短編集

□俺の目には、僕が。僕の目には、私が。
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ライフオブユニバーシティー

 木陰の中を歩いて行く。高校時代は一匹狼を気取った俺だが、今は横に二人の友人を連れている。顔立ちや口調は変わらないが、最近はいろんな人に丸くなったと言われる。この友人たちのおかげなのかもしれない。何分こいつらはおっとりとしている。
「あれー? 次の教室は二号館じゃなかったけ?」
「違うよ、十二号館だよ」
「どこだっけ?」
「今、地図を出すよ」
「お前ら大丈夫か? この道を真っ直ぐだ」
 こいつらは普段から何かを考えているようには見えない。考えていないわけではないが、現時点で覚えているはずのことを覚えようとしない。そのうえ、周りを気にせず恥ずかしいこともする。あーん、など。
 勉強に関しては頭の悪い不良である俺とは違い、優秀だ。俺が寝ている、またはサボっていた講義のノートを二人に見せてもらうことも多い、そのたびに大に小言もついて来るが。
「あー、私は別の教室だ」
「隣だから、講義終わったら、ここで」
「仲いいな、お前ら」
 この二人の前でのみ俺は素の口調でしゃべる。あの説明会の後に知り会い普段から話す友人はできることはなかった。数日前にようやく入ったサークルも新入生は俺ら三人だけだった。確か、チャーケンとか言った。
「私たち小学生から一緒にいるんだから、仲悪いなんてありえないよ」
「そんなものだよな」
 早咲きのヒマワリがそこにあるかのように、知留が笑顔で応える。遅咲きの一輪の梅の花のように大はうつむいてつぶやく。
 知留が「じゃあ、後で」と言い放ち、ドアを通る。常に不思議に思うが二人は恋人同士ではない。付き合っているように見えるし、二人の間の行動には恋人同士にしかしないようなことも多い。こころの中で大が知留と付き合っていないことに喜ぶ俺がいることに不思議に思う。
 知留が去ったあと、呆けて動かない大を急かしてチャイムが鳴る。この講義の担当の講師はまだ来ていない。
「さっさと入るぞ」
 大は小さくうなずき、教室に入る俺の後について来る。遅れた俺たちには前方の少しの席しかないため、大人しく前から三番目の席に座る。
 この講義は話をほぼ聞かないことにしている。ただ講師が聞いても意味のない講釈を垂れているだけだ。ただその間を過ごすだけで単位を取れるから学生の間では人気がある。
 五分遅れで講師が来てようやく講義が開始された。だからと言って、講師が来る前と状況は変わらないが。
「どうしたんだ? さっき」
「え? 何が?」
 席に着いてからも呆けていた大を呼び起こすため話しかける。いつものおっとりというよりも何かに傷心したようだ。
「別に何もないよ、ただ思うことがあっただけだよ」
 生徒たちがあまりにしゃべりすぎているために、講師が声を少し上げる。その声は大の言葉をかき消そうとする。
講師は講釈をやめ、説教し始める。昔はああだった、昔はこうで良かった。と当時自分に向けられていただろう言葉を発する講師を無視し、話を続ける。
「いい加減、告れよ。ボーケ」
「はい?」
 大は大きくリアクションを取ったため、講師に注意を受ける。普段の素行の良さがあるため数秒で終わるが。
 大は赤面した顔にしわを作り、俺の方を向く。
「変なこと言わないでよ」
「変なことでもねーだろ」
 大の顔からしわがなくなり、目を見開き、どうしてと聞くような顔をする。今の顔を鏡で見れば分かるだろうが、言わない方が大を操りやすいから言わない。
「チルのこと好きなんだろ、女として」
 大は硬直する。生きているかわからない。こんなことショック死はやめてほしい。一緒にやりたいことがやりたいことまだまだあるのだが。
「わかりやす過ぎるは」
「いや、な、何でそうなっているの?」
 動揺している。舌の回りがいいのが売りである大だが、話し方が拙くなっている。
 大は知留が好き。こころの中で何度も反復する。その響きは傷口を開くかのように俺を痛める。
「そういうカナメはどうなんだよ」
「なにもねーよ、ただ好きだった人に似ている。それだけだ」
 気にしていないから、言い放った。しかし、大はうつむき悪いことを言ったと思っている顔をする。
「だから、気にしてねーよ。あの人とのことはもう終わってる」
「本当にそうなんかい?」
 目を少し細め俺のこころを覗くように体を傾ける。
「あー、メンドーだ。俺の昔話をするよ」
「ごめん、でも、先生の昔話より面白そうだね」
 俺はため息を一つし、目を閉じる。会っていたときは一年もないが彼女の姿ははっきり思い出す。知留と似ているが、彼女は桜の一片のように儚かった。
 彼女に会ったのは田舎の病院だ。夏がもうすぐ終わりそうで夜風が涼しい時だった。母の検査入院で父が見舞いに行くと言い出した。それに俺は付き添ったのだ。
 当時も俺は不良のくくりにされた。金髪に革ジャンだが喧嘩はしない。いや、正確には違う。喧嘩はしていたが相手があまりにも弱く、楽に勝っていたら誰も喧嘩を吹っ掛けなくなった。
 それでも悪名高い俺は家族といる時が辛かった。言葉はなくとも責められているように感じた。だから、母のところから離れ庭にいた。
「今日は大きい鳥さんがいますね」
 適当に買った本を仰向けになって読んでいた俺の耳元でのささやき。誰か来たと思い、顔を上げた。そこにあの人の顔があった。あの人は俺の顔を見て、本読むようには見えないと大笑いした。あの人は笑いながら俺が空けたベンチの端に座り少しの間俺としゃべった。服からこの病院の患者であることはわかったがどこが悪いかわからなかった。
 その日から病院へ通い、彼女に会いに行った。大人しく儚いあの人の言葉数は決して多くはないが居心地がいい時間を過ごせた。あの人への気持ちも特別なものになった。
 本当に彼女の命は儚かった。病院の庭にある桜が咲き始めたころ、あの人を見ることはなくなった。それでも通い続けたある日、一通の手紙がベンチにあった。
 その手紙はあの人からだった。あの人は命に係わる病に蝕まれていた。俺にはよくわからない病名だった。
 
「んでもって、今に至るわけだ」
 細かいことを省き一通り話し終わるころには講義もほとんど終わっていた。うつむきながら話していたため一度大の方を見る。憐れみなのか、驚きなのかよくわからない表情をしている。当の大自身もどんな表情をしているかわかっていないだろう。
「そんなことがあったのか。無邪気に失礼なことを言ったね」
「いや、別にどうってことねーよ。ただ、初恋の人が死んだ。それだけだ」
 大は眉を八の字に傾けて「そうか」と笑みで応えた。
 俺が初めて二人に会ったとき知留があの人に似ていると思った。だけれども、俺があの人の面影を重ねていたのは大の方だった。
 講義の終りの鐘が鳴る。この授業で机の上に出すものはないためカバンを取りすぐに教室を出る。
「マサル、質問にきちんと答えろ」
「質問って?」
「チルのことどう思ってるかだ」
 大はバツが悪そうな顔でうつむく。俺の昔話で誤魔化そうとしたのだろうが、俺だけ言って大は何もないのは公平ではない。
「好きだよ」
 大はまっすぐに顔に赤みを帯びた顔を前へ向けて言う。潤んではいるが、曇りのない目をしている。
「そうか」
 簡潔に応える。応援するべきことだが、俺はがんばれの一も言えない。二人の幸せを願いたいが、今二人でいる時が続けばと思う。
 知留が来るのを教室前の柱にもたれながら待つ。
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