黒薔薇
□第五話
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「ーーーーで。ここどこ?」
「あんたさっき知ってる風だったわよね!?」
怪しげな店の前であっけらかんと言った劉にアンジェリーナは吼える
「お二人のお知り合いが経営なさってる葬儀屋(アンダーテイカー)さんですよ」
「葬儀屋?」
「いるか、葬儀屋」
中も外見と比例し、棺が所狭しと置かれて薄暗く不気味な店だった
「……ヒッヒ…」
特徴的な笑い声が聞こえてきてシエルもスズカもやっぱり来たくなかったなぁ…と顔をしかめた
「そろそろ…来る頃だと思ってたよ…」
ーーーーぎいいぃ…
「よぅ〜〜〜こそ伯爵…スズカ嬢…」
立て掛けられた棺の中から現れた怪しげな男にアンジェリーナ、劉は口を開けたまま硬直。グレルは腰が抜けて床にへたり込んでいた
「スズカ嬢、やっと小生特製の棺に入ってくれる気になったのかい…!」
ブンブンと首を無言で横に振るスズカはドン引きに顔を青くさせていた
「そんなワケあるか。今日は…」
ピトッ、と説明しようとしたシエルの口に指を当てた葬儀屋
「言わなくていい。伯爵が何を言いたいのか、小生にはちゃ〜〜〜んとわかっているよ」
一応来て正解だったので良しとなるが、それを上回る疲れを覚悟を身を正す
「ああいうのは「表の人間」向きの「お客」じゃない。小生がね、キレイにしてあげたのさ」
「…その話が聞きたい」
「じゃあ話をしよう。お茶でも出すよ。そのへんに座っててもらえるかい?」
そのへん…?見渡す限り棺ぐらいしかなかった
「ーーーーさて」
お茶の準備も終わり一段落したところで葬儀屋は口を開いた
「聞きたいのは切り裂きジャックのことだろう?今頃になってヤードは騒いでいるけれど…小生がああいうお客を相手にしたのは、今回が初めてじゃないよ」
「『!!』」
「初めてじゃない?どういうこと?」
「昔から何件かあったんだよ、娼婦殺しが。ただどんどん手口がハデで残酷になってる」
たべる?と差し出された骨壺に入った骨の形をしたクッキーをシエルは引きながら遠慮する
「最初はそんなにスプラッタじゃなかったからヤードも気づいてなかったけど、ホワイトチャペルで殺された娼婦には皆共通点がある」
「共通点?」
「…ですか?」
『それって?』
「さてねぇなんだろう。なんだろうなぁ。気になるねぇ…」
わざとらしい葬儀屋にう゛…とシエルもスズカも気まずそうに顔をしかめた。
「成程ね。そういうことか。葬儀屋は「表の仕事」という訳ね。いくらなんだい?その情報は」
「いくら?」
ピクッ、と反応するとそんなに早く動けたんだね、と言えるほどのスピードで葬儀屋は劉に詰め寄った
「小生は女王のコインなんかこれっぽっちも欲しくないのさ」
圧倒されドン引く劉からぐりん、と葬儀屋はシエルに向き直った
「さあ伯爵…小生にあれをおくれ…」
出た…というようにシエルは固まっていた
「極上の「笑い」を小生におくれ…!!そうしたらどんなことでも教えてあげるよ…!!」
カウンターでのたうち回る葬儀屋にシエルとスズカはドン引きしながら一言
「『変人め』」
「……」←否定はしないセバスチャン
「ふ…伯爵。そういうことなら我にまかせなさい」
名乗り出たのは劉
「上海では新年会の眠れる虎と呼ばれた我の真髄、とくとごらんあれ!!」
そうして劉は言った
「ふとんがふっとんだ」
「……」
「……」
『……』
「……」
「…あれ?」
真冬の寒さのごとくスベった劉
「だらしないわね劉…仕方ない」
カツン…とヒールを鳴らし一歩前へと出たアンジェリーナ
「社交界の花形このマダム・レッドが、とっておきの話を聞かせてあげるわ!!」
「おくさまぁぁぁぁー」
そして、アンジェリーナの挑戦
「でねーっ、そいつったら◆◆◆が◆◆◆だったの!!さらに◆◆◆が◆◆◆だったワケ!」
1時間程下ネタを話し続けるアンジェリーナ。シエルにはセバスチャン、スズカには劉がしっかりと耳栓していた
「さて、残すは伯爵とスズカ嬢のみだよ」
劉とアンジェリーナには喋るなとでも言うようにマスクをさせていた
「前回はチョットおまけしてあげたけど…今回はサービスしないよ」
ぐ…と押し黙る
「くそ…」
どーするかと二人が悩んでいると前に影が
「仕方ありませんね」
「『セバスチャン!?』」
「へぇ…今回は執事君が何かしてくれるのかい?」
「みなさんどうぞ外へ」
「セ…セバスチャン」
戸惑う声に構わず全員を外へと追い出し、最後にギラリとセバスチャンは全員を見て再度くぎを差した
「絶対に中を覗いてはなりませんよ…」
そうしてシエル達を残して中へと消えたセバスチャン。それから一拍の間
ギャハハハハハ!!
ア゛ハハハハ!!
ヒィーーーーも…やめ…!!!
店を揺るがすほどの凄まじい葬儀屋の笑い声に全員が何が起こっているのかと目を丸くさせていると扉が開いた
「どうぞお入り下さい。お話して頂ける様です」
にこやかな笑顔で招き入れるセバスチャンの後ろでは、葬儀屋が笑い疲れて時折ピクピクと動いていた
「さて…話の続きだね。ぐふっ…小生は理想郷を見たよ…なんでも教えてあげるよ…」
「何したんだ…」
「いえ、大した事は」
「昔からねぇ、ちょくちょくいるんだよ」
話し出した葬儀屋の話を再び棺に座って聞く
「足りない、お客さんがね」
「…足りない?」
「そう、足りないのさ」
横に立っていた人体模型を引き寄せ葬儀屋は言った
「臓器、がね」
「「「「「『!!』」」」」」
「お客さんには棺で眠る前にキレイになってもらわないとだろう?その時にちょっとだけ、いじらせてもらうのが小生の趣味でねぇ」
いじらせてもらう。その言葉にぞ〜っ、とアンジェリーナ、劉、グレルは手元のお茶が入っているビーカーを見た
「皆腎臓が片方ないとか、そういうことかい?だとすると犯人は金融業とか…」
「あなぐらに住む中国人は考えが物騒だねえ。そういうことじゃない」
ムッ、と劉は「おおコワイコワイ」と人体模型を撫でる葬儀屋を見る
「それは娼婦…女の子じゃなきゃ持ってないもの」
この子もないねぇ、と葬儀屋は人体模型を眺めて言った
「子宮がね、ないんだよ」
「!」
うぇ…とスズカはいやそうに顔をしかめてお腹を腕で覆う
「最近急にそういう「お客」さんが増えてねぇ。しかもどんどん血化粧(メイク)は派手になる。小生も大忙しってワケ」
「いくら人通りが少ないとはいえ路上で…しかも真夜中となると、的確にその部位を切除するのは素人には難しいのでは?」
「鋭いね執事君。小生もそう考えてるんだ」
立ち上がると葬儀屋はスズカの背後に立ち首、腹に手をやった
「そうだなぁまず…鋭いエモノで、首をかき切り、次に腹を切り裂いて、たいせつなものを奪うのさ」
笑みを浮かべる葬儀屋をスズカは横目に見る
「「手際の良さ」…それから、「ためらいのなさ」から考えてまず素人じゃないね。多分「裏の人間」だ」
「だから僕らが来ることを予想していたのか」
手を払いスズカを引き寄せたシエルに葬儀屋は笑う
「そういうことさ」
つん、と頬をつついてきた葬儀屋に引きギミのシエル
「犯人が「裏の人間」の可能性があるなら、必ず君達が此処へ召喚されると思った。きっとまた殺されるよ、ああいうのはね、誰かが止めるまで止まらないものさ」
「止められるかい?」と葬儀屋が問いかけるとシエル、スズカは立ち上がる
「「悪の貴族」ファントムハイヴ伯爵、ファントムハイヴご令嬢」
『裏社会には裏社会のルールがある。理由なく表の人間を殺めず、裏の力を以て侵略しない』
「女王の庭を穢す者は、我が紋にかけて例外なく排除する。どんな手段を使ってもだ」
外へでる前に二人は葬儀屋に振り返った
「邪魔したな、葬儀屋」
『ごきげんよう』