Chance Des Infinitude〜ムゲンの可能性〜

□Chapitre Premier De Cot 〜旅立つ朝〜
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Un 迎える門出



   Side???


 チッ、チッ、チッ…。

 時刻は朝の六時五十九分、何の変哲もないごく普通の部屋に、時計が時を刻む音が響き渡る。ぼくはその何気ない物音で目を覚ました。起きたばかりではっきりしない意識で、ぼくは何とか辺りの様子を探る。部屋はカーテンが閉められているために薄暗く、外からの光を僅かに取り入れるだけに留めている。ぼくの位置からはよく見えないけど、机の上は綺麗に整理され、埃一つ見当たらない。それに対し、傍に無造作に置いてあるバッグは、はち切れそうなほどに膨れ上がっている。ここでぼくは、起動しかけている意識を視覚から聴覚に向ける。窓ガラスで遮られて聞き取りにくいけど、野生のポッポやオニスズメ達が楽しそうにさえずっている。また、吹き抜ける風、音から考えると、今日の天気は晴れ。気温までは分からないけど、旅立つには最適な空模様になっている、はず。

チッ、チッ、チッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ…。

 薄暗い部屋に朝の到来を告げる快音が響き渡った。その音は静かな一室に幾多にも反響し、そこにいる者の爽やかな目覚めを手助けしてくれた。
 「うーん、もう朝?」
 一部を除いて。
 その寝ぼけた声の主は、手探りで騒動の元凶を探る。雑に目覚まし時計を探索するその手は、器用にも正確な場所を特定する事なく止めてみせた。
――この行動って、無意識なのかな? ――
部屋の主が眠るベッドに、一匹のポケモンが飛び乗った。そのポケモンは白や茶色でフサフサの毛…。イーブイはベッドに飛び乗ると、その影を自らの前脚で揺さぶった。
 「あと五分だけ…」
 イーブイに体を揺さぶられた少女は、かけていた布団を更に深く被ってしまった。
――うーん、まだ眠いよ。…じゃなくて――
 『ねぇ、起きて。もう朝だよ』
 彼女を起こそうと前脚で揺するイーブイ、ぼくは鳴き声でしか聞き取ってもらえないと分かっていても、大声をあげずにはいられなかった。
――話が始まってからずっとスルーしてきたけど、この物語の主人公は、寝ぼけた少女じゃなくてイーブイのぼく。これからこの話の…、ええっと、ナレーションっていうのかな? ぼく目線で話が進んでいくから、よろしくね――
 『カナ、今日出発するんでしょ?早くしないと遅れるよ』
――もう、あれだけ早く寝るようにって言ったのにずっと起きてるから――
 ぼくはちっとも起きない彼女にため息をついた。しかしその吐息は彼女に届く事は無く、ただ虚しく薄暗い部屋の空気に紛れていくだけだった。
――こうなったら、今日は無理やりにでも起こすしかないよね――
 彼女を起こさないと事が始まらないぼくは、苦渋の決断をせざるを得なかった。
 ぼくは眠り続ける彼女と距離を開けるために、一度ベッドから跳び下りた。ニ、三メートルほど距離をとり、回れ右をして対象の方へ向き直った。そして、その場で技のイメージを膨らませ、眠り続ける彼女を狙う。
――カナ、どうなっても知らないからね! ――
 シビレを切らせたぼくは技を発動させ、彼女めがけて走り始めた。そのままベッドの上に跳び上がり、
 『体当たり!』
眠り状態のカナに頭から突っ込んだ。
――ぼくの特性は適応力。生身の人間が食らったら相当痛いかもしれないね。…でもぼくはちゃんと起こしたから、文句は言わないでよね――
 「痛っ! わっ、分かったから! コット、もう起きたから体当たりは止めて!」
 ぼくの一撃に耐え切れず、カナは悲鳴にも似た声と共に飛び起きた。その彼女のロングヘアーはいたるところに癖がつき、完全に寝坊したことを物語っていた。

  きょうははかせのところにいってとれーなーのとうろくをしてもらうんでしょ

 結果的に彼女の膝に乗る事になったぼくは、彼女が飛び起きたベッドの上から降りた。そのすぐ後に、ぼくの言いたいことを伝えるために、右前脚で空中に文字を描き始めた。それらは文として意味を為し、彼女に大切な事を伝達する事となった。
――実はぼく、平仮名しか無理だけど、文字が書けるんだよ。カナは昔、「コットと話がしたい」って言ってて、文字の書き方を教えてくれたんだよ。声で分からなくても、文字さえ書ければ会話する事だって出来るでしょ? あっ、またスルーしちゃったけど、ぼくの名前はコット。どういう意味かは分からないけど、ぼくがまだ小さい時にカナから貰ったんだよ――
 「ええっと、今日は博士の所に行ってトレーナーの登録をしてもらうんでしょ…」
しばらくの沈黙。きっとカナは、ぼくが書いた文字を頭の中で変換し、大まかな意味を考え始めた。
 「あっ、そうだった!」
――カナ、やっと思い出したんだね――
 ぼくの書く言葉に注意深く目を凝らしてくれていたカナは、その文字を正確に文を読み取ってくれた。その瞬間、彼女の眠気は一気に吹っ飛び、事の重大さに声を荒げた。その彼女にぼくはまたため息をつき、慌てて部屋を飛び出した彼女を追いかけた。
――カナ、完全に寝坊だね――
 ぼくたちが飛び出した部屋の時計の長針は四を指していた。




 「おはよー! いただきます!」
 『カナ、もう少し落ち着いたらどう?』
 珍しく寝坊した彼女は、ドタドタと音を響かせながら階段を駆け下りた。その彼女は降りた勢いをそのままに、リビングの扉を蹴破った。突進を思い出させるような勢いで開け放ったドアは、その衝撃でノブが壁に当たり、バタンと派手な音を響かせる。突然リビングに響き渡った轟音は、そこにいた人物たちを驚きで飛び上がらせていた。そして疾風の如く突入し合カナは、そのまま飛び込むように椅子に座り、挨拶を早々に切り上げて机の料理にありつき始めた。
 一方、彼女に続いて一段飛ばしで降りていたぼくは、素早く移動できる電光石火を使わずに閉まりかけている扉をくぐった。それから部屋にいる先客たちに『おはようございます』と言いながらぺこりと頭を下げた。
――カナのお母さん達にはぼくの言葉は伝わってないんだけどね――
 このぼくの行動から意味を察してくれたらしく、食べ終えた食器を流しの方へ持って行こうとしている一人が、「おはよう」とにっこりと笑いかけながら答えてくれた。それからぼくは、凄い速さで朝ごはんを食べる彼女の隣の椅子に飛び乗った。
 『コット、今日は遅かったわね』
 と、そこにぼく以外のポケモン…、ぼくの種族の進化先のひとつであるグレイシアが、カナの事をチラッと見ながら話しかけてきた。そのポケモンはトレーナーの趣味なのか、右耳に赤くて小さいリボンを身につけていた。
 『カナが寝坊しちゃってね』
 『だろうと思ったわ。あの子はこういう時は昔からそうだから…』
 『だから母さんが言った通り、体当たりで起こさないと起きなかったよ』
――実は昨日、二階に上がる前に言ってたんだよ。『あの子が目覚まし時計を止めても起きなかったら起こしてあげて』って。いつもはちゃんと七時には起きられるんだけど、今日みたいにイベントとかがあると絶対に寝坊しちゃうんだよ。本当に何でだろうね? ちなみに、さっきから出ているグレイシアはぼくのお母さん。母さんのトレーナーはカナのお母さんで、昔カントー地方を旅してたらしい。途中で挫折しちゃったみたいなんだけどね――
 こんな感じで母さんと雑談をしながら、ぼくも朝食を食べ始めた。座ったままでは届かないから前脚をテーブルにつき、その右側で皿に盛られた好物のオレンの実に手をのばす。
 テーブルに着いているのは、焦りながら食べているカナ、その彼女の勢いに唖然としているカナの弟、ぼく、そしてぼくの母さん。カナのお母さんはもう食べ終わったみたいで、自分の食器を片付けている。
――カナはここまで焦ってないけど、これがいつもの朝の光景かな――
 ぼくたちはこの後、五分ぐらいかけて朝食を食べ終え、出発に向けて最後の準備にとりかかった。




 「じゃあ、行ってくるよ」
 旅立つ支度を終え、荷物をまとめたカナはまるで自分に言い聞かせるようにその言葉を言いきった。その声は朝の春風に乗り、発した本人と同じように新たな地へと一足先に旅立っていった。目線を彼女から空に向けると、透き通った水色が一面に広がり、どこまでも高く続いている。また、そこには綿のような白い雲がフワフワと漂い、彼女が行く先を示すかのように、東から西へと気の向くままに流れていた。
 『母さんも元気でね』
 『ええ。コット、いってらっしゃい』
 『うん、いってきます』
――しばらく母さんたちと会えなくなるのは寂しいよ…。でも何か、それだけだと言い表せないような、複雑な気分だよ――
 ぼくはいろんな感情が混ざりながらも、微笑む母さんを真っ直ぐ見た。寂しさ以外にも楽しみ、興味、好奇心…。中でもワクワクする気持ちがぼくの感情を支配していた。そんなぼくに母さんは優しく笑いかけてくれて、今まさに旅立とうとしているぼくたちの背中を押してくれた。
――これから色んな人とかポケモンに出逢ったりするんだよね? 中には一緒に旅をしたり戦ったり…。仲間になるポケモンもいるんだろうなー。本当に、楽しみだよ――
 「コット、いくよ」
 『うん!』
 そしてぼくたちはそれぞれの思いを胸に回れ右をし、最初の目的地へと歩き始めた。辺りにはまるでぼくたちの門出を祝福するかのように、ポッポやオニスズメたちが楽しそうに会話に明け暮れている。空の太陽はぼくの気持ちを表すかのように光り輝いている。遙か上空で燃えるそれは、今日という日に故郷を後にする旅人を優しく見守る。この温もりに呼応するかのように、自然と感情が高まっていく…、ぼくにはそう感じられた。
 「コット、いよいよ始まるね、私達の旅が…。まずはどこから行く?」
 テンションが上がっているのはカナも同じらしく、彼女は真っ先に町の出口に向かいながらぼくに話しかけた。
 『でもその前に行くところがあるんじゃないの?』
 「コットも楽しみだったんだよね? ならまずはヨシ…、ん? どうしたの?」
――確かにそうだけど、そうじゃないんだよね――
 彼女の前を歩くぼくは、すぐに伝わってないと気付き、立ち止まった。そして向きを変え、彼女のズボンの裾を軽く引っ張った。彼女は話を途中で切り上げ、何かを伝えようとしているぼくに注意を向けてくれた。

  よしのしてぃーにいくまえに、けんきゅうじょでとれーなーのとうろくをしてもらわないといけないんじゃないの

 ぼくは彼女がしゃがんでくれてから、右前足で文字を描き始めた。
――カナ、この事絶対に忘れてたでしょ?――
 「ええっと、ヨシノシティに行く前に研究所でトレーナーの…。あっ、こめん! 忘れてたよ!」
 カナはぼくが書く文字より、だいたい三文節くらい遅れて読み上げた。ある程度文章が進むと、彼女の脳裏に閃きの電流が流れたらしく、急に声を荒げ始めた。そのせいで近くにいたオニスズメ三匹ぐらいが驚いて一斉に飛び立った。
――やっぱり、忘れてたんだね――
 ぼくは今日何回目か分からないけどため息をつき、元来た道を戻りはじめた。そのぼくに、「ごめんごめん」と平謝りをしながらカナが続く。
――カナはぼくのトレーナーなんだから、しっかりしてよね。このままだとどっちが保護者か分からなくなっちゃうよ――
 「早く行きたくってすっかり忘れてたよ」
 『今日は大目にみてあげるけど、これからはこういう時は忘れないで…』
 そんな彼女はさほど気にしてない様子で「ハハハ」と笑いながら…
 「うわっ!コット!上を見て!」
ぼくに…
――えっ、なに?――
 あっけらかんに笑う彼女は、ふと真上に広がる青空を見上げた。すると彼女は何かを見つけたらしく、その方を指さしながら大声をあげた。その彼女に今度はぼくがとびあがり、思わず伝わらない説教を途中で止めてしまった。
 『上? 空がどうかし…』
 そんな彼女に言われるまま、ぼくも一面に広がる青空を見あ…
 『何っ、あの種族! 初めて見た!』
 見上げたぼくの視線は、一つの大きな影を捉えた。高すぎてよく見えないけど、全体的に白くてお腹の辺りは青っぽい…。風に靡く尻尾は長く、その先にも青いものが付いている。たぶん飛行タイプのそのポケモンは、腕にあたる大きな翼を羽ばたかせて、東から西へと飛んでいった。
 ぼくたちはその悠然とした姿に圧倒され、何も言葉を発する事が出来なかった。辺りには微かに響くそよ風と、野生ポケモン達の囁きしか聞こえなかった。
 「コット、わたし、決めたよ」
 と、いち早く我に返ったカナが見上げるぼくに話しかけてきた。その瞳は爛々と輝き、空の宝石よりも眩しく感じられた。
 『ん?』
 彼女の言葉でようやく正気を取り戻したぼくは、何とか聴く体勢に入った。
 「あのポケモンに会って仲間にする! だからコット、わたしについてきてくれる?」
 飛び去った方向に目線を変え、彼女は自分に言い聞かせた。そして今度はぼくに向き直り、真っ直ぐぼくに訊ねた。
 『カナ、当たり前でしょ? ぼくがついて行かないって言うと思った? ぼくもあのポケモンに会って仲良くなりたい! だからどこまでもカナについて行くよ』
――だって、旅ってそういうものでしょ? 何の目的もなく旅を続けてもつまらないし、何よりグダグダするだけになるでしょ?――
 希望に満ち溢れる彼女に、ぼくは大きく頷いて答えた。



 こうして、ぼくたちの旅の目標の一つが決まり、最初の目的地へと足を進めるのだった。

――カナ、これから色んなことがあるかもしれないけど、がんばろうね! そして、これからもよろしくね!――




    Chapitre Premier 旅立つ朝   finit

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