□第1幕
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 春嵐が桜の下で出逢った男は、名を捲簾と言った。
西方軍大将の肩書を持っていたが、女たらしだの厄介者だのと悪い噂が多かった。
女に手が早いという点が阿修羅は大いに引っかかったのだが、自分にはそういった素振りをみせない為に、その内気にならなくなっていた。
むしろ気にかかるのは、捲簾の軍での評判の方であった。
部下からの信頼は厚いものの、それ故に上からの風当たりは強い。
どこか自分と似ていると思った。
阿修羅は封印される前、天界軍の総司令官という役職も担っていた。
部下からは慕われていたが、軍の方向性を異にする者達からの反感は強く、正しく今の捲簾のような危うい立場にいた。
だがそれでも自分が風上に立つ事で守れるものがある事が誇りだった。
それ故に、自分が消えた事で捲簾のような者が煙たがられるような軍になってしまった事が嘆かれた。


 いつしか出逢った場所でよく会うようになっていた阿修羅と捲簾は、自然と親しくなっていった。
他愛もない話をして笑い合い、二人で過ごす時間が楽しかった。
互いに特別な感情を抱く程に、どんどん惹かれあっていった。
だが互いにそれを口には出来なかった。
阿修羅は自分の素姓故に、捲簾は春嵐を厄介事に巻き込む事にならぬ様に――

しかし、いよいよ黙ってはいられない場面が訪れる事となった。
阿修羅は観世音菩薩に呼び出され、金蝉と引きあわされる事となっていた。
これまでは互いに名と噂しか知らぬ仲で、ただ観世音菩薩が勝手に婚約者と決めていただけだったのだが、阿修羅の事件も風化しようとしていた為、ついに事を進めようと菩薩が動いたのだ。
だが顔を合わせた二人は、互いに嫌悪感丸出しの表情を見せていた。
阿修羅は金蝉を見て、いかにも根暗そうな男だと思い、金蝉は阿修羅に対し、元から悪い印象しか抱いていなかった。
悟空や捲簾との出会いで、噂を鵜呑みにするような事はなくなったが、それでも多くの者を巻き込み、醜い争いを繰り広げた、鬼神などと呼ばれるような者などを娶るなど有り得ないと思った。
睨み合うように視線を交わしていた二人に溜息をつく菩薩。
だがそこへ、「三ぞー!」という声と共に、悟空が部屋へと飛び込んできた。
その後ろから、天蓬と捲簾が姿を見せた。
阿修羅は捲簾の姿を見ると、ギクリと身を強張らせた。
婚約者が居るなどと知られたくはなかった。
しかしこの状況、観世音菩薩がいる此処では、恐らく誤魔化す事すら出来ない。
方や捲簾も、この日金蝉の婚約者が来るというので興味本位に訪れたが為に、阿修羅の姿を見て息を飲んだ。
思わず互いに視線を絡ませて固まってしまった阿修羅と捲簾を見て、菩薩は怪訝そうな顔を見せた。
「おいお前ら、もしかして知り合いか?というより、まるで浮気現場見られた恋人同士って感じに見えるが。」
見事としか言いようのない菩薩のツッコミに、二人はバッと菩薩の方を見やった。
「冗談のつもりだったんだが…どうも余計な事を言ってしまったみてぇだな。てか阿修羅、お前それならそうと――」
と、何かを言おうとした観世音菩薩の言葉も聞かず、阿修羅は思わず部屋を飛び出していた。
本当の名を知られてしまった。
その動揺から、恐怖が体を包んで行く。
己にまつわる噂は嫌という程聞かされてきた。
だが誰にどう思われようがどうでも良かった。
ただ、捲簾にだけは『春嵐』以外の姿を知られたくはなかった。
血に塗れた敗将などという『阿修羅』の事だけは――
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