□第1幕
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 人間には遠い遠い昔の話――
神の間で闘争があった。
帝釈天と阿修羅とが、互いの地位を競って戦いを繰り返していた。
だがその戦いに敗れた阿修羅は、数百年の封印という罰を与えられる事となった。
肉体は封印されたものの、阿修羅は己の意識のみを実体化させて出歩く事が出来た。
その為、何者とは名乗らず、気ままに天界を歩き回っていた。
そんな阿修羅に目を付けた神がいた。
観世音菩薩である。
観世音菩薩は阿修羅に一つの提案を持ちかけた。
自分の甥の婚約者にならないかと。
提案というよりも半ば押しつけで、気づけば勝手に観世音菩薩の甥である金蝉童子の婚約者に据えられていた。
そして、婚姻の儀を経た末には、封印を解いてやるとの約定を加えた。
封印が解けるのは喜ばしい事ではあるが、婚姻はご免こうむりたかった。
迷いに迷っていた阿修羅であったが、そんな折、一人の男と出会う事となった。


 肉体を封印される程に戦いに明け暮れていたせいで悪名ばかりが流れていた阿修羅は、天界を出歩く際、『春嵐』という名を名乗っていた。
『阿修羅』でなければ名前など何の意味も持たない。
故に適当につけた名前だった。
 その日も阿修羅はブラブラと散歩に出かけていた。
風が少し強く、桜の花びらが美しく舞い散っていた。
その様を見やりながら思う。
自分もこの花弁一枚の様に、誰にも気にされる事なく、縛られる事なく生きられれば幸せだろうにと――
ふと自嘲を浮かべた時、背後に誰かの気配を感じて阿修羅は振り返った。
そこには、自分と同じように桜を愛でる様に見上げる男がいた。
下界で見た桜の儚さと、何故かその男が重なって、阿修羅は思わず視線を止めてしまった。
天界の桜は咲き誇り続けるが、下界の桜はほんの一時人の目を楽しませて散っていく。
その男からは、何故か散りゆく危うさを感じたのだ。
体躯が良く、着衣から軍に所属している事も推察できたが、何故儚さなど感じるのか、その時の阿修羅には理解出来ようはずもなかった。
そして男の視線も春嵐へと向けられた。
二人はしばらく互いを見つめ合っていた。
互いに言葉を失っていたとも言える。
春嵐は男から感じた儚さに惹き込まれ、男は桜に映える春嵐の姿に惹きこまれていた。
悪名のせいで醜い姿と思われている阿修羅だったが、本来の姿は誰をも魅了する美しさを持っていた。
ただ意思で作りだした今の姿は、目立たぬよう美しくも醜くもない姿ではあったのだが、男は何故か春嵐の姿が美しく見えた。
内に秘めたものが見えた気がしたせいかもしれないが、今まで適当に色んな女と付き合ってきた中で、初めて『美』という単語を連想させた。
そのせいか、いつもなら軽く声をかけて口説けるというのに、この時は何の言葉も頭に浮かんでこなかった。
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