手を握った



「ーーーー…楽しそうに…楽しそうに笑う方法など…忘れた」

「坊ちゃん…」



気まずい雰囲気の中、スズカは立ち上がるとシエルの前に立った



「お嬢様?」

『シエル、だったら私と遊んでいる時を思い出せ』

「スズカと?」

『あぁ。楽しいだろう?それとも、私と遊んでいながらシエルはいつも楽しくなかったのか?』

「そ、そんな事はないが…」



睨むスズカにシエルは慌てて言う



『それにエリザベス相手なら自然と笑顔になる』



軽く笑いながらスズカが言えば、シエルは息を吐きながら笑い返した



「さすがお嬢様。坊ちゃんの扱いに馴れておられますね」

「なんかムカつく言い方だな」

『セバスチャンに言われるとな』

「心外ですね。それより、もうそろそろ着替えのご準備を」

『…フリフリじゃないといいが』

「それはそれで面白いがな」

『それならシエルもきっとそんな感じだな。あー楽しみ楽しみ』

「……」
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