黒薔薇

□第八話
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冬ーーーーそれは、英国では厚く重い雲に覆われた灰色の季節。切り裂きジャック騒動も収まり、ロンドンは落ち着きを取り戻していた。そう思ったのも束の間ーーーー

ポートマンスクエア付近に軒を連ねた、ヒンドスターニー・コーヒーハウスにたむろするインド帰りの英国人が襲われ、次々と身ぐるみを剥がされ天井から逆さ吊りにされるという、奇妙な事件が起こる。その後もロンドン中で、インドから帰国した貴族や軍人が同様の被害に見舞われた。その全ての被害者に同じ紙が貼られておりーーーー

【こいつは頭のいかれた堕落と怠惰の申し子である。英国は全てを奪い去り、傲慢にも腐った文化を押しつける悪魔の国だ。アバズレの支配する国の馬鹿共に天罰を!】

と記されていた


ーーーーぐしゃ!


「まただ!これで20件目だぞ!!まだ犯人を捕まえられんのか!アバーライン!!」
◆ロンドン警視庁(スコットランドヤード)・警視総監 ランドル郷

「申し訳ございません!!」
◆ロンドン警視庁・警部 フレッド・アバーライン

「切り裂きジャックも捕まえられず、あんなガキ共に手柄を横取りされて…」

「『ガキで悪かったな』」



は、とランドルは声に反応し振り向いた



「ファントムハイヴ伯爵!スズカ嬢!」

「君達!どこからここへ入った!」



注意しようとしたアバーラインを手で制し、ランドルが忌々しげに見つめながら口を開いた



「ファントムハイヴ伯爵…並びにスズカ嬢…何をしに来た!」

「はっ、決まってる。モタモタしてる猟犬の尻拭いをしに来てやったんだ」

「なっ…」

「なるほど」



ランドルの怒りなんかスルーして、シエルはアバーラインが持っていた資料を奪った



「インド帰りばかりが狙われる事件か。死人はまだ出ていないようだな」

「!勝手に…」


ーーーーばッ


『ただの追い剥ぎなら私達が出てくるまでもないが、王室が侮辱され続けたのでは、黙っているわけにもいかなくてな』



スズカが笑みを浮かべながら見せてきた手紙を見て、ランドルは押し黙った。それにシエルは鼻で笑う



「犯人も“堕落と怠惰の申し子”とは、なかなか的確な表現だ。僕もインド成金はいなくなった方が、この国も多少はマシになると思うがね」



イギリス領インド帝国ーーーー。当時イギリスの植民地であったインドには、大量にイギリス人が住みついておりました。本国では豪勢な生活が送れないような富裕層の3・4男でも、インドでは「貴族」のような優雅な暮らしが送れたのです。インドから帰国した者は、「アングロ・インディアン」と呼ばれ、インドでの贅沢で怠惰な生活が抜け切らない者も多く、「インド成金」とも呼ばれていました



「たとえインドで下らない遊びに耽り、浪費にかまけた腑抜けだとしても、多くはこの大英帝国(グレード・ブリテン)の上流階級(ジェントリ)だ。守らないわけにはいかない!」

「上流階級ね…下らないな。それにしても、このマークは…?」

『…舌を出してる、みたいだな』



張り紙の文面の下にはどれも、あっかんべーをしているような絵があった



「我ら英国人と女王陛下を馬鹿にしておるのだ!ふざけおって…!!インド帰りばかり狙われるということは、犯人は下劣なインド人に違いない。野蛮人め!!」

「はーん。それで僕らが呼ばれたわけか」

『うるさいぞランドル郷』

「ランドル総監おちついて下さ…」

「密航したインド人の大半は、イーストエンドを根城にしている。シティーヤードもイーストエンドの暗黒街には手を焼いているとみえる」

『密航者の正確な数もルートも、特定するのが難しいんでしょう?』



図星なのか押し黙るランドル



「では、僕らは僕らで動かさせてもらう。さっさとスズカがマナーハウスに戻りたがっているんでね。セバスチャン、資料は覚えたな?」

「は」

「行くぞセバスチャン」

「はい」



「ありがとうございます」、とセバスチャンは資料を返して、二人のあとを追った。



「坊ちゃんお嬢様、着きましたよ」



やってきたのはイーストエンドの一角にある地下店



「ーーーーここで間違いないな?」

「ええ」



薄暗い階段を足元に気をつけながら下りていくと、扉が見えてきた



「『!』」



扉を開けた瞬間、中からむあっと煙と共に漂ってきた匂いに思わず咳き込む



「酷い匂いだ…」

『よくこんな所に…』

「…とうとうここが見つかってしまったようだね伯爵、ご令嬢」



奥から目当ての人物の声が



「こんな形で君達と対峙しているなんて不思議だよ。だけど我は、いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたんだ」

「『どんな日だ』」

「やっ、いらっしゃい伯爵姉弟。久しぶり!」



ハーレム状態の劉は何だ今の会話は、という気分に二人をさせた



「元気だったかい?あ、伯爵こないだ誕生日だったんだって?おめでとー」

「そんなことはどうでもいい!」

「何テレてるんですか」

『お前に一つ聞きたいことがある』

「ああ。二人がアナグラまでおでましになるってことは、アレだろ?」



おや、と二人は軽く目を瞬かせた



「もう話が回ってきてるのか」

『耳が早いな』

「例の事件について調べてる。東洋人ならこの辺りに縄張りを敷いてる、お前に聞くのが一番早い」



そこで二人は目を細めた



『中国貿易会社「崑崙」英国支店長』

「…いや、上海マフィア「青幇」幹部、劉」

「その呼び方はあまり好きじゃないんだけどなあ。堅苦しくてさ。ねぇ藍猫」



膝に乗せている可愛らしい少女に劉は同意を求める



「東洋人街の管理はお前に任せてある。この街の人数は把握しているだろうな?」

「もちろん、ご令嬢の命令通りにやってるよ」

『阿片をやめて話を聞け!』

「これはただのハッカだよ」



あまりの煙と態度に非難したスズカに劉は大人しく煙管を置く



『全く…真面目に仕事はしているのか?』

「この国の裏社会で“商売”させてもらうためのショバ代だからね」

「じゃあ「それより先に、我も二人に一つだけ聞きたいことがある」

「『?』」



何かと首を傾げる二人に劉はあっけらかんと言った



「その事件って何?」

「お前…」

『まさか…』

「適当に相槌打ってましたね。確実に」



一気に脱力した二人だったが、案内されながら道中で事件のあらましを説明した



「ーーーーなるほどねぇ。そのイタズラッ子を捕まえたいわけだ」

「まだ死人は出ていないが、上流階級や軍人ばかりが狙われるのでな」

「下々の者に示しがつかんってことか。伯爵姉弟もご苦労なことだ」

「下らん」

「ところで大分歩いてますが、インド人達が根城にしている宿はどのあたりで?」

「ん?」



セバスチャンの言葉に立ち止まった劉ははっはっと笑いながら額をぺしり



「あっ、ごめん話に夢中で迷ったっぽい!」

「お前は〜〜〜ッ」



あまりのことに最早怒る気にもならなかったスズカははあっ、とため息



『仕方ないな。とりあえず一度戻ってーーーードンッ



前方から歩いてきた男にスズカはぶつかり謝ろうと見上げる



『ご…』


ーーーーギロッ


「イッテェーーーー!!肋骨にヒビが入ったぁーーーーッ」

『はあっ!?』



騒ぎ出した男に仰天するスズカの背後でシエルは何やってんだ、と額に手をやりセバスチャンに至っては呆れたようにため息



「誰か来てくれッ」

「大丈夫か!?」

「どうした!こりゃひでえ」

「おや」



気づいた時には囲まれていた



「こんなトコにしちゃあヤケに身なりがいいお嬢ちゃんだな。貴族か?」

『……』

「ぶつかられた慰謝料もらわないとな!!身ぐるみ一式置いてきな!!」

『……』



不愉快そうに睨みながら、自分に呆れてしまう



「スズカ…」

「これはまたベタなチンピラに捕まりましたねお嬢様」



ちょっと罪悪感
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