その他・短編集

□二つの道が交わる時
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#1 出逢いの浜  Side???



  ザァァン…、ザァァン…。

 『…うぅっ』
 海、それは様々な表情をもつ。ある時は、穏やかに往来を繰り返し、人々に心地いいリズムで癒しを与え、ある時は火照った身体を冷まし、同時に娯楽をももたらす。しかしある時には、そこを進む船舶を荒々しく呑み込み、自然の驚異を人々に見せつけ、またある時は沿岸の生活をいとも容易く奪ってゆく…。
 そう、ここは、どこかに存在する浜辺。気を失っていた私は、一定のリズムで寄せる水の冷たさで意識を取り戻した。ハッキリとしない意識、閉じたままで真っ暗な視界の中で、私は辺りの状況を探り始める。まず最初に流れ込んできたのが、全身に触れているものの感覚。さらさらとも硬いとも言える細かな粒子が、私の短い毛の間に潜り込んでいた。次に感じたのが、風。倒れている私の後ろの方から緩やかに吹き抜け、身動きがとれない私を弄んでいる。鼻から浅く息を吸い込むと、その場所独特の爽やかな香り…。そこでようやく、私がいる場所を認識する事が出来た。
 『ここは…、どこなのかしら』
 ここで私は、僅かな情報から導き出した答えを確かめるため、ゆっくりと目を開ける。すると目の前には、私の予想通りの光景が広がっていた。重複するから説明は省くけど、その事に私は少しホッとした。それから私は、横たわってる身体を起こすために、全身に力を入れる。勢いをつけて体勢を戻し、前脚を支えにして何とか立ち上がった。そこにもう一度潮風が吹き抜け、今度は自由の利く尻尾を靡かせていった。
 ここまで言うと気付いている人もいるかもしれないけど、私は人間ではない。尻尾があって動物に近い体つきだけど、それでもない。私達の種族は、総称して“ポケモン”と呼ばれている。種族数は七百を超え、そのどれもが独特な進化を遂げてきている。ある者は大地を駆け抜け、ある者は大空に飛びたつ。そうかと思えば大洋に身を投じ、自由に泳いだかと思えば、硬い地面をいとも容易く掘り進んでいく…。
 数ある種の中で、私は“エーフィ”と呼ばれいる種族だ。全体的に薄い紫色の毛並みを持っていて、大きさは大体九十センチ。体つきは、どちらかというと猫のそれに近い。でも、それとは明らかに違う点が、いくつかある。まずは、額のあたりに埋め込まれている、紅い宝石のようなもの。真上の太陽の光をうけ、微かに光り輝いていた。そして最も違うのが、尻尾。色は身体のと変わらない。付け根から生えているのは、一本だ。でも私の種族は、先端の方で、二股に分かれている。それが、私がその種族である、という事を意味していた。
 私自身の事はこのくらいにしておいて、そろそろ話の方に戻らせてもらうわね。
 意識が戻ったばかりでぼーっとしている私は、とりあえず、という事で立ち上がる。立ち上がった事で、乾いている前半身から、パラパラと砂が落ちていった。
 『ん? よかった…、荷物は無事ね』
 と、ここで、私は背中に重さがかかっていることに気付き、振り返る。横目で確認すると、しっかりと私に背負われているバッグがそこにあった。その事に私はホッと肩を撫で下ろす。嵐にさらされたけど、そこにはしっかりと私の所持品が背負われていた。
 『スカーフもあるし、とりあえずは安心ね』
 それから私は、視線を元に戻し、別の携行品、というよりは、大切なアクセサリーの存在を確かめる。砂で汚れた右の前足で、首に結んでいるそれを確認する。すると私の予想通りに、一枚の布を触った感触が感じられた。このスカーフは、空の色の様に青く、汚れは一切なかった。
 『とりあえず私は助かったけど、ふたりは大丈夫かしら…。早く合流したいけど、これでは出来そうにないわね、ここがどこなのかも分からないし』
 特に彼は、苦手な環境の中で飛んでくれた。多分大丈夫だとは思うけど、出来るだけ早く回復してあげた方がいいかもしれないわね…。
 私はこう呟きながら、仲間たちの顔を思い浮かべる。辺りを見渡しても見つからない彼らの事が急に心配になった。すると私の耳は下がり、尻尾も下を向いた。
 「合流? 合流って事は、誰かとはぐれたって事かにゃ」
 『えっ! えっ、ええ。…えっ!? 』
 だっ、誰?
 仲間の行方が分からず、落ち込んでいると、突然私の後ろから声をかけられた。属性の影響もあって、驚きでとびあがってしまった私は、声を荒げながらもそっちに振りかえった。
 振り返った視線の先には、私の事を心配そうに見つめる一つの影があった。
 まず私の目に入ったのは、頭にある、耳。人間のそれではなく、黒くて三角の形をしていた。
 視線を少しずつ下に落としていくと、それが彼の手元で止まった。顔、腕は、人間そのもの…。でも、手首から先は違っていた。それは、彼の耳と同じ色の短毛でおおわれていて、かたちも私の前足に近い…、というかそっくり。服とズボンははいていたけど、そこからでている脚も、黒くて短い毛で覆われている。脚そのものも、大きさは変わらないけど、かたちは人間、というよりは獣、っと言った方が正しい…。この時点で私は、彼が何者なのか、訳が分からなくなってしまった。
 さらに追い撃ちをかけたのが、彼の背後。パッと見人間かと思った彼の後ろに、黒くて細長いものが二本…、どう見ても二本の尻尾が潮風でゆらゆらとゆれていた。
 この彼の身体的特徴、私の言葉に答えていたことから、ある結論に至った。訳が分からず気が動転していたけど、その結論に達するのに、あまり時間はかからなかった。
 『あっ…、あなたは…、人間じゃあ…、ないわね』
 導き出した答えを、私は恐る恐る口にする。半信半疑ではあったけど、確かめるように彼(?)に問いかけた。
 彼、で、いいのよね?
 「そうにゃ」
 『にゃ…? 』
 「僕は見ての通り、“獣人種”なのにゃ」
 問題の彼は、自信満々にそう言い放つ。その彼の言葉に、私はただ首を傾げる事しか出来なかった。
 『じゅう…、じん…、しゅ…? 』
 「君は見た感じ“補佐獣”っぽいけど、どういう種族か、教えてくれるかにゃ」
 “獣人種”…? そんな名前の種族、聞いた事は無いわ! 私の言葉に答えてたから、“ポケモン”か何かだとは思うけど…。
 聞きなれない種族名に、私は疑問符に満たされる。それを無数に頭の上に浮かべながら、ゆっくりと繰り返す事しか出来なくなていた。
 そんな私とは対照的に、“獣人種”という彼は、立て続けにこう話す。また私の知らない単語を並べながら、こう訊ねてきた。
 『わっ、私の種族は、“エーフィ”…。声で分かったかもしれないけど、メスの“エーフィ”よ。あなたの種族も、見かけないわね』
 浮かび上がった疑問符が消えないまま、私はこう答える。そのついでに、私自身のそれも、彼にぶつけてみた。
 「うん、確かに僕の種族は同じ“獣人種”でも少ない、亜種のだからね」
 その彼は、自分の特徴を見せるかのように、二本の尻尾を前に出す。コスプレで付けているのかと思っていたそれは、確かに彼の思い通りに、風に逆らって撓っていた。
 『亜種って事は、数が少ない、って事かしら』
 「そういう事にゃ! きみも見かけない種族だけど、言葉が解るって事は、僕と近い種族、って事だね」
 彼によると、どうやらそういう事らしいわね。人間じゃない、って言ってたし、きっと彼もポケモンなのかもしれないわね、私の言葉も分かってたから。
 『そうみたいね』
 「うん。そういえばええっと、きみは…」
 『シルク、っていう名前よ』
 「ありがとにゃ。さっき『合流』とかなんとかって言ってたけど、どういう事か教えてもらってもいいかにゃ」
 『確かに、言ったわ。丁度困ってたところだから、助かるわ! でもその前に、あなたの名前、訊いてもいいかしら? 種族名で呼ぶ訳にもいかないし』
 確かに、そうよね。見ず知らずの土地で、右も左も分からない私は、今のところ彼しかたよれるひとが居ない…。はぐれた仲間と合流するためにも、話したほうが良いわね。…でもその前にもう一つ、彼の事を聞かないと。
 私は一度、問いかけが詰まってる彼を見、こう名乗った。すると彼は、「助かった」とでも言いたそうに、こう話を進めた。いつから聞いていたのかは分からないけど、私の独り言の意味を訊ねてきた。
 彼にそう聞かれた私は、大きく頷く。そしてその直後に、ずっと聞けてなかったことを訊ねた。
 「そうだよね。僕は、エメルっていうのにゃ」
 『エメル君ね』
 私の問いかけに、彼は二本の尻尾を振りながら、笑顔で答えてくれた。その彼に、私からも自然と笑みがこぼれる…。その私は、なぜここにいるのかを、順に話し始めた。


 今頼れるのは、エメル君だけ…。だから…。
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